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53. ショウネシー領の特産品

 その頃のショウネシー領では、サトウマンドラゴラが大合唱していた。


 採り頃になったのだ。


 普通マンドラゴラは土から抜かれると悲鳴を上げると言われているが、変異種であるサトウマンドラゴラは旬が来ると土から出せと騒ぎはじめる。


 食べごろになったのに、土に埋まったまま……このまま朽ちていく実なのかと嘆き、農夫はまだかと怒りの声を大地に震わせる。


とーーーーーーう!

とうとーーーーう!!

さっとーーーーう!!!


と。



「なんなの、お前ら。掘っても掘っても、異様な速度で増えてねぇ?」


 農夫が収穫した大量のサトウマンドラゴラを、新年のスラ競で手に入れた浄水の魔法を使ってタワシ片手に洗って行く。


「掘られる前に実を震わせて種を撒いてるとーう」

「そっか、偉いなー、この後に肥料撒いて畝整備しようと思ってたんだよ、勝手に種蒔きすんな!」


「それは今埋まってるのに、言い聞かせて欲しいとーう! あと魔法の使い方が下手くそとう。もっと精進するとーう」

「なにぉう! ……精進するともっと上手くなる?」


「なるとーう。そして我らをもっと美味しく育てるがいいとう!」


 農夫が丹精込めて洗ったサトウマンドラゴラは、全て己の足で歩いて収穫用の箱に行儀良く収まっていった。


 そして、スンと静かになって動かなくなった。


「なんだよ、お前らの生意気なおしゃべりは、俺ら農夫しか聞けないのかよ……」



 大量のサトウマンドラゴラは、宮廷魔法師団に卸してもまだ余る。


 ショウネシー領の土にバッチリ合ったらしく、どこの畑でも短期間でわさわさ増えていった。


 サトウマンドラゴラはどの部位にも薬効と魔力に富む。


 薬の素材として、領内にそのまま残しておく分も確保できると、残りは加工してしまう事にした。


 おしゃべりしていた下の実の部分で砂糖の結晶を作り、途中に出来た糖蜜を醗酵、熟成させてラム酒を作る。


 さらに残った絞り滓……水溶性の繊維で紙を作り、最後の滓は高圧と熱を加えて黒鉛にする。


 そして葉と花の部分はお茶にし、そこに一緒に成っている実は魔石なので、そのまま収穫だ。


 この一連の作業を一気に出来る魔法をエステラが作り、マゴーに共有すれば、あっという間に砂糖と透明なラム酒とお茶が出来上がり、黒鉛の入った瓶と魔石が積み上がった。


 黒鉛と、魔石の半分はエステラへ渡る。

 残りをどこへどう流通させていくかが、ハンフリーの課題だ。



 女神の光花も同じように増えた。そして、狙い通り妖精蜂の蜂蜜も取れた。


 ハンフリーは何気ない気持ちで、増えた光花を公園の噴水の側にも植えたら、不思議なことに花は、噴水の水盤の中で増え、他にも二、三種類、水の中で青や薄紅色の花が咲くようになった。



「ふーむ、このお茶……マンドラゴラの葉は渋味があるものですが、サトウマンドラゴラの葉だと花のような果物のような香りと微かな甘味があって飲みやすいですね」


 イラナが優雅にティーカップを置いた。


「胃腸や解毒関係の内臓機能とホルモンバランスに効くようですね、助かります……ここは食べるものが皆美味しくて、ついつい食べ過ぎてしまいますから」


 イラナの言葉に、全員肯首した。


「あとこの砂糖は素晴らしいですね、脳の機能の向上と活性化、心身を整える効果がありますね」


 ハンフリーはメモを取りながら頷いた。


「なるほど、ではまず領民が手に入れやすいようにしたいな」

「ふふ、貴方はやっぱり、外に出して高い利益を得るより、領民が第一なんですね」

「それは当然だが」


 当たり前だと、ハンフリーは本体(眼鏡)をくい、と持ち上げる。


「アーケード内に領地の特産品専用の店舗を作るかい? 場所は空いてるよ」


 ニレルの意見にハンフリーは首を振った。


「今のところ販売物が三種類しかないんだ、アーケードの広い店舗を使うのは勿体無い。役所内に販売コーナーを作るかな」


 女神の光花の蜂蜜は、特別過ぎる品なので、ここにいるメンバーで消費する事にすることに決まった。


「だったら、うまみ屋で委託販売すれば良いじゃない?」


 エステラが飲み物とお菓子の乗ったカートを押して来た。


「買い物する人も、アーケードと役所を行ったり来たりする必要がないから、いいと思うのよ」

「いい考えだな」

「詳しいことは、あそこで飲んでる人と詰めて」


 エステラは隣のテーブルでホワイトラム酒を味わっているエデンを指差した。


 そして各人の前に、白い飲み物の入ったグラスと、白い皿に乗った、茶色の食べ物を配る。


「これはディオンヌ商会の新作なのだけど、飲み物の方は島に成ってた果物の果肉を漉して冷やしたもの、お菓子の方も、同じ果物の種を加工して作りました」

「あら、この茶色いのはお菓子なの?」


 ラム酒テーブルにいたシャロンが興味深そうに見つめた。


「今回は甘さを控えめにしてあります」


 砂糖は高級品なので、貴族の食べるお菓子は言葉通り砂糖たっぷりの砂糖菓子だ。


 通常甘さを控える事はない。


 エステラが作るのは平民向けなので、貴族向けより砂糖はひかえめだ。

 といっても、エステラの前世……地球の平均的なレシピの分量だ。


 この世界の貴族のお菓子はその倍近い砂糖を使用している。


「同じ果物なのに、果肉と種で随分と見た目が違うんだね」


 ラム酒テーブルのダーモットが興味深く眺めた。


「冷えてるうちに、飲み物からどうぞ」



 それは濃厚な味わいだった。強い酸味とそれに負けない甘さ、そして柑橘とも林檎とも違う華やかな果物の風味だった。


 イラナが顔を覆った。


「貴方はまた、こんな美味なものを……っ」

「この果肉は種を醗酵させるために利用するので、普段は販売しません。初夏から夏場の水分補給用に、時々アーケード広場の屋台に出そうかと思ってます」

「つまりこの美味な果肉を犠牲にして出来上がったのが、こっちの茶色いほうか……」


 ハンフリーはフォークで一口、茶色の菓子を口にした。


「…………っ!!!!!!」


 黙って固まったハンフリーを見て、皆恐る恐る菓子を口にする。


「生きてて……良かった……」


 イラナが涙を流した。


「んははは、イラナは大袈裟だな」


 そう言って笑ったエデンも、一口食べて、無言で二口食べて、そのまま完食した。


「エステラ、おかわりは?」

「ないわ。あと残ってるのは、ここにいないリーナ達の分」

「よこしなさい。これは子供に食べさせていいものじゃない」

「やめて、大人気ない! 試食はまだこれだけじゃないの!」


 ザッと、全員の視線がエステラに集まった。


「えーと、まずこのお菓子は、先程の果肉の果物……カカオの実の種を醗酵させてから色々な工程を経てチョコレートというお菓子にします。これは熱に溶けやすいので、チョコレートに卵やバター等加えて焼き上げ、冷やしたのが今出したショコラテリーヌなの。

というわけで、こちらが一番シンプルなチョコレートです」


 ヒラとハラが追加のお皿を配る。


「それぞれ配合が違う四種類を用意してます」


 四角いタブレット状のチョコレートには、それぞれ番号が振られていた。


 一番がミルクチョコレート、二番がブラックチョコ、三番がハイカカオで、四番がホワイトチョコだ。


「うん、一番と四番のは子供が好きそうな味だと思うよ。ウモウのミルクが入ってる?」


 ニレルの言葉に、エステラは頷いた。


「口の中で蕩けていく……僕は二番か三番が好きだな」

「全部……全部美味しいです! お茶にも合う」


 泣きながらイラナがチョコレートの虜になった。


「そうね、紅茶にも絶対合うわ。砂糖の量が少ないから貴族向きではないけど、私はこのくらいの甘さの方が好きだわ」

「ほろ苦くもあり甘い……これはやっぱり子供に食べさせちゃあダメだなぁ」


 エデンがじーっと視線でおかわりを訴えて来たが、エステラは無視を決め込む。


「ディオンヌ商会ではこのチョコレートをどうやって売るつもりなんだい?」


 ハンフリーが聞いた。


「これは……私が食べたくて、趣味で作ったので……うまみ屋のお弁当のデザートに使おうかと。領民のみなさん、基本お菓子を買って食べる事はしないので……後は新年のビンゴゲームみたいなものの景品にしたりですかね? あ、もちろん皆さんからの個別注文は受けます!」


 平民はパンや惣菜等の食事の為のものは買っても、わざわざ高価なお菓子までは手を出さない。


 その代わりショウネシー領民は破格の値段の、アーケード広場屋台のドリンクで、甘味を楽しんでいた。


 だからうまみ屋のお弁当には、小さな甘いデザートが入っている。貴族用に比べたら、砂糖の量の少ない、食べやすい平民のデザートなのだ。

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