28. 学園入学の準備
予想通りの、寒さの厳しい冬が来た。
しかし畑には雪が積もっているが、領内の道路はどんなに吹雪いても積雪がないどころか寒さに凍りもせず、いつでも乾いていた。
建物の周りは十センチくらいの積雪にしかならないよう調整されているらしいが、そういう魔法は地面の方にかかっているようで、屋根雪はすぐに溶ける様になっている。
それでも寒さで屋根の端からは氷柱が下がっていた。
領民も雪が積もる前に、マハラやカルバンの紹介で、貴族の使用人を辞めて一からショウネシー領でやり直そうとするもの、同じく主人に目をつけられて逃げるようにやってきたメイド、そして一旦はバンクロフト領に移動したものの、戻ってきた農民夫婦など、少しずつ増えてきた。
読み書き計算の出来る男性は、積極的に門番として採用しているが、女性の働き口は、今の所、役所仕事一択だ。
こちらはマグダリーナの提案で、読み書き計算を教える研修からはじめている。
予想外だったのは、彼女らの先生たるハイエルフのデボラが、エステラの魔法の伝授のように、それらを伝授してしまったことだ。
彼女達は深く感謝し、頼もしい即戦力となった。
空気の冷たささえ対策すれば、暖房の効いたマゴー車も走っているので、ディオンヌ商会のアーケードは、冬に仕事の出来ない農民達でいつもより賑わっていた。
図書館の教室で、デボラから字や算数を学ぶもの、アーケードをなん往復も歩いて体力を落ちない様にするもの、図書館横の広場の屋台で買ったショウガ入りの暖かい甘酒を飲みながら一息つくものなどだ。
図書館の他の教室では、シャロンの使用人が週に一回、身だしなみの整え方や、家計についての講座も開いていた。
こちらは主に女性参加者や独身男性が多い。
アーケード内は基本走るのは禁止なので、走りたいものは冒険者ギルド内の運動場へ行く。
あそこはぶっちゃけるとトレーニングジムになっていた。
前世日本にあったようなトレーニングマシーンが置いてある。
誰が作ったか? エステラに決まってる。
ヴェリタスとアンソニーは、仲良く常連と化していた。ヴェリタス専用のマゴーが、アンソニーと二人分、子供の身体に丁度良いトレーニングメニューを考えてくれている。
シャワールームはないが、施設を出る時に、ととのえる魔法でさっぱり清潔な状態になるようになっている。
シャロンの伝手で、ショウネシー領の冒険者ギルドで買い取った素材は、全て宮廷魔法師団へ卸すことになったので、領地の財政は当初の予定より豊かになった。
冬はどこも魔獣が多くなり、コッコの卵を狙って、あのお高い蛇が頻繁にやってくるからだ。
そしてシャロンが買取った、王都の元ショウネシー子爵邸は、一部をショウネシー領の王都拠点として借り受けた。
宮廷魔法師団とはそこで素材の売買を行う。元執事のカルバンが対応を請け負ってくれた。
その日マグダリーナはエステラと共に、シャロンの小さなお茶会に呼ばれていた。
所作のチェックの為である。
普段マーシャやメルシャから習っている事を、シャロンの前で披露して最終チェックしてもらう。
エステラはディオンヌ商会の仕事はエデンに任せて大丈夫だと判断してからは、マグダリーナの淑女教育に付き合ってくれていた。
毎回男子役をさせてしまうけど、一緒に踊るダンスの時間が一番好きだった。
「二人とも合格です。リーナは春になったら他家のお茶会に参加してみましょう。私が良いところを選んでおきます」
「ありがとうございます、伯母様」
こういったことはダーモットは苦手なので、シャロンがいてくれて助かった。
「ルタは学園では寮に入っていたんですよね? そのまま寮に戻るのですか?」
ルタことヴェリタスは、マグダリーナの一つ上で、今は学園が冬休みでショウネシー領にいた。
ショウネシー家の子供達やエステラとは、すっかり愛称で呼び合うほど親しくなった。
離縁したとはいえ、ヴェリタスはオーブリー侯爵家の正統な血筋だ。しかも彼の髪の色や瞳の色は、オーブリー侯爵家の血筋の特徴である綺麗な青色だった。
庶子を後継にしたいオーブリー侯爵にとっては、血筋の正当さを体現したヴェリタスの存在は邪魔のようだった。
シャロンの側を離れ学園にいる隙に、オーブリー侯爵家が命を狙ってくる可能性がある。
「いいえ、王都の拠点を中継にしてコッコと一緒にマゴーの転移で直接ここから通わせるわ」
コッコは冬前に、いつのまにか数が倍に増えていた。
テイムしたコッコが雛を産んだり、女神の森から迷い込んできたりだ。
迷子は自然とショウネシー家の群と馴染んで一緒になっていた。そのうちの一体は、エステラの指導でヴェリタスがテイムした。
(コッコ通学って流石に目立ちすぎかなと思うんだけど、ルタはそういうこと言ってる場合じゃないか……)
「だからリーナとトニーも同じようにコッコで通う準備をしておいてね」
「はい?」
「だってあなた達を人質にって考えるかも知れないでしょう?」
「確かに」
エステラも頷いた。
つまり春が来たらマグダリーナもヴェリタスと一緒にコッコ通学になってしまう……
マグダリーナはシャロンに聞き返した。
「いっそ学園まで転移したら、いけませんか?」
「転移魔法はそれ自体が貴重で高度な魔法よ。宮廷魔法師団で会得している者もいないわ。簡単にできる方法を持ってるとわかれば、誰にどんな風に狙われるかわからないし、学園でも利用しようとする者がでてよ?」
「こんなに日常的に見慣れてるのに!」
「ショウネシー領の中だけですけどね」
シャロンは窓の外を眺めた。マグダリーナ達も自然と外へ視線が行く。
ちらほらと降り始めた雪と共に、虹色の光の玉がふわふわ飛び交っている。
初めてエステラに会った時に、彼女の周囲でみた光だ。
最近ではショウネシー領でも、ふわふわしているのを見かける。
「あの光は文献で見た、小精霊かしら? 本当に不思議なところだわ。ここは」
降る雪と共に舞う小精霊たち。とても静かで美しい光景だった。
ほっこりしていたところで、シャロンはさらなる爆弾発言を落としてきた。
「リーナ、王立学園に入ったら、まず飛び級を狙いなさい」
「はい?」
「あなたと同じ来年に、オーブリーの庶子兄妹と第二王子が入学するのよ。面倒でしょう? それにヴェリタスと同じ学年になって、一緒に行動してくれてたほうが、なにかと安心だわ」
(それはたしかに、面倒そうだわ)
マグダリーナは飛び級の提案を受け入れることにした。
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