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ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活  作者: 天三津空らげ
一章 ナイナイづくしの異世界転生
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3. 我が家じゃナイ

 眠りに落ちて、わたしは夢の中で夜空に一際輝く星を眺めていた。

 ただ、それだけ。

 それだけでお腹の底からあたたかくなるような幸福感を感じた。



 そしてマグダリーナに転生して、一週間程たった。

 地道に家事の手伝いはしているものの、これといった良い金策も浮かばない。そもそもお腹が空いて良案など浮かぶはずもないよね。

 切ない気持ちを切り替えようと、部屋の窓を開けた。すると金の髪と小さな背中が目に入る。弟のアンソニーが庭園でうずくまっているのだ。

 マグダリーナはあわてて庭園に向かった。

 なにせこの家の生活状況だと、いつ誰が体調を崩して倒れても、おかしくないのだし。

 靴底が木で作られた革靴には全然慣れないし、少し歩いただけで、息切れするこの身体の体力の無さに歯噛みした。

 庭園とは名ばかりのそこは、木々は殆ど葉が落ち、そのくせ雑草は生い茂っている。この邪魔な雑草が全部野菜だったら良いのに!! と内心叫ぶ。が、奇跡のように野菜に変わることなどなかった。

 ふ・ざ・け・る・な!

 わたし転生者なのに! 転生者なのに……!!

 役に立つようなチートも転生特典も何もナイというの?!

 本当に泣いてしまいそうだった。体力消耗するから泣かないけど。


 「トニー、どうしたの? どこか具合が悪くなったの?」

 ようやく弟に辿り着き、小さな背中に声をかけた。

 「リーナお姉さまっ」

 アンソニーは驚いて振り向いた。

 本を片手に、真剣に草を見ていたようだ。声をかけるまでマグダリーナに気づかなかった。


 「……食べられたり薬になるような草がないか、探していたのです。もうお姉さまが倒れるところは見たくないので……」

 「……っ!」


 (私の弟……もしかして天使だったの!?)


 「私も一緒に探すわ」

 「ダメです、お姉さま。手が傷ついてしまいます!」


 アンソニーの手を見ると、草で切ったのかちらほらと細かな切り傷があった。

 深い傷ではないが、地味に痛そうだ。


 「まあ、トニーの方が傷だらけじゃないの!」

 「大した傷ではありません。大丈夫です」


 それでも何か処置を……たしかハンカチを持っていたはずよ。

 マグダリーナは視線と手を腰のポケットに移す。

 その時、少し離れたところの地面に、きらりと光るものが見えた。

 気になって近寄ると、大きくて白いマッシュルームのようなキノコが、きれいな円形に並んで生えている。


 (マッシュルームは食べられる筈だわ!!)


 残念なことに飢えに逆らえず、マグダリーナの意識はアンソニーを忘れた。キノコを採る為にしゃがみ込んで、その膝にハンカチを広げる。


 「お姉さま!」


 その様子に気付いたアンソニーが走ってきて、慌ててマグダリーナ手を伸ばした。


 マグダリーナがキノコを採取しようと手を伸ばした途端、膝の上に広げたハンカチが、ふわっと風に飛ばされる。そちらに気を取られて、キノコの円の中に足を踏み込んだ。すると円の中に青白い光が浮かぶ。


 「お姉さま!!!」


 アンソニーは走りながら必死に手を伸ばし、マグダリーナの手を掴んだ。


 二人は青白い光に包まれ、そして消えた。



◇◇◇



 ぽふんと何かにぶつかった。

 どうやら女の子の背中だったみたい。


 「うあ……っ」

 彼女が驚いて、小さく可愛い声を上げたのだ。

 それで前の見えないマグダリーナも、女の子にぶつかってしまったとわかった。


 「ご、ごめんなさいっ」


 慌てて謝って離れると、マグダリーナがぶつかった女の子は、素早く振り返った。

 宝石のような煌めく瞳と目があう。


 ――どきりとした。


 こころがふわふわと、吸い込まれるかと思った。

 マグダリーナと同じ年頃の、天使のように美しい少女だったから。

 柔らかそうなミルクの白い肌に、月光を紡いだ、淡い淡い金の髪。髪と同じく淡い金のまつ毛は、神秘的な緑と紫の左右色違いの瞳を、長く濃く優雅な曲線を描き彩っている。花びらのような唇は、白猫の肉球の様なピンク色。思わず触れたくなるような……それでいて誰も触れてはならない厳かな空気を纏うピンク色。

 そんな天使が身にまとう衣装は、亜麻色のズボンと膝下丈の墨色のワンピース、その上に寒さを防ぐ青灰色の外套だった。

 わたしの灰菫色のドレスに合わせたような地味な色合いだわ……。

 天使に対してぐっと特別な親近感が生まれた。


 こんな美しい子が人間のわけがない。きっと貧しい我が家を慮って女神様が使わしてくれた天使に間違いないのだ。

 マグダリーナはうっとりと少女を見つめながら、思わず心の声を漏らしてしまう。

 「天使がいるわ……うちの庭に天使が……」


 「天使……庭……」

 目の前の天使が、首を傾げてマグダリーナの言葉を繰り返す。その仕草もなんともかわゆくて、目から栄養をいただいているような心地だった。

 アンソニーが慌てて、繋いでいた手を引っ張った。ふるふると首を横に振っている。


 「違いますリーナお姉さま、ここはうちのお庭じゃありません」

 「え? でもわたし達、お庭に居たわよね?」


 マグダリーナは辺りを見回した。そこは枯れ木と雑草の庭園ではなかった。

 赤や黄色に色づく木々、緑の苔に木漏れ日溢れる、美しい森だった。

 見たことのない小さな丸い光が、ふわふわと飛び交っている、幻想の森だ。


 「うちじゃ……ない……」


 とてとててと、目の前を足の生えたキノコが列になって通りすぎて行った。これは確かに、うちじゃない。

 なんでキノコが歩いているの?

 まさかとうとう空腹で幻覚まで見だしたというの……。

 膝から崩れそうになったところに、アンソニーの心配顔が目に入り、ふんすと踏ん張った。これ以上、このかわいく幼い弟に心労をかけてはいけない。


 「その光……」

 マグダリーナとアンソニーの周囲にキラキラと砂のように細かい青白い光の残滓がある。それを見て、少女は困った顔をした。


 「妖精のいたずらなのね」


 天使の声は落ち着いて優しく、マグダリーナ達への心配が含まれていた。


 「あの……」


 だからマグダリーナも遠慮せず、でも控えめに少女に尋ねる。


 「どうしてキノコに、足が生えて歩いているの?」

 ――しかも結構早足だ。


 「えっ、そっち?! あれはウマイシタケと云って、煮ても焼いても美味しいキノコです。あまりにも食材にされるので、ああやって逃げ回るようになったらしいの」

 「食べれるの?! 捕まえなくっちゃ!」


 マグダリーナは力を振り絞ってキノコを追いかけようとした。

 アンソニーが必死にその腕にしがみついて叫んだ。


 「待って下さい、お姉さま! 森は魔獣も出るし危険なんです!」


 その間、天使な少女は横がけにした鞄から、木と革で出来た折り畳み椅子を人数分取り出していた。

 とてもそんな物が入る大きさの鞄では無いのだが、マグダリーナ達はそんな事を気にする余裕はない。そして「座って」と、マグダリーナとアンソニーに折り畳み椅子が渡された。


 「ここはリーン王国ゲインズ領。その中のコーディ村に近接する《魔の森》です。まだ入り口近くなので、魔獣はスライムや小さな角兎や角モグラくらいかしら……。今は私の従魔が周囲で遊んでいるので、他の魔獣に襲われる心配はありません。でも追いかけてウマイシタケを獲るのはお勧めできませんよ」


 少女は鞄からさらに水筒とコップを取り出し、水筒の中身を注いで、マグダリーナ達に渡してくれる。


 「どうぞ、蜂蜜水です」

 「ありがとう……!!」


 マグダリーナは蜂蜜水という言葉に感動した。天使はやっぱり天使なのだ。

 アンソニーは緊張しているのか、ぺこりと頭だけ下げて受け取る。そういえばこの子は多分、伯母様以外の他所の人と会うのは初めてなのだ。その伯母様もドーラ伯母様ではなく、母の異母姉のシャロン伯母様だ。我が家を陰ながら支えて下さっているドーラ伯母様とはまだお会いした事がないい。

 マグダリーナは早速蜂蜜水をいただく。上品な甘さに身体中が歓喜していた。異世界に転生して、はじめて美味しいと思えるものを口にした瞬間だった。

 手にしたコップも木を薄くくりぬいて漆か何かの塗料を塗った物なのだろう。取手がついて持ち易く飲みやすい。

 隣を見ると、アンソニーも蜂蜜水を飲んで目を輝かせている。

 その間、蜂蜜水をくれた少女は、良い香りのするマッチ程の細い小枝を折って火を付け地面に置いた。そして乾燥させた草の蔓で編んだ蓋付き籠の中に、苔を放り込む。それを火のついた小枝の近くに、蓋を開けたまま置いた。


 一通りの作業を終えると、少女はマグダリーナとアンソニーに向き直った。


 「えっと、こんにちは。私はエステラ。コーディ村に住んでいる魔法使いです。あなた達は貴族の子ですよね?」

 エステラはマグダリーナとアンソニーの服装を見て言った。くたびれてはいるが、上質の布地であったし、平民の服装に使用しないボタンもついている。


「魔法使い……」

 アンソニーが頬を上気させながら呟く。

 その時マグダリーナの足元を、先程見たウマイシタケが列をなして、すとととと、と通り過ぎていく。そしてエステラが置いた籠の中に華麗に飛び込んでいった。

 小さな薄淡い光が、ふわふわと籠の周りに漂っている。

 そういえば、エステラの周りもそうだ。だからマグダリーナは天使だと思ったのだ。

 エステラは中を確認して、そっと籠の蓋を閉める。


「ウマイシタケは、こうやって罠を仕掛けて捕獲するのです」


 神妙に言われて、思わずマグダリーナとアンソニーも神妙に頷いた。


 蜂蜜水のおかわりを貰い、マグダリーナはようやく現状に現実感が出てきた。このキノコ、足があるなら我が家にも来てくれないだろうか……。

 マグダリーナの食欲をよそに、エステラは優しく聞いてくれる。


 「あなた達はどこの家の子? 家に身代金なんて要求しないから安心して。帰るための手助けをします」


 身代金……この世界、やっぱり治安が良くないのかな。

 あ、それよりわたし達も自己紹介しなくちゃ。


 「さっきはぶつかって、ごめんなさい。それから、色々ありがとうございます。あの、何卒お助け下さい。私はマグダリーナ・ショウネシー、弟はアンソニー・ショウネシー、二人ともリーン王国の王都に住んでいました」

 「王都……? 妖精のいたずらは他国に飛ばされることの方が多いのに、とっても運が良かったですね。それにショウネシー領はゲインズ領の隣だわ。確かあそこはいま殆ど作物が育たないって……」


 エステラの言葉の後半が、呟やきになる。

 マグダリーナとアンソニーの顔を見て、エステラは納得したような顔をした。

 王都のショウネシー家なら拝領貴族の家門であるのに、その子供がこれほど痩せ細っている。ショウネシー領の不作の噂は本当みたいだと。


 「王都の貴族の方でしたら、まずケインズ領の領主さまからゲインズ侯爵家を通してご実家に連絡することになります。お迎えが来るまで時間がかかると思うので、その間は多分、村長か隣町の領主様のお館で過ごしてもらうことになると思います」


 具体的な説明を受けて、マグダリーナとアンソニーは、安心して頷く。


 「ヒラ、ハラ」


 エステラが森の奥に呼びかけてしばらくすると、周囲の木や草がガサゴソ動く。

 大きな籠を持ったスライムが二匹、ぽよぽよと近づいてきた。


 「タラぁ、大収穫だよぉ」

 「お待たせなの」

 「お帰り。楽しかった?」


 スライム達は頷くと、ご機嫌に栗やキノコ、胡桃や薬草等の収穫物が入った籠を見せてくる。エステラは二匹の頭を撫でた。


 「私の従魔です。青っぽいのがヒラで、黄色っぽいのがハラです」

 「こんにちはぁ、ヒラだよぉ」

 「ハラなの」


 スライム達は、人懐っこく手を振った。

 透明感があり、宝石のようにつるつるで、美味しそうなテリをしたスライム達だった。大きくきらきらの瞳がなんとも可愛らしい。


 「さ……最弱のスライムを従魔にしているんですか?」


 アンソニーが恐る恐るエステラに尋ねた。

 確かスライムは子供でも倒せる、最弱の魔獣だっけ。もちろんマグダリーナにその経験は無い。


 「でもすごく綺麗で可愛いわ。スライムって初めて見たけど、皆んなこんな綺麗なの?」


 いくら魔獣だと言われても、こんな可愛い生き物に攻撃なんてできないわ。

 褒められて、スライム達は魅惑のぷるるんボディを誇らしげにぷりんとさせる。

 すると小さな光の粒が弾けた。

 少女漫画でイケメンのみ発生させることが許されるイケメンパウダーは、この世界ではスライムが纏うものらしい。

 エステラの顔も輝いた。


 「んっふっふー、この子達は毎日愛情込めてお手入れしてるので、普通のスライムより色もテリもハリも肌触りも格別良いのです! スライムは良いですよ! とても育て甲斐があります」


 スライム達はそれを証明するかの様に、弾力ある跳躍を見せて、それぞれエステラの左右の肩に乗った。

 マグダリーナは自分の頬に触れて、思わず「羨ましい……」と呟いた。この身体は痩せすぎて栄養が足りてないので、お肌はカサカサで子供特有の頬の弾力も足りてない。


 「この子達、妖精のいたずらの匂いが残ってるの。飛ばされて来たなの?」


 黄色っぽいハラがそう言うと、エステラは頷く。


 「王都に住んでるショウネシー子爵家のお子さん達よ。ハラ、ニレルに事情を話して、領主様に連絡とってもらって」

 「わかったなの!」


 ハラがエステラの肩からぴょんと飛び上がると、ハラを中心に光の輪が現れ、くるんと輪が回転したと思うと姿が消えていた。


 「いまの……、転移魔法……?! 魔獣は転移魔法も使えるのですか?」


 マグダリーナはアンソニーが震えているのに気づいた。転移魔法って狙ったところに瞬間移動する魔法のことよね。珍しい魔法なのかしら。


「ヒラとハラは使えるよぉ。デキるスライムなのでぇ。他の魔獣は種族によるかなぁ」


 ぷるるんとあざとかわゆく、薄青い宝石のようなスライムは、ちょっと身体を傾けて上目遣いにアンソニーを見た。

 アンソニーは戸惑いつつも頬を赤く染める。スライム可愛いって思っているに違いない。

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