283. ファミリーネーム
マンドラゴンシェフのフルコース料理は、どれも素晴らしかった。
最後の焼き菓子の幸福の後に、マグダリーナは香り高い紅茶の幸福を、じっくりと味わう。
美食のうえに、蒸し焼きされたぷるっぷるの貝の中から、ピッカピカの真珠が出てくるわ、メインデザートの桃のムースケーキに飾られた飴細工の王冠には本物の宝石がキラッキラしていたし、さぞやシェフはやり切った顔をしていることだろう。
真珠はショウネシーの海の真珠だし、宝石はダンジョンの宝箱からでてきたものだ。
こういうのが夢だった……とエステラが格安でお店に卸しておいたものだったので、今回のお支払いに関しては、メニューを決めたニレルが、全部受け持ってくれた。エステラの機嫌取りとはいえ、マグダリーナ達は深く感謝した。
皆が素晴らしい美食の余韻に浸るなか、ガルフ元国王は、ティーカップをソーサーに置くと、頭を抱えて俯いた。
「ダメだ……このような食事をするリーン王国と我が国では、戦争などしようものなら、兵站でまず負けている……」
「……あわよくばって、思ってたぁ?」
ヒラがこてんと、スライムボディーを横に折り曲げ、無垢な瞳でガルフ元国王を覗き込んだ。
もちろん、このような食事は普段はしない。それは、黙っておく。
「……思っておった。だからゼハトが国を出るのも見逃した。そんな私が、なぜ其方らの業務委託に応じることができようか」
「……どうしてもダメぇ?」
ヒラは反対側にこてんと折り曲がった。
「……許してくれ……」
「じゃあしょうがないねぇ。ガルはぁこの後どこで暮らすのぉ?」
「…………」
ガルフ元国王は、崩れスライムの入った籠を見て、アルバート王弟殿下を見た。
「……私を、セドリック王へ突き出して貰えまいか。後は彼の差配に任そう。この者達と共に」
「それは……、本当に宜しいのですか? その、業務委託をお受けになった方が……」
ガルフ元国王は首を横に振った。
「ダンジョンは我が国を苦しめもしたが、利益も与えてくれた……それが無くなったのなら、ダンジョンと共にあった古き国の王などより、新しい国と共に新しい為政者が立つべきだろう」
「そうですか……」
ドロシー王女とマグダリーナは顔を見合わせた。おそらく同じことを思っているに違いない。
それらしいことを言ってはいるが、業務委託を受けないのは、ガルフ元国王なりの最後の抵抗であり、エステラ達が困ること期待した嫌がらせなのだろうと。
「じゃあ、はじめの計画でぇ!」
エステラは頷くと、女神の塔でもらった書類を取り出す。国の所有者欄に、ヒラと連名で署名した。
書類はふわりと浮いて淡く輝きだすと、ヒラとエステラの間に戻った。
「これでぇ、あのお国はヒラとタラのものな……、!!」
ご機嫌だったヒラが、突然書類を見つめて、ぷるっとした。
「お……お名前がぁ、ヒラとタラのお名前が長くなってるのぉ! そしてお揃いだよぉ!!」
エステラも予想してなかったのだろう。きょとんとして「姓を授かったのかしら? まさか、ススス……?」と呟いて、女神様の書類を確認する。
「えーと、エステラ・イルナム・シグアディンギル。ヒラ・スラルイル・シグアディンギル? 随分と豪華な名前になっちゃったわね。このシグアディンギルが姓ね」
「姓……!! 家族でぇ一緒のお名前だよねぇ! ヒラ嬉しいぃ」
ヒラはぴとっとエステラにくっ付いた。
エステラが撫でていると、他の従魔達も自己鑑定しはじめる。
『モモもモモ・シグアディンギルになってるわ!』
『我もササミ・シグアディンギルになっておる』
『ぷ! プラも、プラ・シグアディンギルだよ!』
「プラちゃんが喋った!!!」
エステラはプラを抱き上げ、ぎゅっぎゅっと抱きしめる。
『ぷぅー、プラもエステラ大好き!』
エステラの従魔達がきゃっきゃと喜んでいるなか、シンとタマも自己鑑定をし、ふっとため息を付いて、己の主人をじっと見た。
「ごめんなさい。うちは平凡な一般貴族家庭だから、ああいう特別なことは起こらないの」
平凡な一般貴族ってなんだと思いながらも、マグダリーナはタマちゃんに説明する。
「ちょっと残念だけど、仕方ないのー」
それからタマはチラリとニレルを見た。
「……僕はただのニレルのままだよ。今はね。だけど、必ず婿入りする」
「そうなのー? タマのカンにはまだ何も引っかからないのー」
「精進するよ」
「シグアディンギル……光輝く神……創世の女神の加護をそのまま表しているのかな? 」
ダーモットはニレルを見た。
「多分そうだね。ディンギルは神だけでなく、神聖なものを表すし、精霊のこととも取れるし、また、美しい魂を持つ生命全てを表すこともできる。創世時代寄りの古い言葉は、一つの単語に色んな意味を持ってるからね。因みにエステラのイルナムは創世の女神や女神の奇跡を行う者を表す古い言葉だ。ナムは魔法や錬金術、奇跡を表すと共に、海や深淵などの意味も持っている。まあ、今の時代に合わせたら、偉大な魔法使いって感じかな」
ダーモットとニレルの会話に、アンソニーが目を輝かせた。
「ヒラのスラルイルはどんな意味なんですか?」
「スは滑らかさや柔らかさ、ラルは心地よさ、イルも神聖の意味を持つ……ヒラの場合は神獣という意味でとらえれば良いんじゃないかな」
ぷりんと、ヒラはスライムボディーを誇示する。キラリとイケスラパウダーが弾けた。
「シグア……シグもアも光の意味を持ってるわね。アは他にも生命や水なんかの意味も持ってるけど。語感がよくて広義があるのは良いわ。これに愛すると慈しみの意味のキ-アグをくっつけて、シグアキアグ……せっかくだから、スススでは女神様の別称として〈シグアキアグ〉を積極的に使う? 聖エルフェーラ教も女神って云うから、紛らわしいなって思ってたのよね」
エステラは手帳に万年筆で書き込んでいく。
「いっそ『女神教』って名称も変更して欲しい……」
マグダリーナは本音をポロリした。当時十歳の少女のつけた便宜上の仮称を、そのまま採用して欲しくなかった。
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