54. 女神の精石
「と言うわけで、悪い大人達から死守した私を褒めてほしい」
学園から帰ると、エステラから図書館に集合するよう伝言があり、マグダリーナとヴェリタスは、ヴェリタスのチャーですぐ転移した。
その日アンソニーは一日中図書館で読書をしていたらしく、マグダリーナ達を見つけると笑顔でおかえりなさいを言ってくれる。
図書館の一階の一部屋に、アーベルも呼んで、エステラは皆んなに紅茶とショコラテリーヌを配る。
紅茶は香り高く、以前王宮で飲んだものより上等そうだった。
「あ、そうそう」
エステラは魔法収納から大きな宝石の乗った小さな祭壇を出し、そこに紅茶とチョコレート菓子を供える。
ハイエルフ達がぎょっとして祭壇を見た。
「女神様どうぞお納め下さい。お師匠や母さんにも届きますように」
エステラが祈りを捧げると、ふわりと祭壇が輝き、紅茶とお菓子は消えてティーカップとお皿だけが残った。
皆んな呆然とその様子を見つめる。
祭壇がまた輝くと、ことんとティーカップの中に、祭壇と同じ拳大の煌めく宝石があった。
「女神の精石……!!」
ヨナスが震えた。
「まさか……僕たちの代で本物を見ることができるなんて……」
「落ち着いて、私もびっくりしてるけど落ち着いて、まずは冷めないうちに紅茶を味わって」
エステラもアワアワしてるので、とんでもないことが起こったことはわかった。だが、紅茶を一口飲んで、マグダリーナの脳内は全部吹き飛んだ。
「美味しい……っ!! 口の中がすごく花のような香りで! でもどこかほっとする焼き菓子のような甘い香りもあるというか……」
デボラも頬を薔薇色にして、笑顔になる。
「美味しい! こっちのお菓子もすっごく美味しい!! 紅茶飲んで、お菓子食べて、また紅茶飲んだら、すっごく幸せになれるのよ! ヨナスも早く食べてみて!」
(わかる! デボラさんの言いたいこと、めっちゃわかる!!)
マグダリーナは何度も頷いた。
「島にあったのは、カカオの実だったの?」
「そうなのよ! もうチョコを作るしかないと思って、全力でチョコレート製造の魔法を作ったわ」
「全力出してくれてありがとう……チョコ美味しい……」
アーベルとヴェリタスとヨナスは、始終無言で紅茶とショコラテリーヌをせっせと口に運んでいる。どうやら彼らもお気に召したようだ。
アンソニーも蕩けそうな顔をして食べている。
「お菓子もとっても美味しいんですけど、こんな美味しい紅茶も初めて飲みます! もしかしてこれもエステラが作ったんですか?」
「そうよーヒラとハラに手伝ってもらって、お茶の木を栽培しました」
エステラの肩の上で、二匹はガッツポーズを作る。キランとイケスライムパウダーが弾けた。
ヨナスが紅茶を飲み干して、ため息をついた。
「エステラ様程の魔法使いが、どうして美味しい食べ物とか便利な生活とかに、その能力全振りしてるんですか? この紅茶淹れるだけでも、かなり魔法を使ってますよね?」
「だって美味しい紅茶飲みたいじゃない!! それに日常的に使わないと魔法は上達しないわよ?」
「それはわかるけど、わかるけど……」
「ヨナスは色々考えすぎだ。エステラが他国を侵略するより、日常を大切にすることに女神の奇跡を使ってるんだ、俺たちも見習って今の生活を大事にしていけばいい」
アーベルの言葉にヨナスは頭を掻いた。
「そんなこと分かってるけど、アーベルは短期間にこの状態に馴染み過ぎだよ」
「それで、この女神の精石ってなんなんだ」
ヴェリタスがヨナスに聞く。
「創世の女神の魔力が……いや、この場合神力って云った方が良いのかな? とにかく、女神の神力が結晶化したものだ。始まりのハイエルフ達に三つ与えられ、女神が神界に還られた後は、女神の依代として三つの神殿でそれぞれ祀られていたんだ。
でもウシュ帝国崩壊時に、一つは金のハイドラゴンが女神の元に還るために飲み込んで、もう存在しない」
「残り二つはどうなったんですか?」
アンソニーが興味深々に尋ねる。
「うん、エステラ様が出した祭壇に付いてるのが、多分白の神殿に祀られていたものだ。えーと、神官は確かエルフェーラ様と一緒に精霊化したから、ディオンヌ様が持っていたんだな……ディオンヌ様がエデン様から女神の名を盗むことができたのも、多分その石の力を使ったからかも知れない」
マグダリーナは以前エステラがエデンを黒の神官と言ってたのを思い出した。
「もしかして、最後の一つはエデンが持ってるの?」
マグダリーナの言葉に、ハイエルフ達は首を振った。
「エデン様が持ってた石は、今公園の噴水にある女神像の中だよ」
「!!」
「だから僕たちも実物を見るのは、今日初めて。エステラ様、僕らも祭壇に祈らせてもらってもいいですか?」
「それはもちろん! どうぞ」
ハイエルフ達に混ざって、マグダリーナ達も女神様にお祈りをした。
「あ」
合わせた手のひらの中に、何かがあるのを感じて手を開くと、小指の爪程の小さな女神の精石があった。
どうやら全員漏れなく貰えたようで、さらに追加で皿の上に数十粒、同じく小粒の石がバラバラと現れ出した。
「えっと、普段はこんなこと無いのよ……今日は女神様のご機嫌が……良いのかな?」
「紅茶とお菓子のせいだわ……きっととてもお気に召したのよ!」
困惑するエステラに、デボラが力説した。
ヒラとハラが祭壇の前のお皿に近づく。
「これヒラのぉ!」
「ハラはこれなの!」
ヒラとハラはそれぞれ石を選ぶと、額にくっつけた。
「タラ似合うぅ?」
「ええ、二人ともとっても素敵よ」
「この中に、ササミの分もあるの」
ハラがお皿を指す。どうやらお皿の石達も、何かしら行き先のご縁がありそうだ。エステラは布の巾着袋に丁寧に仕舞い始めた。
ハイエルフ達も動揺している。
「どどどうしよう、個別に女神の精石をいただけるなんて……無くさないようにしなくちゃ」
目を白黒させてるデボラの横で、アーベルが黙って前髪を掻き上げ、己の額の精石に女神の精石をくっつけた。
すぅと女神の精石は中に取り込まれていった。
「なる……ほど」
ヨナスがアーベルの真似をして、額の精石に女神の精石を取り込ませる。
デボラも落ち着いて、それに倣った。
「あ、くっ付いた」
ヴェリタスがおでこに石を触れさせながら言った。
「どうなってる?」
ヴェリタスがアーベルに額を見せて聞く。アーベルは慎重にヴェリタスの額に触れた。
「俺たちの精石の様に、額に埋まった所は肉体と同化してるな。一度イラナかエデン様に見てもらった方が良い」
さっそくアンソニーも額につけようとするのを、慌ててマグダリーナは止めた。
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