280. 二十階の師匠は踊る
十九階のホールまでスキップし、二十階へ登る準備をする。マグダリーナは、ようやくお手洗いへと向かう。
ここからは公平な配信を心掛け、上空から全体を見渡せる飛行型撮影機を使う。
また審判も公平性の為に、マゴーだけでなく、冒険者ギルド本部長のレイモットにも立ち会って貰うことにした。
王族や辺境伯騎士団の騎士達は、エステラと一緒に三階ホールで配信を見守ってくれている。
マグダリーナがお手洗いから戻ると、ニレルが丁度、冒険者達に迷宮武器を含む、武器や防具を返してるところだった。
「約束のものだよ」
「ああ、でもよぉ」
拳銃を受け取った男はニヤリと笑った。
「ちゃんと使えるか確認が必要だろが!」
発砲音がした瞬間、ニレルが仰向けに吹き飛……ばなかった。
彼は後方宙返りで綺麗に着地すると、胸の前で握っていた手の平を開く。
傷一つ無いそこから、弾丸が床に転がった。
それはニレルの靴底で、儚い音を立てて粉々になる。
辺りが静寂に包まれた。
それを破ったのは、なんとも暢気なダーモットの声だった。
「今のは全て防御魔法の応用かい?」
「そうだね」
「……なるほど。ちょっと私にも撃ってもらえるかな?」
平然としているニレルと、両手を広げて微笑むダーモットに、冒険者の男は震えながら後ずさった。
「馬鹿野郎……っ、弾が勿体ないだろがっ。おい、先にダンジョンに入るぞ」
嫌な予感を感じ始めた、冒険者パーティ達は、慌てて二十階への階段を駆け上る。ゼハト王子も後に続いた。
高さも広さもある、入り口の大きな扉は、ほんの少しの力で簡単に開いた。
森林型のフィールドだが、少しも隠れず、魔物の彼らは四つの腕を広げて闊歩している。
「四つ手熊……っ!!」
ゼハト王子と冒険者達が、中の魔物をみて呆然としている間、彼らの上空を何かが通り過ぎた。
ライアンだ。
ウィングボードに乗って、使い慣れた弓矢に魔法を乗せて、熊師匠の足留めをすると、剣で正確に心臓を突いていく。
続けてアンソニーも。
上空からシンと一緒に魔法を放ち、師匠の足元を固めると、剣で二箇所の心臓を仕留めていく。
レベッカにマグダリーナ、ダーモットと、続けてウィングボードで飛行しながら中に入る。最後にニレルがゆっくりと、王子と冒険者を追い立てるように階段を上がってきた。その手にある抜き身の刃が、鋭利な輝きを放つ。
「うわぁぁぁぁああぁ!!!!」
ゼハト王子と四人の冒険者は、競うように二十階層のなかに、まろびでた。
◇◇◇
「いやもう、予想はしてたけど圧勝だなこれ」
三階ホールで、辺境伯騎士団の騎士が呟いた。
「まあ、あの子達、うちの領地で師匠討伐してたくらいだもんな……」
他の魔物ならいざ知らず、四つ手熊に関してショウネシー家は圧倒的に、討伐経験が豊富だった。
「あの時まだまだ小さかったよなぁ。エステラちゃんは、あんまり変わってないな」
「ええ〜、耳も身長も伸びたもん!」
エステラはマグダリーナ達が学園に行っている間に、辺境伯領にも遊びに行ったりしてたので、騎士達とも顔見知りだった。
「私の義理の子供達、皆んな強くて可愛いわ……」
うっとりとするドロシー王女に、バーナードは正直な気持ちを打ち明けた。
「姉上がライアン達の義母になるなんて、変な気持ちです。一般的に想像する親子像とかけ離れすぎて……マグダリーナやレベッカと並ぶと姉妹にしか見えないでしょう?」
「あら、そういうところも楽しいものよ」
それは姉上だけでは……? などど、少し賢くなったバーナードは、口に出さなかったのだった。
◇◇◇
悔しいが、ルシンがくれた魔鞭は扱い易く、マグダリーナはさくさく熊師匠を討伐できてしまった。
長さがある程度自在に伸びるだけでなく、先端を槍のように刺すこともできる。
遠距離攻撃万歳である。
攻撃魔法を使えないタマも、頑張ってエステラから貰ったスリングで、ぺちぺち熊師匠に攻撃して経験値を稼いでいる。
ふいに、真紅の光の柱が上がった。
どうやらシンがハイスライムに進化したようだ。
アンソニーの隣で、ふわふわ飛行しながら、風魔法を繰り出している。
マグダリーナのマントのポケットで、タマはショックに震えた。
「タマは、飛べない!!!!」
「落ち着いて。スライムそれぞれだから、タマは飛べなくても良いわよ」
「本当に? リーナ、タマ嫌いにならない?」
「ならないわ! でも丈夫にはなって! お別れしたくないから」
タマは強く頷いて、またていていっと、スリングで魔魚の鱗を飛ばして、経験値稼ぎを始めた。
「クソッ、弾切れだ」
拳銃を使っていた冒険者が、剣を抜いた。
何発撃ち込んでも、四つ手熊は倒れない。首を切ってもまだ動く、厄介な魔獣……いや、ダンジョン内では魔物なのに、どうしてショウネシー家は女子供まで一人で何体も倒せるのか……。
「なんでDランクごときが楽々倒してる魔物に、俺達が手こずっている?!」
ゼハト王子は傷だらけになりながら、叫んだ。
「四つ手熊は普通、Sランクパーティが討伐する獲物だからですよ! おい、準備はできたのか?!」
パーティリーダーの男が、もう一つの迷宮武器を持つ男に確認する。
「ああ! 準備できたぜ。こいつが有れば、一気にこいつら消し炭だ!!」
もう一つの迷宮武器……大きな筒状の、火炎放射器を起動した。
それはまさに、辺り一面火の海にする威力だった。
幸いダンジョン内は広く、距離をとっていたので、マグダリーナ達が巻き込まれることはなかった。
炎の中から、真紅の光の柱がいくつも立ち上る。
カエンアシュラベアのお出ましだ――
『二十階で、どうにもならない危機に陥った時に唱えて……』
赤い毛皮を身に纏った、つよつよこわこわのカエン師匠達は、ゼハト王子達の周りに集まる。
あれでは流石に殺されてしまう……それにあそこには、冒険者ギルド本部長も近くにいるのだ。
マグダリーナは咄嗟に唱えた。十九階へ向かう直前に、エステラから教わった、謎の呪文を――
「音楽ぅぅ、スタートぉぉぉ!!!!」
どこからともなく、軽快な音楽が流れ始める。
するとどうだろう。師匠達は横列に並びだし、隣同士熊同士、四つの腕をがっつり組んで、腰をふりふり踊り出した。
「なにこれぇぇ!!!!」
思考が吹っ飛び、思わず叫んだ隙に、熊師匠もカエン師匠も組んだ腕をあげてさげてウェーブまで始めた。
マグダリーナはウィングボードにしゃがみ込んで、ニレルを探した。
ニレルは熊が列になって踊ってる隙に、魔法で一気に討伐してしまう……。
「なんだ……今のは……」
ゼハト王子と冒険者達は、流石に腰を抜かして、地面にへたりこんでいる。
「君たちが余計なことをしなければ、見なくて済んだものだよ――」
ニレルは、マグダリーナ達が二十階に挑戦するときの為に、エステラが仕込んでおいた可愛らしい悪戯が、全世界に配信されてしまったことを憂いた。
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