265. 付与魔法
「キヒヒ、ご令嬢は普通の収納鞄がどんなもんかわかってねぇな」
朝練後、さっそく昨夜思ったことを、ドミニクに相談したら、答えはこうだ。
彼はヴェリタスやレベッカと血が繋がっているだけはあって、顔立ちは悪くない。残念なことに、むしろ良い。言動と行動が不審なだけだ。同じようなエデンとどちらがマシかと言えば、全裸にならない分、エデンに軍配が上がるだろう。
早速、ヴェリタスが走ってやって来て、マグダリーナを庇うようにして聞いた。
「どう違うってんだよ」
「うむ、収納鞄は属性を持つ素材をいくつか合わせて作り上げる職人技……素材の配合で収納量や品質が決まる。元々はドワーフに伝わる秘伝の製造法。それを我が国の魔導具職人達は分解して研究し、完璧と行かないまでも再現して作ってるんだ。つまり、安く上げることは不可能さ」
「……そもそも、材料費がお高くかかるってことなのね……」
なんてこと。エステラの魔法しか知らない、マグダリーナには盲点だった。
それを見て、ドミニクがニチャリと笑う。ヴェリタスが顔を顰めた。
「さてさて、しかし我が君の魔法使い殿は、そんな面倒なことをしなくても、豆の入っていた麻袋をも、いとも簡単に魔法収納袋にしてしまうだろう……収納魔法を対象に付与するやり方でな。この違い、わかるか?」
ドミニクは、ヴェリタスを見てそう言った。その顔は、生徒に質問する教師のように、マグダリーナには見えた。
「付与……、伝授みたいなもんか……。ということは、原始魔法独自のやり方なんだな……精素と、空間魔法が扱えるか、か!」
ドミニクは満足そうに口角を上げた。
「残念ながら、私はまだ空間魔法を伝授して貰ってなくてね。是非ご令嬢から我が君に口添えいただきたい」
そう来たか……! と思ったところで、ニレルがドミニクに声をかけた。
「別に伝授しても構わないよ。ただし、ダンジョンでレベルを50以上に上げたらだ」
ドミニクはパァと、日射しに照らされたタンポポのような顔をして、ヴェリタスの肩を抱いた。
「よし、行こうぜレベル上げ」
「いや、行くけどさ……あんたとパーティ組むのはちょっと」
「なんでさ? 身内じゃねぇか」
叔父と甥の攻防の傍らで、ヨナスがマグダリーナに声をかけて来る。
「マグダリーナ、これ使えそう?」
ヨナスが自分の魔法収納から出したのは、前世で見たことのある、袋に紐を通して背負うナップサックだ。ただし、本体と紐含め、布ではなく、薄い魔獣革で出来ている。
「裁縫はあんまり得意じゃないから、そんなに出来は良くないけど、五十個ほどあるよ。これに魔法収納と盗難防止と防汚を付与したら、大丈夫じゃないかな」
マグダリーナは革袋をさわって、驚いた。
「薄くて柔らかく、軽いわ。高級革じゃないの?」
薄いと言っても、すぐ破れそうな感触ではない。不思議と丈夫そうだと感じた。それに縫い目も、マグダリーナが縫うより確実に綺麗だ。
「ううん、エステラ様から教わって、革の端材とスライム素材を錬金術で合成したんだ。だから高価じゃない。安心して。付与も練習だから……」
錬金術の練習で沢山作っていたのだろう。使い捨ての革の防具が十五から二十万レピと聞いていたので、一つ十万以上の覚悟をしたが、ヨナスは一つ一万レピ、全部で五十万レピで譲ってくれるという。
「技術の安売りは良くないわ」
「僕の価格基準はエステラ様だよ。一番技術力のある人より高値は付けられないんだからね」
ヨナスが笑ってそう言うので、マグダリーナは甘えることにした。エステラが基準になってるなら仕方がない。
「助かるわ。ありがとう!」
「こっちこそ! 自分じゃこんなに使わないからどうしようかなって思ってたんだ」
ヨナスはその場で付与魔法を掛けてくれた。
領内の税金について、ハンフリーと見直しする事については、ライアンが快く引き受けてくれる。意外とこういうことに向いているのか、それとも恩人でもあるハンフリーと仕事が出来るのが嬉しいのか、ライアンは上手くやってくれそうだった。
ひとまず安心して、マグダリーナがリィンの町に着いた時、目に入ったのは想像以上に混沌とした光景だった。
街中では、他所では見かけることのないマンドラゴン達にドワーフ族、そして、色とりどりのスライム達が、普通に行き来している。
案の定、呆然としている、王族三人組の目立つこと目立つこと。マグダリーナに気づいたエリック王太子が、社交用の優しい微笑みで、手招きしている。
マグダリーナは澄ました顔で近づいた。
「おはようございます、エリック王太子殿下、アルバート王弟殿下、ドロシー王女殿下。宿の寝心地はいかがでしたか?」
「おはよう、マグダリーナ・ショウネシー子爵。清潔で過ごしやすい宿だったよ。君は随分と早いのだね」
「町を運営するにあたって、まだまだすることが多いので……」
街中のスライムについて、一言言いたそうだった、エリック王太子の雰囲気が変わる。
「何か躓いていることがあるのかい?」
「ええ、まあ」
「ふむ……私達はこれからそこの食堂で朝食にしようと思っていたところなんだ。良ければ一緒にどうかな」
これは相談に乗ってくれるという事だろう。
仕事のことになると、一瞬で目の色が変わった。エリック王太子のこういうところは、信頼できる。
マグダリーナは王族三人組と、マンドラゴラゴン食堂に入る。
メニューをみると、定食のようなセットメニューから、単品料理まで……そしてセットメニューの価格帯が大体三千レピ前後もする。確か学園のサロンもそんな感じだった……。うまみ屋のお弁当の安さを思い出して、コレが……正規の相場というものか……と記憶に焼き付ける。
前世での生活に比べたら、やっぱり物価、お高い。
王族三人が、ガッツリステーキを注文する傍らで、マグダリーナは朝食は済ませて来たので、カブと苺のサラダのクレープ包みとカフェオレを。タマの分の食器も頼んで半分に分けた。
苺は領都で栽培している、エステラに品種改良された甘いのだ。一度ゲインズ領の森で、ケーレブの言っていた酸っぱ苦い苺を食べてみたが、残念ながらマグダリーナ達の味覚に合わなかった。
「それらはすべて野菜なのだろう?」
エリック王太子が珍しそうにマグダリーナを見た。
貴族の食事は肉、川魚、パン、豆、果物、砂糖菓子で、土に近い野菜は食べない。
「チーズも入ってますよ。でも、お肉やパン、野菜や果物、なんでも偏らずに食べる方が美容と健康に良いんです。それにここのお野菜はマンドラゴン達が育てているので、精素がたっぷりだから、タマちゃんみたいな特殊個体の魔獣の食事にも良いんです」
『ぷ!』
その通り! と、給仕をしてくれたマンドラゴンも頷いた。
「その……精素というのは、なんだい?」
アルバート王弟殿下が、美容の言葉に反応して聞いてきた。彼は全身脱毛した後も、お肌の手入れに定期的に金と星の魔法工房でスラゴー達のお世話になっているらしい。
「魔素の他に、魔力の中に含まれている要素です。より精霊や神の力に近い物質だと言っていました。ハイエルフの魔法は、まずこの精素の感知ができないと使えないそうです」
「なるほど。タマちゃんは、精素を感じることは出来るのかい?」
アルバート殿下に話しかけられて、タマは上機嫌に答えた。
「タマはよくわからないのー。でも変な魔力か気持ちいい魔力か美味しい魔力かは判断出来るのー! このサラダクレープはかなり美味しい魔力なのー!」
アルバート殿下とドロシー王女が追加で注文した。
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