282. 会食
「オーズリー公爵が、マゴーを?」
何のために……は思いつく理由はいくつもある。ちょっと王都の公爵邸に行くためかもしれないし、公爵もダンジョン配信する気なのかもしれないし、色々ある。
別に良いのだけど。私の秘書のはずなのに、私に黙って、自ら貸し出されていくマゴー。ちょっとびっくりした。
マグダリーナは一旦、レンタルされたマゴーのことは忘れることにした。
そして、とりあえずこの女神の塔から出ようかということろで、第三秘書マゴーから「ヴィオラ・オーズリー公爵がお客様とこちらでお待ちです」と町の情報冊子を差し出された。
「お客様?」
何だろう。このタイミングだと、あまり良い予感はしない。
ひとまず辺境伯騎士団の皆さんとは別れ、第二秘書マゴーに彼らを宿屋まで案内するよう頼んだ。宿代はマグダリーナの身銭を切る。といっても、ダンジョンの宝箱で得た金貨なので、腹は痛まない。
公爵が待ってるという場所は、リィンの町で一番高級な温泉付き宿泊施設の『マンドラゴンの緑葉亭』。その一、二階を使った 高級レストラン兼カフェ『星惹苑』だった。
仕方なく、王族三人だけでなく、五匹の崩れたスライムの入った籠をもった、冒険者ギルド本部長レイモットをも連れて、星惹苑に入る。
「リーナ!」
丁度エステラが従魔達と帰ってきて、合流した。ふと違和感を感じて、マグダリーナは聞いた。
「ゼラとハラは一緒じゃないの?」
「ゼラとハラには、まだ調査して貰うことがあるから……。それで、リーナ。ギルギス王国を私とヒラに下さい」
「はい、どうぞ」
マグダリーナは躊躇わずに、女神の書類をエステラに渡した。
エステラが、少しほっとした表情をした。
「何かあったのね。考える時間が必要なら、公爵にお呼ばれしたので、一緒にここで一息つきましょう」
マグダリーナの誘いに、エステラは頷いた。
マグダリーナ達は、上品な店内奥の扉に案内された。そこは少し広い個室になっていて、この大人数でも会食できるようになっている。内装も食事の邪魔にならない程度の華美さで、いい雰囲気だ。テーブルの中央には、白い磁器の花器に、瑠璃色の露草が小さな海のように活けられている。
「いらっしゃい。待ってたわよ」
すでに腰掛けているヴィオラ・オーズリー公爵は、楽しげにマグダリーナ達に声をかけた。その隣に、項垂れるように座っている男性と従者をみて、アルバート王弟殿下が驚いた。
「ギルギス国王、ガルフ殿……?!」
あっははは、と公爵が高らかに笑う。
「もう国王ではなくなったわよね!」
「あの……」
マグダリーナがなんと声をかけて良いか迷うなか、冒険者ギルド本部長のレイモットがスライムの籠をテーブルに置くと、床に手をついて頭を下げた。
「申し訳ございません! このような事態を招いてしまい……」
「其方は何故、ここまで付いて来ておりながら、ゼハトを殺さなかった。それさえできれば、このような最悪な事態まで至らなかっただろうに……」
ガルフ王の低い声に、レイモットではなく、籠の中のスライムの一体が震え出した。
実の父に死ねと言われたも同然。その心情を察すると胸は痛むが、そもそもそれだけ考えの至らぬ行動を取ったのだ……。
「最悪じゃないわよ」
エステラが、ガルフ王を見つめて言った。
「少なくとも戦争は回避できたもの」
「其方が、ショウネシー領に暮らすというハイエルフか?」
「ショウネシーの魔法使いよ」
エステラは崩れたスライムの入った籠にもう一つ籠を逆さまに重ねて蓋をすると、ガルフ王の従者に渡した。
「さくさくっと行きましょう。ガルフさん、貴方と貴方の第二夫人の所有物は全て
マグダリーナ・ショウネシーの物になったわ。その内ギルギス王国の国土は私と私の従魔が貰い受けました」
「其方が玉座につくというのか、小娘が」
ガルフは、ギロリとエステラを睨め付けた。そうやってると、お顔がよくわからなかったゼハト元王子と、確かに親子だなと思えた。
マンドラゴンの給仕が、一口サイズの小さなグラスと小鉢のお通しを運んでくる。
さらりとニレルが「シェフの気まぐれコース」を全員分頼み、ゼラとハラのために持ち帰り用の料理を頼む。
ニレルとモモに促されて、皆席についた。ナードとヴヴがお通しを見て涎を垂らしていたから。
「そうね、でも私、表立って目立ちたくないの。取り急ぎギルギス王国でやらなきゃいけないことは、あの数多いダンジョンの殲滅だから、仲間が早速取り掛かってるけど。あ、遠慮せずに、皆んな先に食べてて!」
「なんだと?! ダンジョンを……!?」
フルコースのメニュー表が配られる。ガルフ元国王は、美しい紙に印刷されたそれが目に入り、その贅沢さに目を奪われた。こんなことに、貴重な紙を使うとは……。
「これからこの料理が順番に運ばれてきますよって案内よ」
フルコースのメニュー表を広げ、マグダリーナはレベッカ達に説明する。
この世界では、コース料理は珍しい、というか無い。まあまず、殆どの貴族が野菜を食べないからね……。
「運ばれてきた順に、お食事すれば良いんですの?」
マグダリーナはレベッカに頷いた。
マンドラゴン達が、虹色の光の帯をたなびかせて、飛行しながら食器類を並べていく。
「そう。だからガルフさん、私達に雇われる気はない?」
「は……?」
エステラも席に着いて、お通しと一緒に添えられた飲み物に口をつけた。
「食事しながら、ゆっくり考えて」
「私に何をしろと?」
前菜が運ばれてきた。色とりどりの野菜料理が、とにかく美味しい。
蟹の身と蟹味噌のソースがかかった、旬の野菜と蟹のゼリー寄せを食べて、マグダリーナはカッと目を見張った。そして、思わず頬が弛む。噛み締めるほど野菜と蟹の身の透明な旨味と甘味が溢れて、それを蟹味噌の塩味とコクがキュッと引き締める。勿体無いので、ゆっくり味わうことにした。難しい話は今はもう、エステラ任せでいいだろう。
ガルフに答えたのは、ガルフとエステラの間に座ったヒラだ。
「政治なのぉ。ギルギス王国はぁ、ススス王国になってぇ、世界初のぉ、スライムのお国になるのぉ! 人も共存していいのぉ」
「……スライムの国?!」
ガルフはポカンとヒラを見た。そして王族やマグダリーナ達も。ニレルとダーモットだけが涼しい顔をして、公爵はケラケラ笑いだした。
「一番偉いのはぁ、ヒラとタラだけどぉ、お住まいはショウネシーだからねぇ。統治は業務委託することにぃしたのです! スライム側の代行者はぁ、今ハラが選別鬼教育してるのでぇ、人側の代行者の任は、ガルを雇いたいかなって。ご飯の間に考えておいてぇ」
ほっこり笑うヒラに、ガルフは言葉につまり、そのまま目の前の食事に集中することにした。
◇◇◇
そのころのギルギス国内では、配信を見ていた者たちが、各冒険者ギルドや王城に集まり、混乱状態にあった。冒険者が多いだけあって、国民的に血の気の多い気質がある。すでに武器を手にして、リーン王国に向けて戦支度をするものもいた。
「……伝授したなの」
『うむー。やっぱりこういう細かいことは、ハイエルフの領域じゃよ。だが、ま、わしも嬢ちゃんの従魔じゃし? このくらいのことはできんとな』
「なの! 任せたなの」
背中に乗せていたハラが、転移魔法で移動すると、ゼラは元のハイドラゴンの姿に戻った。
『我、神命を持つ白のハイドラゴン。名はゼラ。創世の女神の名において、奇跡を求めん。我が名を与えし主の願いを叶えたまえ!』
ゼラの身体から、白銀と虹の光が放たれる。それはギルギス王国全土に満ち、その地から聖エルフェーラ教国関係者を排除し、教会とダンジョン、ダンジョン武器をを悉く消滅させた――
奇跡を目の当たりにした、ギルギス国民達は、畏れて逃げ出すもの、ただただ呆然と成り行きを見守るものとでわかれた。
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