43. 熊師匠の厳しい授業
『妖精熊以外の熊は、見つけたら即討伐』
以前エステラに聞いた言葉が、マグダリーナの脳裏に甦る。
今校庭にいるのは、高等部の騎士科の先生と生徒達と、自分達だ。
騎士科の先生と生徒は、サッと隊列を組み討伐体制に入る。
こっちは最年少学年なので、先生は学舎に戻るよう避難誘導だ。
――しかしと言うか、案の定第二王子が。
「火魔法を使えるものは、俺と一緒にこい!」
そう言って暴走をはじめた。
「火魔法はダメです!!」
咄嗟にマグダリーナは叫んだ。
ちらりと見ると騎士科の生徒にはすでに怪我人が出ているようだ。
レベッカを引っ捕まえて回復係に回りたいが、ここで火魔法なんて使われたら、熊師匠がさらにハッスルして大惨事だ。
「素材がどうこう言ってる場合ではないだろう。討伐が優先だ、この愚か者!!」
「そうだ! 守られる側は大人しくしてろ」
他の男子生徒も口々に言う。
「四つ手熊は火属性持ちで、半端な火魔法は逆に熊に力を与えます! 騎士科の先輩方を援護するなら風魔法でしてください!」
だが彼らは……マグダリーナの言葉を無視して第二王子に続いて走り出した。
マグダリーナの勘のようなものが、頻りに火魔法だけはダメだと警告を出してくる。
(ああ、もう!!!)
「土壁!」
第二王子達のまわりを、巨大な土の壁で囲った。
先生も、避難しようとしていた生徒達も驚いてこちらをみる。
「レベッカさんは直ぐに怪我人に回復魔法をお願いします」
「無理ですわ」
熊師匠の元へ行こうとしたマグダリーナは、一瞬足を止めて、それから何もかも諦めて走り出した。
◇◇◇
マグダリーナに気づいた騎士科の生徒が、慌ててやってきた。
「初等部の子だろう、学舎へ避難するんだ!」
その男子生徒も、既に血だらけで、立ってるだけでもやっとの状態だった。
「ハイヒール! ととのえよ!」
マグダリーナは彼に回復魔法とととのえる魔法をかける。怪我も制服の破れもなくなり、戦闘などなかったような状態になった。
「これは……」
それから収納に入っている、ありったけの回復薬を出した。
「回復薬です。怪我人の方に飲ませて下さい!」
「助かる! 恩にきる!」
そこへ、学舎の窓から何か飛び出してきた。
マグダリーナのよく知る青い髪と魔力……ヴェリタスだった。
ヴェリタスは騒ぎに気づき、しばらく騎士科の上級生達の様子を見ていたが、思ったほど状況が芳しくなかったことと、マグダリーナが出てきたのを見て、チャーと一緒に窓から学舎を飛び出した。
身体強化に更に風魔法を上掛けして、高く飛び上がる。チャーが転移魔法でヴェリタスに剣を渡す。
そのまま、一体の四つ手熊の頭部を切り落とした。
マグダリーナも、騎士科の教師が中心に応戦している方の熊の頭部と、四つの前足を斬り落とす。
ヴェリタスの方は、土魔法で熊の後ろ足を足止めし、熊手の攻撃より速く動き、熊の一つ目の心蔵に剣を刺して潰した。それでも襲って来た熊の手を斬り払って、二つ目の心臓も仕留めた。
そのままもう一体の熊の背後にまわって、背中側から心臓を刺し潰す。
そしてもう一つの心臓を騎士科の教師が、浅く剣を突き刺した傷の中に、さらに風魔法を撃ち込んで仕留めた。
二体の四つ手熊が倒れ、ぴくりとも動かなくなると、辺りは歓声に包まれた。
ヴェリタスがチャーに何か言うと、チャーは転移魔法でするぅ〜と消えてしまった。
熊の心配がなくなったので、マグダリーナは怪我人の治療に集中し、回復薬で治っている人にもととのえる魔法をかけて回った。
怪我も破れも汚れすら、何も無かった状態になって、皆一様に驚くと、次々に感謝の言葉をかけてくれる。
幸い、欠損のような重症者や死者は居ないようで、ホッとした。
その頃にやっと、他の教師達もやってきた。
「ヴェリタス様、捕まえました」
チャーがフードを纏った二人の人間を、時代劇で見たような複雑な縛り方で縛って捕まえてきた。
魔獣を喚び込んだ犯人らしく、そのまま教師陣に引き渡す。
気づくとヴェリタスは騎士科の上級生達に捕まり、胴上げをされていた。
その様子に思わず笑みを浮かべながら、マグダリーナが回復薬の瓶を回収していると、魔法学の先生がやってきた。
「マグダリーナ・ショウネシー、魔法学の修了証を渡します。今回は本当に助かりました。ありがとう」
「お役に立てたようで、嬉しいです」
無事修了証を貰って、マグダリーナも嬉しさのあまり、心の中でヴェリタスを胴上げした。
「使用した回復薬の分の代金も、後日学園から支払われますからね。明日の放課後、教員室まで来て下さい」
「分かりました」
何か忘れてるなーと思ったら、第二王子の一団だ。
剣でほじくったのか土壁が崩れて小さく穴が開くている所がある。そこから一部始終見られていたかも知れない。
とりあえず土壁は元に戻した。
ライアンがマグダリーナに「第二王子を閉じ込めるなんて、不敬が過ぎるぞ!」と突っかかってきたが、以外なことにライアンを止めたのは第二王子だった。
「よせ、ライアン」
「しかし……」
すかさずレベッカが、第二王子の側に寄ってきた。
「王子様、傷が!」
「かすり傷だ」
どうやら土壁に穴を開けるときに傷つけたらしい。それもマグダリーナの所為だと、皆んなに聞こえるように、丁寧にライアンが説明する。
「私の回復魔法で治します」
「ちょっと貴女、回復魔法は無理だとショウネシーさんに言ってたわよね!」
レベッカのあからさまな態度に、他の女子生徒が声を上げる。
「ええ、だって回復魔法はとても貴重ですもの、決して対価なしで行うものではないと言われていますわ。あの方達に対価が払えると思えなかったのですもの」
当然のようにそう言うレベッカに、周囲は絶句した。
流石の第二王子も何か感じることがあったようで、さっとレベッカの手を振り解く。
「マグダリーナ・ショウネシー」
第二王子に呼ばれたが、聞こえなかったふりをした。
今朝もう会話したくないと意思表示したつもりだったんだけどなぁ。
「マグダリーナ・ショウネシー!」
ガッチリ肩を掴まれる。しょうがない。
「なんでしょうか?」
「あの華麗に四つ手熊を倒していた、美しい令嬢は、お前の知り合いか?」
マグダリーナはピンときた。
(強い人が好きみたいなこと言ってたっけ? この王子)
でもヴェリタスはズボン履いてるのになぁっと思ったが、そういえば、騎士科は女子もズボンだった。
「一つ訂正させて下さい。彼は令嬢ではなく令息です」
「なに……っ」
「令息です」
大事なことなので、二回言った。
王子はその場で膝から崩れ落ちた。
「ヒール」
心の傷は癒す気ないが、一応王子なので、回復魔法はかけておいた。かすり傷の。
ちょうど午後の最終授業だったこともあり、そのまま授業は解散となった。
まだテストを受けてない生徒達は、明日に繰越され、先生達は他にも不審者がいないか警戒してまわっている。
オーブリー侯爵がヴェリタスの命を狙うために、貴族の子女ばかりのこの学園に、魔獣を放つなんて馬鹿な真似は流石にしないだろう、と思う……
だとすると、誰が何のためにと思ったが、それは大人の仕事だと、マグダリーナは気にしないことにした。
それはそれとして、先程レベッカが言っていた『回復魔法は決して対価なしでは行わない』というのが気になる。
それが親からの言いつけだとすると、よくヴェリタスが、真っ直ぐ道理のわかる少年に育ったものだ。
シャロン伯母様は偉大だなぁと、心底思った。
領に帰ったら、ヴェリタスと二人で、まず噴水の女神像に祈り、今日皆が無事で済んだことに感謝した。
そして今回大人数に回復魔法をかける必要があったことで、もっと効率よく回復魔法をかけるやり方がないか、エステラに相談しようと思った。
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