246. リモネカード
その爽やかな夏の日に、エステラはリモネカードを持って、ショウネシー邸の図書室を見せてほしいとやって来た。
「作りたてだから、まだ少し温かいけど、うちの保存瓶に入れてあるから、品質が劣化することは無いわ。素材的に疲労回復と夏バテ予防にもいいから、是非持ち歩いて!」
エステラはそう言うと、濃い黄色のカスタードクリームのようなものが入ったジャム瓶を十個、魔法収納から取り出した。
「ハイエルフ達には一個ずつしか渡してないの。イラナに気をつけてね。あ、アスティン邸にも十個送ったから、ルタの分は心配ないわ」
「ありがとう! どうやって食べればいいの?」
リモネカード……そのぽたぽたした質感のクリームは、前世の理奈が憧れた、おしゃれ食品……レモンカードだ。気になりつつも、食べ方がわからなくて、手が出なかった。
「ジャムとおんなじよ。パンに塗るのが一般的かな。少しトーストすると、良い感じよ。あとアイスやパンケーキ、ヨーグルトにかけたり肉料理のソースに使ったり。私はアボカや生ハムと一緒に、甘じょっぱく食べるのも好き〜」
「バタートーストにぃ、たっぷり乗せるのが、ヒラは好きぃ」
『モモはソフトクリームにかけるの好きよ』
「ハラはお醤油をちょっと混ぜたのを、ソーセージにつけて食べるなの!」
「醤油?!」
ハラの上級者な食べ方に、マグダリーナはちょっと驚いた。
「材料がリモネ果汁と卵と砂糖とバターだから」
エステラが満面の笑みで教えてくれる。
「なるほど、どれも醤油とイケるわ」
因みにゼラ、ササミ(メス)、プラの白色竜種トリオはアスティン邸やハイエルフ宅へと配達のお使いに出ているらしい。理由は、可愛い従魔が届けると可愛いからだそうだ。
◇◇◇
「うーん、それぽいの、ないなぁ……」
エステラは薄い綿手袋をして、図書室の本の背表紙を丁寧に覗いたり、気になるものの表紙を眺めたりしている。
時々、ぱらぱらと中身を見てるものもあるが、目当ての物ではなかったようだ。
「ショウネシー家の蔵書は豊富だから、一冊くらい見つかるかと思ったんだけど……」
ハラやヒラ達も総出で探してるので、何か稀少な魔法の本でも探しているのだろうか……
「手伝おうか?」
ライアンが尋ねた。高い場所にある本は、背の高いライアンの方が探し易いだろうと。
「ありがとう。でも、タイトルや著者が判ってるわけじゃないの……ダーモットさんかケーレブさんに聞いた方がいいかしら?」
「どんな本を探してるの?」
マグダリーナも気になって聞いた。
「エロ本よ!」
エステラは、どキッパリと言った。汚れを知らぬ無邪気な美貌で、堂々と言った。
マグダリーナとアンソニーは、目を点にして固まったが、ライアンとレベッカは顔を真っ赤にしている。
「エ、エエエエ、エロ本て、まさか、いやらしいことの書いてある本なんですの?! そんな本が存在しますの?! どうしてそんな本を探していますのっ??」
「それよ!」
エステラは指をパチンと鳴らした。
「存在するかどうか、気になったから探してるの。まずハイエルフはそういう本は作らないから。うちの図書館には無いわ。ヨナスとも確認したから間違いない。そして本は高価なんだから、有るとしたら貴族か大商人の好事家が作らせるだろうと当たりをつけたのよ!」
「存在するかどうかの確認なんですの……いやらしい目的ではなく?」
レベッカがちょっと安心したような表情になった。
「いやらしい目的がどんなことを指すのか分からないけど、もちろん男女の裸の絵とかは見たいわ!」
「そ……そうなんですの?!」
「いや、普通に気になるよね? 露出はどの程度なのか、どういうポーズしてるのか、画風はどうなのか……お金かけていやらしい本を作るなら、絵の具やインクにも拘るだろうし、当時の技術の最高峰になってるはずだわ……そもそも男女がいて繁殖を行う生態なら、性を上手く表現できることは、大事なことでもあるわ」
レベッカとライアンは、呆然とした。
「まあ、何にでも興味持っておけば、色んな発想の元にもなるし、無駄はないってことよ……やった! 見つけた!」
「え?! うそ、うちにそんな本があったの?!」
マグダリーナはびっくりした。
エロに戸惑っていた、レベッカとライアンも、マグダリーナやアンソニーと共に、エステラの側に集まる。
エステラが、古く赤い革表紙に、金彩の施された跡のある大きな本を開く。そこには薄いアンダードレス……下着姿の美しい女性たちが、肩や太腿まで露出した姿を鮮やかな色彩で緻密に描かれていた。
「おおー、ナカナカ芸術点高い! これはちまちまと蒐集したものを、本に編纂した感じかなぁ。一応保護魔法もかかってる。かなり古い時代の絵もあって、面白いわ」
エステラは浮かれてるが、マグダリーナ達はどう反応するのが正しいのかわからず、迷子の顔をしている。
確かに美しい絵画かもしれないが、中にはおっぱいポロリや、シャツだけ着て、お尻を出している美少年の絵とかもチラ見えできたからだ。
タマちゃんは既にエステラの側で興味津々に眺めている。
「こ……こういうのは、皆んなで見るより、誰も居ないところで、一人でじっくり鑑賞するものだと思うの」
居た堪れなくて、思わずそう言ったマグダリーナを、エステラは驚いた顔で見た。
そして聖母のような微笑みを見せた。
「そうね、その方が趣きがあるわよね!」
そうして次の瞬間エステラは、とんでもない絵を見つけて、慌てて本を閉じる。
「どうしたの?」
エステラが余りにも複雑な表情をしているので、マグダリーナは聞き返した。
「こういう本はやっぱりリーナの云う通り、こっそり一人で……ううん、いっそこの本はどこか奥に隠しておきましょう」
エステラが首を横に振ってそう言うので、タマは不思議そうに身体を傾けた。
「エステラ、どうしてイラナの絵を見てから慌ててるのー?」
「「「「え?」」」」
マグダリーナ、レベッカ、ライアン、アンソニーは、一斉にエステラを見た。
「二千年くらい前に描かれた、貴重な絵よ。イラナは娼館で育ったって云ってたから、その頃のものだと思う……でも流石に知り合いのこういうのを見ちゃうのはね……」
皆、心情を察して、沈黙した。
「あ、あと蔵書票を確認したら、この本は元々オーブリー家のものだったみたいよ。ダーモットさんが蒐集していた訳じゃないので、安心して」
エステラにそう言われて、マグダリーナは納得した。オーブリーから財産を押収した際に、書籍の殆どはシャロンの手に渡ったと思ったが、流石にエロ本は不要だったのだろう。ショウネシー家で引き取っていたのだ。
◇◇◇
お昼近くになって、配達に行っていた白色竜種トリオが迎えに来たので、エステラは食事をしに帰っていった。
プラとゼラがショウネシー邸の部屋の窓を、小さなおててで、こつこつと叩いて手を振る姿は確かに可愛かった。ササミ(メス)は軽く嘴で突いて、お尻を振っている。
マグダリーナ達も気分を変えるために、早速、昼食でエステラの持ってきてくれたリモネカードをパンに塗って食べてみた。
(あ、これはやばい……!!)
マグダリーナは思わず頬が緩む。
爽やかな酸味と甘味のバランスの良さは、シンプルな食パンによく合った。食べる手が止まらなくなる、危険な食品だ!
「これは……絶対一瓶すぐなくなります!」
アンソニーも気に入ったようで、真剣な顔をしてそう言った。
「絶対、作り方を習っておいた方がいいですわ……」
レベッカとアンソニーは視線を交わし、頷きあった。
最近食欲が落ちていた、ライアンとレベッカも、珍しく沢山リモネカードを塗ったパンを食べたので、マグダリーナとアンソニーは嬉しくなった。
その頃、エステラの家でもリモネカードを使った昼食がご用意されていた。
エステラの好きな、カッテージチーズに生ハム、アボカとリモネカード。シャキシャキお野菜と味付けお肉。エビとエビ団子……様々な具材をライスペーパーで巻いたものが、沢山ご用意されていた。
腕をふるったのはニレルだ。しかし、盛り付けはエデンが行ったらしい。
いつかの妖精熊のかっぱらい品の中にあった、豪華なお皿に、従魔達の分も盛り付けてある。
しょうがないなぁと、エステラは秘蔵の清酒を、エデンのために開けた。
もしも面白ければ、ブックマークと評価をお願いします!
 




