26. 侯爵夫人のとんでもない決断
紅茶のおかわりが配られ、落ちついた空気が流れた後、シャロンはなんでもないように、話しはじめた。
「近々私達、オーブリー侯爵家と離縁しますの。こちらの領民にして下さいませ」
ダーモットが紅茶を噴き出した。
慌ててマゴーが場を整える。魔法で。
「まあ、素敵な魔法ですこと」
「侯爵様と離婚なさるのでしたら、ご実家のスタンレー伯爵家にお戻りになられては?」
「あら? 私は侯爵“家”と離縁と言いましてよ? スタンレー伯爵家はオーブリー侯爵家の麾下ですもの。うっかり実家に戻って侯爵家のいいように使われては意味がないですわ。それに私自身は、結婚前に王妃様の側仕えをしていた功績と、今後王妃様のお話相手を務めさせていただくことから、新たに伯爵位とアスティンの姓をいただきましたの。今後はシャロン・アスティンと名乗ることになりますわね。単純に王妃様の近くにいる為の便宜上の爵位で領地もありませんわ。登城も月数回だけなので、ここから通えば良いですし」
「はあ…」
王都からショウネシー領まで馬車の種類にもよるが数週間かかる上に、護衛の費用などの金銭面もかかる。
絶対王都に居る方が良いはずだった。シャロンは王都のショウネシー邸を購入しているのだから。
「そしてここからが重要ですの」
「まだあるんですか?」
「もちろんです」
シャロンは紅茶で喉を潤した。
「そもそも離縁に踏み切る原因なのですが……オーブリー侯爵には結婚前から庶民の愛人がおりましたの。子供も男の子が一人、その方との間に。先代侯爵はそれをお許しにならず、平民の女性と別れ家門の貴族令嬢と結婚しなければ侯爵家はやれないと言われて、私に白羽の矢が当たりました。麾下の家門のスタンレー伯爵家に、断ることは出来ませんでしたので……」
シャロンを妻に迎え、先代から無事侯爵家を譲り受けた侯爵は、しばらくは大人しかった。
そうしてヴェリタスが生まれ、シャロンが庶子の子を侯爵家に迎えればと提案しても、侯爵家の子はヴェリタスだけだと言っていたのだ。
だが侯爵はヴェリタスが生まれてすぐまた、元の女性のところに通うようになり、今度は女児を設けた。
ヴェリタスを後継と定め、無駄に後継者争いを起こさなければそれでいいとシャロンは思っていた。
しかし代々魔法使いを排出しているオーブリー侯爵家で、ヴェリタスは騎士か冒険者になることを望んでいる。
もちろん侯爵は騎士より魔法使いを目指すよう常々言っていた。
「ところが一ヶ月ほど前に、突然ヴェリタスに、どうせ騎士になるなら辺境騎士団を目指すようになどと言いますのよ。確かに辺境騎士団は武勇に秀でておりますけど、普通嫡子には近衛騎士を目指すよう言うものですわよね。いかにも怪しいので『影』を使って調べましたわ」
『影』とはシャロンが嫁いでから独自に作った、シャロン専属の諜報組織らしい。
辺境騎士団はその名の通り辺境伯領の騎士団だ。
山林に囲まれた領地は魔獣の出没が多く、騎士団の中でも実力が高いものでないと生き残れないほど、かなり厳しい。
「『影』の報告ですと、侯爵は庶子の子達に教会で魔力鑑定をし、上の息子に火魔法の、下の娘に聖魔法の適性があったので、ヴェリタスを辺境にやったあと暗殺して、庶子を私に育てさせるつもりでしたのよ。
別に庶子の面倒を見るだけならば構わなかったのですけど、私の可愛い息子を害そうとするなら、話は別ですわ。オーブリー侯爵家は私達に益のないところになりましたの。ヴェリタスと共にオーブリー侯爵家を出るのは陛下にもお許しをいただきました。ですが、女手一つではいささか心もとないでしょう? ですから子爵にはヴェリタスの後見人になっていただきたいのです」
「私なんかで良いのかい」
「ええ、よろしくお願いしますわ」
シャロン伯母様は艶やかに笑い、頭を下げた。ヴェリタスは頭も下げる。
「ショウネシー子爵、よろしくお願い申し上げます」
「ああ、いいよ、いいよ、そんな堅苦しい態度は。僕の姉上には子供はいないし、君はリーナとトニーの唯一の従兄弟だ。仲良くして歳上として導いてやって欲しい」
「はい! ご期待に添えるよう頑張ります」
「では早速領民カードとやらを作りに行って、住居を決めましょう。なるべくここに近い方がいいわね」
「……シャロン義姉上、早すぎませんか? まだ正式な離縁前でしょう?」
「ここの門を通った時に、直感が働きましたの」
ふふふと上機嫌にシャロンは席を立った。
「私の感が外れないのは、貴方もよくご存じですわよね?」
ダーモットは黙って頷いた。
「さて、かわいいマゴーちゃん、これからあなたをお借りするにはどうしたらいいのかしら?」
「ディオンヌ商会にご相談下さい」
「そう、では私達親子と従者達を役所に連れて行ったあと、案内してくれるかしら」
「かしこまりました」
シャロンがマゴーの転移魔法を知っている様に振る舞うので、気になっていると、ダーモットが「彼女は鑑定魔法の凄腕なんだ」と教えてくれた。
領地には一応、貴族向けの住宅も二軒建ててあった。
その内ショウネシー子爵家に近い館を、シャロンは即金一括払いで購入し、早速ディオンヌ商会へ向かった。
「マゴーを借りたい……ね、」
応接室に通されると、素晴らしく見目の良い黒髪の男性がやって来て、長い足を持て余すように組み、シャロンの向かいに座る。
彼の耳は長く尖っていて、一目で他種族だとわかる。
「ああ、どうも、俺はエデン。ここの商談担当だ」
瞳の色が片方異なる、極淡い金髪の美しい少女が、お茶と茶菓子を給仕してくれる。彼女の両肩には透明度の高い珍しいスライムが乗っていた。
少女の背中に流れる、淡金の糸を、ヴェリタスはそっと一房摘もうとして、防御魔法に弾かれた。
「んはは。お坊ちゃん、俺の娘に簡単に触れると思わないでいただきたい」
「まあヴェリタス、失礼ですよ」
「……っ申し訳ございません。その……彼女も魔導人形なのかと思ってしまいまして、つい」
ヴェリタスは少女にも頭を下げた。
「すまない。あまりにも不躾だった」
「いいえ、あの、私、人形に見える……?」
少女……エステラはエデンの隣に座り、エステラですと名乗ると、ヴェリタスを見た。
「違う、えーと」
ヴェリタスは自分の中の感覚をうまく説明しようと、一旦言葉を切った。
「君の外見の色やスライム達は確かに珍しいけど、それ以前に俺がこの領内やここの雰囲気に呑まれて、冷静な判断をできなかったみたいだ。はぁ〜まだまだだな」
ヴェリタスはため息を吐いた。
「そこまで自己分析できるなんて、歳の割には随分賢いと思うけど?」
エデンが楽しげにヴェリタスを見た。
「俺は貴族なので、もっと自分の行動や言動の影響を理解して行動しないといけないんです。やってしまってから取り返し付かなくなる事もありますから」
「この子は言葉より先に身体が動く方ですから、普段から気をつけるよう言い含めてますの」
「なるほど。だが行動が早いというのは利点でもある。失敗しないように行動することもイイけど、いざ失敗した時どういう対処をするのか若い内に学ぶのも意味がある。子供が好奇心旺盛なのは当然で、しかも君は素直で誠実だった。とても、イイ子だ」
エデンはヴェリタスの頭をくしゃくしゃ撫でる。
「おっと、貴族の御令息に失礼だったか。俺もまだまだだ」
そう言って、くははと笑った。
「マゴーの貸し出しのことだが、用途をお伺いしても?」
「館の維持管理、引越しの為の収納と転移、それと暗殺などの危険防止が今の所の用途ですわ。でもこれだけ便利な機能が満載なんですもの、状況に応じて色々使いこなしたいですわね」
エデンは足を組み直した。
「なるほど、お命の危険があると」
「できれば四体ほどお貸しいただければ有り難いのですけど、いかほどになりますかしら?」
「一体、月金貨一で」
エステラが答える。
「では四体で、月金貨四枚ですわね」
「領地やショウネシー家で働いてる個体と見分けがつくようにしようと思うんですけど、何か要望はありますか?」
「そうね……可能なら見た目がマンドラゴラではなく普通のお人形でしたら、ヴェリタスが学園に連れて行っても目立たないかしら」
「待って下さい、母上。それでは俺が人形好きの変な男だと思われてしまいます。まだマンドラゴラを連れて歩く方がマシです」
「では…全体的に目立たない茶系のお色にしてもらってもよろしいかしら?」
「わかりました」
その後、一年更新で契約を結び、翌日には茶マゴーが四体納品されたのだった。
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