285. さよなら王太子
奇しくもギルギス王国元国王と第二王妃から巻き上げてしまった資産のおかげで、ドロシー王女をお迎えするための資金が得られたと思ったが、ダーモットはそれを受け取らなかった。
町の運営か、自分のために使いなさいと。
そして今日もダーモットはダンジョンに通っている。キングスライムのボス部屋を周回する理由がなくなると困るからだ。
それからダーモットはフィスフィア王国のダンジョンのことを、セドリック王に報告した。
王様は速攻で元ギルギス国王ガルフさんの処遇を決めて国から追い出すと、レイモットさんにエルロンドで冒険者ギルド本部を構えることを許可した。
残念ながら、アグネス王女の婚約は無かったことにはできないので、何かあった時はエルロンドから救援ができるよう体制を整える方向だ。
そして慌ただしい夏休みが終わり、新学期が始まった。
父ダーモットがドロシー王女を迎えることになったのは、既に周知されているので、同級生達からお祝いの言葉をいただく。耳の早いものは、一緒にマグダリーナの町長就任の祝いの言葉もくれた。
「ギルギス王国がなくなったって、本当かい?」
よく話しかけてくれる薄緑色の髪の同級生が、マグダリーナに聞いてくる。
彼は以前、ライアンがモテモテなのも教えてくれた。彼が積極的にマグダリーナの友人たろうとするのは、レベッカとお近づきにないりたい下心ありけり故だ。マグダリーナは理解しつつ、よく話すクラスメイトくらいの距離感を保っていた。
彼は夏休み中、ショウネシー伯爵の生配信を観ていたという。
「ええ、今新しい国の建国準備中よ」
「ショウネシー嬢が女王様になるの?」
「まさか! 私はリィンの町で手一杯だもの。女神様が代わりに私の魔法使いとその従魔を国の所有者にお選びになったわ。戦争の心配はないから、安心していいわ」
彼はあからさまに、ほっとした顔をした。
「ショウネシー嬢も、ライアン達と一緒に四つ手熊を倒していてびっくりしたよ。知略だけでなく、戦闘力も高かったんだ」
「あの配信、見てたのね……私は武器の性能のおかげよ。魔法武器をもらったの」
マグダリーナは、あくまで自身は弱く、お淑やかな姿勢を貫くことにする。だって、女子の友達が少ない上に、同級生にまでドン引かれたら、悲しい。
「じゃあ今年もショウネシー領は単独で、桃スラ団を結成するのかい?」
「いいえ、今年は新しい魔導具を使用するだけでなく、色々変わることもあるので、ショウネシー領のメンバーは学生会のお手伝いをする事になったの……」
エステラとヒラがススス王国を建国するにあたって、その代理王こと代王と家臣達の指導員を、宮廷から借りることになった。それと引き換えに学園の領地戦用の魔導具を造ることになったのだ。
なので今年も無事に領地戦が開催されることになってしまった。学生にとっては重要な就職活動の一環でもあるので、仕方ない。
更に前回、テントに忍び込む不埒者が現れたのだから、今回からは泊まりではなく、各々寮や自宅に帰る事になる。その間はマゴーが会場の見張りとして貸し出される。
そして新たに各団で救護班を設ける事になった。そこに回復魔法を伝授された神官達が、実践訓練を兼ね手伝いに入るのだ。
神官達の回復魔法の練度と人数を考慮して、今回ショウネシーのメンバーは重傷者用の特別救護班として参加する。マグダリーナとレベッカ、タマが回復役で、ヴェリタスとライアンはウイングボードで救護用品や水等を必要に応じて運ぶ役だった。
因みにススス王国の代王は、黒のハイドラゴン。エデンにつけてもらった名は「ヤラ」。姿変えの魔法を伝授してもらって、今は人の姿になって、ショウネシー領で人間の身体で行動することに慣れてもらっている。
ハイドラゴンは、神命を遂行するか、対となる神官に精石を渡さない限り肉体から解き放たれることはない。永世の身の代王が居れば、国は安泰だろうが、その分為政者として多くの知識を身につけてもらわないといけないのだ。
◇◇◇
王宮の一室で、エステラとエデン、そして黒のハイドラゴンのヤラがセドリック王とお茶を飲んでいた。
『妾の作法に問題はないか? セドリックよ』
艶やかな黒髪を流したヤラは、長い睫毛に縁取られた金の瞳を、セドリックに向けた。
「うむ、そこで菓子を頬張っておるゼラと、同じドラゴンとはとても思えぬ優雅さだな。しかし、その脚の露出は些か目のやり場に困る……うむ、わかっておるが、困る」
ヤラが着ているドレスは、正面から見たら膝上のミニ丈だ。背面に向けて流れるように裾が長くなる斬新なデザインである。厚地のガーターストッキングで覆われた脚線美を惜しげもなく見せつけていた。
『美しいものを見て、困ることはないであろう? ああ、セドリックは尻派であったな。そこまでは流石に見せてはいかぬといわれたのよ』
「ンっはははは! 当然だ」
『だが妾は番を得ることが叶わぬ身……せっかくの美尻も誰からも賞賛を得られぬとは、寂しいの……』
ここで口を挟むと、エデンに怒られるので、エステラは黙ってお膝の上のプラを撫でながら紅茶を口にした。
ニレルは便宜上ハイエルフとハイドラゴンのハーフと言ってはいるが、本来ハイドラゴンは繁殖されたら困るので、金、黒、白の三頭共オスなのだ。ヤラは美しいものが好きなので、華やかなおしゃれが出来る女性の骨格と肉付きで人の姿になったが、股間にはちゃんとオスの象徴が付いている。ミニのドレスを着せたのはエステラだけど。
「スススではとにかく、スライムとマンドラゴン国民主体で生活に必要なものを中心に生産、輸出していくつもり。女神様からダンジョンの作り方も伝授いただいたから、神殿兼小さなダンジョンも各地に数箇所設けたわ」
ススス王国はスライムとマンドラゴンのみ、魔獣でも国民として認めるが、国民でない野生のスライムと区別するために、魔獣国民は〈シグアグルム〉と呼称される。併せて人の国民は〈シグアルル〉だ。グルムは柔らかく曲線的なものを、ルルは人を表す古語からだ。
女神の塔ができる前のダンジョンに吸い込まれていったマンドラゴン達は、現在リィンの町で働いているマンドラゴン達より多い。余剰分をススス王国に召喚できる魔法も伝授してもらっていた。
エステラはちょっと落ちこんだ。
「でもまさか……こんなに人が逃げ出すなんて」
「それは、そうであろう。国王が真っ先に逃げたのだ」
その逃げた元国王は、居場所が辿れた元第三王妃の元に押し付けてある。流石に元第二王妃の方は、財を取り上げられてからは行方不明だ。
「残ったのは身寄りのない子供達と、元正妃と第一、第二王子……だけなのよ。だから、シグアルルはひとまず全員王都に集めたわ。それからシグア魔法商店兼ディオンヌ銀行ススス本店も建てたし、今の所、人が生活するのに困ることはないわ」
「左様か。では今から連れて行くがいい」
「え、今から?!」
セドリックの速断に、エステラの方が驚いた。
「即位前に、代王の補佐とはいえ、他国の政に深く関われる経験など、大金を積んでもそうあることではない。アレがゴネ出す前にささっと連れて行くのだ」
◇◇◇
「大量のスライムの気配がするー」
タマちゃんがそう騒ぐので、アンソニーやヴェリタス、レベッカを誘って、マグダリーナとライアンは現場に向かった。
学生会室からスライムがポロポロ溢れ出ている。
「セドリック王の許可は、あるなのっ! 大人しく連行されるなの」
「くっ、なんだこのスライム達は! 何故振り解けな……やめ……っ、脇をくすぐるなっ」
「ハラ……? 何やってるの?」
マグダリーナはふわりと浮いて、王の署名と印のついた書状を持っているハラと、大量のスライムに集られているエリック王太子を見た。
「エステラが領地戦を復活させた代わりに、エリックをヤラの補佐に貸し出されたの。五年契約なの」
「「五年?!!」」
マグダリーナとエリックが見事にハモった。
「みんな漏れなくエリックにくっ付いたなの? じゃあ行くなの」
エリック王太子が転移魔法の光に包まれる。
彼は咄嗟に手を伸ばした。己の腹心に向かって。
「マグ……」
マグダリーナの名を呼ぶ間も与えず、エリック王太子は姿を消した。
「五年……」
マグダリーナは呆然と呟いた。
つまり彼は向こう五年は、婚約などしない……? 確定ではないが、限りなく高い可能性だ。五年後にはマグダリーナも学園を卒業している。在学中に、王太子の婚約者を助けるという約束は破棄されたも同じ。
面倒ごとが無くなって、マグダリーナは内心ガッツポーズをした。
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