29. ショウネシー領の冬
ショウネシー領の他の領地では、懸念していたように病が流行り出したらしい。
情報をもたらしたのは、バンクロフト領の商人、エイモスだった。
隣のバンクロフト領は豆の量産地。
エイモスがうまみ屋の大豆製品に目をつけ、大豆を卸すから、醤油と味噌、ぽん酢やめんつゆ等を、それらを使った料理のレシピと共に優先的に融通して欲しいと言ってきたことから、ディオンヌ商会のお得意様になっていた。
ショウネシー領から少し南に寄ったバンクロフト領の積雪量は、ショウネシー領ほどでもない。
だがショウネシー領の道に雪が全く積もって無いことに驚きながら、いつも通りショウネシー領を通り王都に豆を売りにいき、その帰りにショウネシー領で薬や珍しい食料品を仕入れて帰るらしい。
バンクロフト領ではまだ軽い風邪程度の症状しか出てないが、他の領地では徐々に三年前と同じ症状が出始めていた。
「どうぞ、温まりますよ」
「ああ、ありがとう」
ウモウの乳とコッコ卵とサトウマンドラゴラで作ったカスタードを、飲みやすくウモウのホットミルクで伸ばした物を、うまみ屋のマゴーはエイモスに渡す。
「これは甘くて美味しいな!」
一口飲むとじわりと身体の奥から温まり、疲れが癒される。
「今お出ししたのは、材料全部領内の魔獣素材のものですから、同じものを作ろうとするとお高くなりますが、病気予防に良いのですよー。あ、嗜好品として楽しむなら、代替品のレシピはこちら」
「因みに代替品じゃない方の材料は?」
「コッコカトリスの卵、ウモウの乳、サトウマンドラゴラと香り付けに企業秘密の魔花を使ってます」
「まじかー貴族の飲み物じゃん」
「今日は領民のみなさんに振る舞うため、調理班のマゴー達は腕を振るいました! エイモスさんも一瓶どうぞお持ち帰り下さい。こんな雪の中に来てくださったお得意様なのでサービスです」
「ええ! 本当にいいのか? 嬉しいわー」
ディオンヌ商会の広場では領民に限り一律銅貨三枚…三十エルという破格値で飲み物の屋台を出し販売していた。これは今日の販売分の一部だろう。
「そうそうこちらの甘酒なんかは栄養補給に最適で酒と言っても酒精は入ってないのでお子様でも飲めます。温めて、すりおろした生姜を入れたり、きな粉を混ぜても美味しいですよーこちら試食です」
「生姜入りいいね! きな粉の方は子供に良さそうだ。これとりあえず二箱分いつもの分に追加で頼む」
「毎度あり! お品物は馬車に積んでおきますね」
「ああ頼む」
エイモスはショウネシー領の訪問カードと金貨をアッシの口に入れる。
「釣りはカードに入金しておいてくれ」
「かしこまりました。こちらカードと今回の取引明細になります。あと今回の取引で記念品引換券が発行されました。商会本部で記念品と交換できます」
記念品はお金専用の収納魔法が付いた、スリムなカード入れだった。
「ここに一度カードを入れた時点で盗難防止と紛失防止が機能する、君専用のカード入れになる。こっち側は財布になってて、収納魔法がかけてある。ただし、お金と宝石、貴金属しか入れられない」
カード入れの側面にはファスナーが付いていて、開くと片面にマチのある硬貨入れになっていたが、一見すると硬貨が数枚しか入らなそうである。
「は?」
「通常のカードの残金確認のやり方で、財布の残金も確認出来るけど、財布側を指で軽く二回叩けば、カードに財布の中の所持金が表示もされる。あとカードをこのケースに入れた状態だと、アッシがやってたカードと現金の出し入れが可能だよ。まあ、姿が変わったアッシの兄弟みたいなものだと思えばいい。とりあえず名前をつけてあげて」
ニレルに説明されながら、エイモスはこれ火蛇の皮で作ってなくない? 無茶苦茶高価じゃない? と内心ビクビクしながらも、
「えーとじゃあ、財布のサイ、で」
と言うと、カード入れがパァと光った。
半透明な、銀貨くらいの大きさの、葉っぱのないマゴーみたいなのが、ぴょこんと出てきた。
「サイだよ! よろしくね」
「お……おう」
エイモスは一通りの説明を聞き終わって、ニレルと雑談をする。
「いつもはこの時期、あんまり体調良くないんだけどさぁ、今回そうでもないんだよな。ここの領のおかげかね」
「そうだと嬉しいね」
「あの門のとこで浄化だったかの魔法やってるんだろう? そのおかげかうちの領もあんまり重い病の話は聞かないんだ。でも東側じゃ三年前の流行病と同じ症状が出始めたらしいんだ。あの時は貴族も平民もたくさん死んでしんどかったよな……」
「ゲインズ領はどんな様子でしたか?」
「あそこはまだ大丈夫だったかな。相変わらず今の時期は魔獣討伐で忙しそうだったよ。……そうか、三年前は魔獣が病を運んでんのかって噂だったけど、もしそうなら真っ先にゲインズ領とか辺境伯領がやられてるか」
エイモスが帰った後、休憩から戻ったエデンに商会本部を任せ、ニレルは魔導車で領主館へ行ってハンフリーに流行病について話した。
「東の方……まさか港か?」
リーン王国の東には、他国と交易する唯一の港がある。
「可能性は高いと思うよ。ただ色んな国の船が出入りしてるんだ、特定するには大掛かりな仕掛けが必要になる」
「それは諦めよう、港は公爵領だしな。今まで通り病が領内に入り込まないよう気をつけよう、ただ……」
「?」
「メルシャとマーシャが、母親が流行病に罹った時に手持ちの中級回復薬を使ったが治らなかったと言ってたんだ……私の両親は回復薬自体手に入らなかったから、回復薬さえ有ればと思っていたが、単純にそうじゃないかも知れない……」
ニレルは今日屋台で出している、特製カスタードドリンクをハンフリーに渡した。
「甘くて美味しいな。不思議と疲れが取れて身体がすっきりする」
「材料が良いからね。三年前の冬、叔母上がエステラとスーリヤ……エステラの母親に作って飲ませていたのを思い出したんだ。わざわざ材料を全部女神の森で揃えてたから印象深くてね。エステラと再現して確認したら、万能薬の素だった。あの時、二人とも寒い寒い云いながらも風邪ひとつ引かなかったよ」
「それは……」
「これに症状に合わせて魔法を追加していき、個人に合わせた薬にするんだ。だがこのまま飲んでも病気予防にも、ある程度の病にも効く薬にもなる」
「材料を聞いても?」
「コッコの卵、ウモウの乳、サトウマンドラゴラ、そして女神の光花だよ」
ハンフリーをちらりとみて、ニレルは微笑んだ。
「今朝からマゴーが作り初めて、アーケード広場の屋台で出してるよ」
ハンフリーは膝上のコッコ(メス)をぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、みんな……ショウネシー領に来てくれて」
すすす、と、複数羽のコッコ(メス)達が抱っこ待ちに並びはじめた。
その年ショウネシー領内の領民は、大きな病にかかることもなく、食料に困ることもなく冬を過ごし、ハンフリーは本体(眼鏡)を曇らせ、静かに喜ぶことになった。
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