270. 眠り妖精精霊
『わあ大変だぁ! どっちの糸を使う?』
めっ めぇーめ!
『そんな難しいこと言われてもー』
『こっちの糸はどう? オーズリーとオーブリーは元々同じ系統の血筋でしょう?』
めっ! めっ!
『ヤーンは注文が多いなー』
目の前の光景を見て、随分とメルヘンな夢だなぁとマグダリーナは思った。
丸みのある五つ角の星の灯りが無数に垂れ下がる、夜の景色。ふわふわの薄紫の雲が浮かんでいる。
眠り妖精の魔獣、ヴィオラ・オーブリー公爵の従魔セワスヤンを、小さな光る毛玉達が取り囲んで、セワスヤンのモコモコ毛から糸を紡いでいる。
確か「夢神託」とスキル名が判明した、いつもの夢かなと思うのだけど、いつもと様子が違う。
呆然としていると、毛玉と目が合った……いや、毛玉に目はついて無いけど、そんな気がした。
『人の子だ……!!』
『人の子が眠り妖精の夢を覗いてるぞ!!』
毛玉達がざわめき出した。
『美味しいそうな子だ』
『ちょっと食べちゃえ』
毛玉がくいくいと何かを引っ張るような動きをすると、するするとマグダリーナの髪が一本一本伸びて毛玉達に絡め取られる。
(ちょっ……なにこれ?! 食べるって言わなかった?! 食べるって??)
光る毛玉達は小さな糸巻きに、マグダリーナの髪をクルクル巻き取っていく。
「やめてちょうだい!!」
マグダリーナが糸巻きに繋がる髪に触れると、一瞬、悍ましい映像が見えた。
マグダリーナがエステラを狙う教国人に捕まって、マグダリーナを助ける代わりに、エステラが……。
エステラが……!!
「いやぁぁぁぁ!!!!!」
瞬間、映像の中のマグダリーナに、今のマグダリーナの意識が重なる。
温かい血が飛び散り、マグダリーナの顔にかかる。エステラの血だ。切り捨てられたその白い腕には教国の敵が連れてきた狼達が、群がっている。
エステラの従魔達は、エステラの命令で、マグダリーナを守ることしか許されない。マグダリーナと一緒に、腕を無くし、意識を無くしたエステラを、涙を流しながら見つめることしか出来ない。
敵はエステラを魔導具で縛り上げると、肩に担ぐ。
マグダリーナはもう一人の自分の中で、震えながら決意した。
(どんなにエステラ自身が強くても、周りにいる私達が弱いと、人質に取られて手も足も出せなくなるんだわ……強く……ならないと……!!!)
強く……ならないと!!
マグダリーナはそう決意し、この夢の状況を余さず記憶しなくては、と意識を凝らした。場所、敵の顔、そして侵入経路……それらが判断出来るように。
め! め!
〈お嬢さん、そいつらをすぐに振り払うのです!〉
強い念話が聞こえて、マグダリーナは映像の中の自分から、髪を数本、光る毛玉に巻き取られた夢の中の自分に戻ってきた。
気づけば、光る毛玉達は、マグダリーナをぐるりと取り囲み、爪先まで迫っていた。
『ぴゅんっ!!!!』
素早く青い小鳥がやってきて、糸巻きと繋がっているマグダリーナの髪を、嘴で切り離すと、光る毛玉達を突いて散らして行く。
「エア!」
『間に合ったぴゅん』
エアはふくーっと膨らんで、マグダリーナの肩にとまった。
『こいつ人工精霊のくせに、つよいぞー』
『ナマイキだぞー』
光る毛玉達は、ぴょんこぴょんこ跳んで、ゴネ出した。
めぇーめ
〈精霊達よ、このお嬢さんは我が客人。良くしてやると、甘いお菓子をくれるぞ〉
セワスヤンのその一言に、光る毛玉の精霊達は、一斉にマグダリーナを見た。いや目はないんだけど、視線をビシバシ感じる。
(えーと、夢の中にお菓子なんて持ってきてないかも……)
だが、いつのまにかディオンヌ商会のクッキー缶を手に抱えていた。
仕上げに粗塩を使ったチョコチップクッキーは、十枚入りで、寝る前の一息に冷たいミルクティーと一緒に一枚食べた。
そっと蓋を開けると、律儀に九枚しか入っていない。
いつの間にか、光る毛玉達は、テーブルセットを準備して待っている。
待って……いる。
「えっと……これをなんとか上手く分けて下さい……ね」
毛玉の数とクッキーの枚数が合わないが、マグダリーナはもう丸投げすることにした。
めぇー
〈突然招待して、驚かせてしまったね。私はセワスヤン。知っての通り、オーズリー公爵家の眠り妖精だ〉
めめぇー
〈そして彼らは『眠り妖精精霊』。眠り妖精と共にあり、眠り妖精の毛を使って運命を紡ぐ。大筋の運命は、高位の運命の精霊が紡ぐが、細かな運命は、麾下の精霊達が紡いでいる。『眠り妖精精霊』はその一つだよ〉
セワスヤンは短い手を使って、上手にティーポットを操り、紅茶を淹れてくれる。ミルクたっぷり、蜂蜜たっぷりのだ。
それをマグカップにたっぷり注いで、マグダリーナに渡してくれる。
「ありがとう。えっと、運命……それじゃあ、私が見たあの映像は」
めんめ〜
〈やがて起こる未来だよ。魔法使いのお嬢さんが教国へ行くのは変えられない。でも、最悪の状況を避け、なるべくより有利な状態で送り出してあげれるよう、運命の模様を紡ぎ変えることなら、出来る。この精霊達を上手く使って〉
「それは……貴方や公爵様に負担になったりしない?」
めー
〈お嬢さんが『眠り妖精精霊』と契約を結べば、なんの負担にもならない〉
「契約……」
セワスヤンとの会話を聞いていた、眠り妖精精霊……言いにくい。毛玉精霊でいいかしら……達は、ぽんぽん跳ねてマグダリーナを見た。
『明日の晩から新年まで、寝台の横に祭壇を作って、美味しいお菓子を捧げよー』
「それでいいの? しかも、新年までで?」
期限が切ってあるのはありがたいし、内容も簡単だ……。こういうのは、継続する何かを引き換えにされるものではないのだろうか?
『運命に関わる精霊は、人と長く契約しないものー。この契約も、ヤーンの紹介だからなのー。変えたい運命は、さっき触れてたやつで良いか? 見た内容は誰にも言っちゃいけないんだぞ』
「わかったわ。さっきの運命を、エステラにとってより良い状況に変えてちょうだい!」
『お菓子は乳製品が使ってあるものが、望ましい。精霊はミルクが好きなのだー』
『貢物によって運命の内容も変わってくるぞー。最良の結果にしたかったら、三日同じものを捧げるような手抜きはするなー』
「お菓子を作ってくれる人にも、協力してもらわないといけないから、契約したこと自体は、人に話しても構わないかしら?」
毛玉精霊達は、ちょっと話し合って、頷いた。
『美味しい菓子のためなら、仕方ないのだー』
そうして、マグダリーナは毛玉精霊達と契約した。
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