272. ハイエルフとドワーフのドレス
ニレルはお茶の用意をハラとヒラにお願いすると、寝起き姿のままのマグダリーナに軽く手をかざす。
ふわりとマグダリーナの身体が光ったかと思うと、寝衣から美しいドレス姿に変化した。合わせて髪も綺麗に整えられている。
幾重にも襞の入った柔らかい薄絹に、刺繍の入った若緑のドレスを重ねた。ハイエルフ風のドレスだ。
「ショウネシー邸には、リーナが既にこっちに来てることも連絡しておいたよ。何があったかは知らないが、どうせルシンが原因なんだろう。安心していい」
「ありがとう、それに寝衣のままだったから、服は本当に助かるわ。エステラの服? とっても素敵だわ。エステラが着てるところも見たかった」
マグダリーナは目を輝かせた。
この国の貴族の布と糸使ってなんぼな贅を凝らしたドレスは、可愛いけれどもスカート部分が物理的に重すぎる。マグダリーナはそこまで贅沢なドレスは着ていないけれど、たまに着る舞踏会用のドレスは地味にキツい。
ニレルが貸してくれたエステラのドレスは、見た目も綺麗で身体に負担もないのが素晴らしい。
だがニレルは、寂しげに目を伏せた。
「僕もエステラに着てほしくて作ったんだけど、一度袖を通して貰ったら、思ったより顔うつりが良くなかったんだ。服作りは難しいね。よかったら貰ってほしい。リーナにはよく似合ってるし、エステラもきっと喜ぶ」
エステラなら何着ても似合いそうだけど、前世でもパーソナルカラーとかあったし、こういうのは実際当ててみたり試着しないと分からないことも確かにある。
「そっか、そういう事ならありがたくいただくわ。ニレル、ありがとう」
スライム達がすすすと、姿見を出してきてマグダリーナの姿を映してくれる。その時、思い出した。あの夢の未来では、エステラはいつもの質素な服装だった。未来を変えるには、普段から可愛い服を着てもらうようにするのは、有りではないのか……!?
「それで? リーナに必要なのは、僕だったのかい? エステラだったのかい?」
二レルはルシンに尋ねた。
「二レルだ。精霊と妖精との二重契約をしたんで、祭壇の作り方を教えて欲しい」
「精霊と妖精の……? 契約内容を聞いても?」
二レルも驚いてマグダリーナを見た。
「えーと、精霊にお願いしたことは、話してはいけない約束なの。でも対価については話す許可を貰ってるわ。今日から新年までの間に、寝台の横に祭壇を作って、乳製品を使ったお菓子を用意するのよ……。美味しいお菓子じゃないといけないし、三日同じものが続いてもダメなの。そしたら今度は妖精達が拗ねちゃって、同じ期間、妖精にもお菓子を用意する羽目になってしまったの」
ニレルはマグダリーナをじっと見て「なるほど」と頷いた。
「そういうことなら、祭壇は二つ必要だ。精霊用と妖精用。じゃないと、妖精は精霊の分まで食べてしまって、リーナの願いは叶わなくなるよ」
「…………」
妖精のいたずら、本当にギフトに分類されるの納得いかない……。
マグダリーナは、遠い目をした。
「契約した精霊は眠り妖精精霊で、妖精の方は水属性の妖精達だね」
「……わかるの!?」
二レルは魔法収納から紙と万年筆を取り出し、サラサラと図を描き出した。
「寝台の横に祭壇を置くなら、眠りに関係するものだ……ちょうど眠り妖精をテイムしているオーズリー公爵家のもの達が、ショウネシーに来ているんだろう? だったら眠り妖精精霊の可能性が高いと思っただけだよ。それに普通の精霊は契約に期間をきったりしないんだ。君たちが喚んだ、金の神殿の中位精霊を思い出してごらん。あの子は今もしっかりと、スラゴー達と一緒にあそこを守護してくれてるしね」
(そういうものなのか……)
二レルは、描き終えた図面をマグダリーナに渡した。
「この図面通りに、ドワーフ達に作ってもらうんだ。材料はリーナの収納に入れよう。彼らなら、半日あれば出来上がるはずだ」
「……たった半日で?!」
「数人で手分けして作業するはずだからね。そして出来上がったら、僕のところに持ってきて。最後に魔法を付与するから。僕達は今日は、ダンジョンに入らずにここでのんびり休む予定だから、何時になっても構わないよ」
二レルと手を合わせ、受け取った材料が、ちらほら名前を聞く高級素材ばかりだったことに、マグダリーナは驚いた。
マグダリーナが何か言う前に、二レルは微笑んだ。
「気にせず受け取って。眠り妖精精霊との契約なら、善からぬ運命を回避するためのものだろう。それが誰に対してでも、君やショウネシーに関わることは、エステラにとって重要なことになる。僕は少しでも、エステラの不安を取り除きたい」
◇◇◇
その後のマグダリーナは、大忙しだった。
そのままニレルと朝食をとったあと、ルシンはすっと帰ってしまった。マグダリーナとタマを置いて。
慌てて秘書マゴー達を呼び出してニレルから貰った図面と素材を持って、ドワーフの長を尋ねる。タマは空気を読んで、エアと一緒にマグダリーナの頭の上でずっと大人しくしていた。
「急で悪いんだけど、夜までにこの図面通りの物を作ってほしいの。材料はあるわ」
ドワーフの長は、マグダリーナから図面を受け取って、目を輝かせた。
「これは……祭壇ですかな。なるほど、魔法使いの国とも呼ばれるこの国だと、このようなものも造れる機会があるのですな! 早速腕の良い職人を集めて取り掛かります」
「助かるわ」
それからマグダリーナは少し思案した。
「制作の対価はどのくらいかしら?」
「はっはっは。町長様からそんなものはいただけませんよ」
「それはダメよ。私はただでさえ、ハイエルフ達の技術に甘やかされているの。素晴らしい技術にはそれなりの対価が必要よ。それがわからない人間にはなりたくないの」
マグダリーナの誠実さに、ドワーフの長は優しい微笑みを浮かべて頷いた。
「でしたらこの町で、我々ドワーフ族の祭りを行うことを許していただきたい」
「祭り?」
「竜火の祝祭と言いまして、我々は一年の終わりの一週間前に、その年の厄祓いとして、親しい人に善き想いを込めた贈り物をしたり、ドラゴンの火を囲んで宴会を行うのです」
年末の一週間前といえば、十二月二十五日のクリスマスではないか! マグダリーナも気分が上がる。
「素敵だわ。でもショウネシーの冬は雪が降るの。宴会場に出来る建物を、マンドラゴン達に見繕ってもらうわね。それから、ドラゴンの火を灯す場所も」
「なんとありがたい!!」
側で話を聞いていたドワーフ達が、腕を振り上げて喜んでいた。
話が終わると、マグダリーナはドワーフの女性にズラリと囲まれ、その中の誰かの家に通されると、あれよあれとニレルから貰ったドレスを脱がされ、代わりにドワーフ製の珍しい柄織のドレスを着せられてしまった。
「町長様! この素晴らしい糸と布地は何で出来ているのですか?!」
「えーと、絹です。エステラの精霊獣が吐き出す糸を使って加工しているものです。ディオンヌ商会で取り扱っているので、領都の雑貨屋に行けば、沢山見本が置いてありますよ」
「こちらの薄い布地には、どうして縫代がないのですか?」
「……それは……、それを仕立てたのは魔法使いなので、私にはよくわからないわ……」
マグダリーナは矢継ぎ早に質問を受けるが、最終的には「魔法使いが作ったものだから」に返答が集約されてしまった。
騒ぎに気づいたドワーフ長の娘さんが、女性達を宥めてくれて、お詫びにとニレルのドレスの代わりに着せられたドレスをいただいてしまった。
ドワーフの作るドレスは特級品だが、今回のドレスは社交に来ていくものではなく、普段着用でちょっと控え目だ。それでも贅沢なものであるのには変わらない。
奇しくも、妖精達のおかげで、高級なドレスを二着も手にしてしまったマグダリーナであった。
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