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ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活  作者: 天三津空らげ
二章 ショウネシー領で新年を
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36. 新年の祭り

 ショウネシー領に教会はない、しかしリアルな草花の彫刻された、美しい噴水の中央に、負けず劣らず芸術的な女神エルフェーラの美しい像があり、そこから七色の光を煌めかせながら水が迸っていた。


 領民は時々噴水にやってきて、その美しさに感嘆し、祈りを捧げる。


 因みに女神像は後から噴水に取り付けたもので、製作者はエデンだ。


 世界で一番本物そっくりの女神像だが、マグダリーナはふと気になって、何故創世の女神ではなくエルフェーラの像なのかエデンに聞いた。


「それはな、創世の女神には肉体がなく、大いなる輝きとしか表現しようがないからさ。類似したものに創世の女神への祈りをこめれば、祈りは女神に届く。ただし魔法で奇跡を行うために創世の女神に繋がるには、その名が重要になってくるんだがな」

「あ、じゃあこの女神像の周りの水飛沫がいつでもキラキラしてるのって、そういうこと?」


「んはははっ」

「ここで祈れば、創世の女神様と精霊になったエルフェーラ様に同時に祈ったことになるのね」


 精霊化したハイエルフ達は、姿は見えずとも、今やショウネシー領で当たり前に見かける小精霊や、なかなかお目にかかれない上位精霊より高位の精霊として、この世界を見守っている。


 歳の終わりに領民達は、噴水の周りに集まって、一年の感謝の祈りを捧げる。

 そしてまた翌日に、今度は新しい歳の祈りを捧げるのだ。




 新年がやってくると、ダーモットとシャロンとヴェリタスはまだ陽も上がり切らぬ内から王宮へ出発だ。


「新しい年も女神の恩恵に恵まれますように」


 新年の挨拶を交わし、彼らを見送る。


 新年の祭りは十一時からの予定だったが、朝から噴水に祈りを捧げに来るものもいて、広場にはぽつぽつと人がいた。


 彼らの為に、小さな楽器を持ったマゴー楽団が夜明けからささやかな演奏を奏でていた。



 マグダリーナとアンソニーはハンフリーと一緒に朝の八時前に役所に来た。


 祭りの準備の為もあるが、ハイエルフ達が噴水で、女神に短い祈り唄を奉納するというので見学だ。


 今広場にいる領民の半数は、図書館かどこからか話を聞いて、同じ目的でやってきたのだと思う。



 不意に噴水の周りに七箇所、星を集めたような転移の光が現れ、音もなく六人のハイエルフとエステラが姿を見せる。


 それだけでも充分神秘的な光景だが、彼らは揃って、普段と違い真っ白な裾の長い祭服の上に、刺繍の入った透けるほどの薄衣を纏い、髪を下ろして女神の光花で作った花冠をしている。そして皆微かに淡い光をも纏っていた。


(ファ……ファンタジーだ。ガチもんのファンタジーだわ!!)


 余りの神々しさに、呆然としている周囲の中で、態度には出さないがマグダリーナのテンションはダダ上がりだった。


 マゴー音楽隊の演奏が竪琴と鈴だけになる。


 彼らは噴水に軽く一礼すると、体の向きを変え噴水側の腕を優雅に上げると、音楽に合わせて噴水の周りを、ゆっくり歩きはじめた。



《いと貴く 慈悲深き 我らが女神よ》



 七人の声が心地よく響き渡る。



《命の恵み与えし 輝ける御方よ

見えるものと 見えざるものを 統べる主よ》



 彼らが揃って体を回転させると、衣装の裾がふわりと広がり、花冠の女神の光花から小さな光が舞う。


 周囲には優しい光の球体が飛び交っていた。小精霊が集まってきているのだった。



《満たし給え 我らが器にその神秘を

照らし給え 天より降り注ぐその慈愛で

清め給え 地に安らぎあるように


満たし給え 我らが器にその神秘を

照らし給え 天より降り注ぐその慈愛で

清め給え 地に安らぎあるように》



 唄い終えると、女神像が優しく輝き、噴水の飛沫が光の花になって周囲にいくつも舞い広がった。


 七人は噴水に向き合って、最後に礼をするとダッシュで光の花を取りに行く。


「さあ、女神が祈りに応えて奇跡の花を降らせて下さった。地に溶ける前に拾え! なんかイイことあるぞ! 家族に持って帰りたい奴は直接触らずに服の裾を持って拾って運べ。ただし女神の奇跡に預かれるのは今日中に触れた分だけで、残りはただの貴重な素材になるぞ。んはははははー」


 エデンと顔見知りになった農夫達からは、「んはははじゃねーわ、事前に言っとけ!」と野次が飛ぶ。



 エステラは羽織っていた薄衣を脱いで、それを振り回し、幾つも花を掬いながら駆けてくる。


「リーナとトニーも早く花を取って! 他の皆んなの分は私が集めるから」


 美しく神秘的且つ荘厳な雰囲気に浸っていたところに、これである。


 ハラとヒラとササミ(メス)も、ぴょこぴょこ飛び回って花を食べていた。


 花はアーモンドの花や桜の花程の大きさで、水蓮に似た形をしている。


 マグダリーナも慌ててふわふわ飛んでるところを両手で捕まえる。


 そっと手を開くと、半透明のその花は淡く輝き、白い花弁の花脈がキラキラと虹色の光を反射させていた。


(綺麗……)


 眺めていられたのは束の間で、すぅとマグダリーナの手のひらに吸い込まれて行った。


 そしてササミ(メス)がカッと真紅に輝き、またもや進化した。ハイエンペラー&ハイエンプレスコッコカトリスになった。


 ディンギルにはまだ遠いらしい。



 それを見たアンソニーは、うちのコッコ達の分もとコートの裾を持ち上げて花を拾い始める。


 気づけばマゴーも「新年の初日にしか収穫できないとても貴重な素材なのですー」と言いながら、保存瓶を両手持ちで花を集めている。



 ハンフリーも騒ぎに気づいて、役所から出て来た。ハンフリーの取り巻きコッコ(メス)達も、ハンフリーのコートの裾を引っ張って急かす。


「これは……? 何が?」


 呆然とするハンフリーの、風で露わになった額に、女神の花が張り付いて、そのまま吸い込まれた。


 ハンフリーは違和感を感じて本体(眼鏡)を外す。


 視界はとてもクリアで、光に満ちていた。


「よく……見える……眼鏡がないのに……世界はなんて美しいんだ……」



 女神の花の『イイこと』は、ササミやハンフリーのようにすぐ効果が出る場合と、そういえばなんとなく運が良くなった気がするとか、今年は病気にかからなかったなぁみたいな、目に見えず気づき難い効果もあるらしい。


 人それぞれだよとハイエルフ達が領民達に説明していた。


「今日中に触れなきゃ効果がないなんて……ルタはきっと残念がるわね」

「大丈夫よ」


 エステラは拾った花に触れないように、器用に小さな四つの保存瓶にいれ、コルク材の蓋をした。


 ”縁起物なので今日中に瓶から出して花に触れるように“と書き添えた文を瓶に結び、魔法で転送させる。


「ほらね、これなら今日中に触れられるわ」

「四つめの瓶は誰のところに送ったの?」

「ケーレブさんよ。彼ならうまく瓶の中身をシャロンさんの従者達と分けてくれるだろうし」

「そうだわ! 留守組の伯母様の使用人達と、グレイとマーシャとメルシャの分も必要だわ」


 マグダリーナもコートの裾を持ち上げると気合いを入れた。



 女神の花は一時間ほど噴水から舞い上がり、地に落ちて溶けていった。




 広場にバーベキューコンロを並べているおじさん達が「春になったら弟夫婦にも、こっちに来ないか話して見ようと思うんだ」と話してるのが聞こえて、マグダリーナはそっと聞き耳を立てる。


 領民が増えるのは大歓迎だ。


「そうだなぁ、読み書きも行儀も教えて貰えるし、将来子供が出きたら貴族様の使用人になれる可能性もあるだろうしな」

「それよ! でもここの生活に慣れた子供が他の領地で我慢出来ると思うか? 特にトイレな」

「あーわかる」


(あーわかる……めっちゃわかる)


 水洗トイレは魔導具だし、下水工事が必要だから、もしかすると王都にいる貴族だけが使ってる可能性ありだ。


 生まれた時からショウネシー領のハイパー魔導トイレに慣れたら、おまるのお世話はキツいに違いない。



「だから俺、明日のスラ競では『清浄』の巻物手に入れて、娘にやりたいんだよ」

「お前んとこまだ娘居ないだろー」

「今年こそ頑張るんだよ!」


 結婚して三年経ったが子宝に恵まれないそのおじさんは、来年の新年はお腹が大きくなった奥さんのために、女神の花を貰いに来ることになる。




◇◇◇




「新しい年も女神の恩恵に恵まれますように。皆さん今日は大いに食べ、楽しんでください」


 領主のハンフリーの挨拶を合図に、マゴーが会場全体に防汚魔法を掛けて、バーベキュー祭りが始まった。


 マゴー音楽隊の軽快な音楽が、広場を彩る。


 うまみ屋のエプロンをしたマゴー達が、テーブルに沢山のタレの入ったコップと、たっぷりの串刺しお肉を用意していた。


 それぞれ好きなお肉をとって、各自バーベキューコンロで焼いて、コップのタレにつけて食べていく。


 タレはにんにく胡麻醤油、ポン酢、柑橘塩の三種類用意してあり、しかも別テーブルにネギと大根おろしの混ぜたものまであった。


 因みにネギと大根やタレの材料は、エステラとニレルがそれぞれの魔法収納にたっぷりと貯蔵していたものを分けてくれた。



 エステラがタレをつけたお肉に、ネギ大根おろしを乗せて食べてるのを見て、他の領民達も真似をする。


「おお、こいつは……!」

「やべえ、どれだけでも食べれる……!」



 防汚魔法のおかげで服の汚れも気にせず食べれるが、マグダリーナはなるべくお上品に食べやすいように小ぶりの肉を選ぶ。


 タレは柑橘塩だ。


「おいひぃ」


 お行儀悪いが、思わず声が出た。


 焼きたての香りと場の雰囲気が、ますます美味しさを引き立てているようだ。


 アンソニーも串のお肉にかぶりついて、にこにこしている。


 エステラのレシピで作られた、こちらの世界では珍しいタレは、ハイエルフ達も虜にしたようで、普段は控えめで可愛らしい印象の美女、デボラ先生が串を三本持って、幸せそうにお肉を頬張っていた。



 一応バーベキューコンロの他に、小さなテーブルやベンチなども用意されていて、マゴーが暖かいお茶も配りまわっていた。


 食べ飽きた人は、自然と噴水の近くに移動して、マゴー音楽隊の音楽に合わせて踊っている。


 小精霊達も楽しそうに、ふわふわしていた。


 マグダリーナもアンソニーやエステラだけでなく、イラナやニレル、ハンフリーとも踊った。


 エデンは笑いながらエステラを抱っこして、上機嫌に長い足で軽やかにステップを踏んでいる。

 ヒラとハラも飛び跳ねて、エデンの背中に何度も体当たりしていた。



 最後にビンゴカードが配られ、ハンフリーが番号が書かれたスライムボールを引いて行く。

 景品は早い順に好きなものが選べ、マグダリーナはお菓子のセット、アンソニーは保存瓶を選んだ。


 とても楽しい一日だった。


 この時のマグダリーナは、翌日降りかかるであろう無理難題を、全く予想だにしていなかったのだ。

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