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242. ケーレブの証言

「とうとう、この時が来ましたか……」


 ケーレブは自分が呼ばれた理由を知り、神妙に目を閉じた。


「既に奥様の呪いに関しては、お聞きになっているのですね。旦那様が何をなさったかより、俺と奥様のことをお話しした方がいいでしょう。それでもよろしいでしょうか?」


 マグダリーナとアンソニーは頷いた。

 そしてケーレブは、粛々とした態度でマグダリーナ達に告げる。


「アンソニー様、マグダリーナ様の思い出の奥様は上品な淑女でしたが、それは淑女という分厚い皮で覆った仮の姿でございます」


「待って、そんな物騒な感じで始まるの?」

「残念ながら、さようでございます」


 ケーレブの無慈悲な言葉に、マグダリーナは言葉を失った。アンソニーも、きゅっとスライムの従魔、シンを抱える。


「ああ、これから話すことは、たった一人の方にだけには、何があっても他言無用でお願いいたします」


「たった一人って、どなたですの?」

 言葉をなくしたままのマグダリーナに代わって、レベッカが確認してくれる。全く、気の利く可愛い妹である。


「シャロン様です。何があっても、シャロン様に漏らしてはいけません。悲しまれてしまいますから……」


 誰が……? とは流石に聞けなかった。その時のケーレブは、今まで見たことのない複雑な表情をしていたので。


「……俺は奥様がいらっしゃった流民の一座が、ちょうど奥様をこの国の孤児院に運ぶ途中に、拾われました。赤子だった俺から少し離れたところに、魔獣に襲われた、母親らしき遺体があったそうです。『あの時私が、お前の泣き声に気づいて拾わなかったら、お前は生きていなかったのよ』と、ことある毎に奥様はおっしゃいましたね……」

 ケーレブは少しウンザリした顔になる。


「お小さい頃の奥様は、それはそれはとんでもなく我儘で傲慢でした。そして不思議な能力をお持ちでした。人の心を、色や輝きで見ることができたのです。さらに奥様は……ハイエルフに劣らぬ美貌でしたので、皆奥様を可愛がり、他の子達より贔屓しておりました。もちろん、奥様はそうなるよう計算して行動されておりましたので。そして、その美貌に集る蠅蛆や嫉妬する蟷螂達から身を守るどころか、利用してたたき落とす術をすら身につけておりました。ただ奥様の機嫌が悪い時は、何かにつけ俺を叩いていたそうです。あ、ご安心下さい。俺も覚えていない小さな時のことです」


「え……え……叩いたの? そんな小さなケーレブを、子供の頃とはいえ、お母さまが?」


 驚くマグダリーナに、ケーレブはどうということでもないように答える。

「奥様自身も母親にそうされていたそうです。俺にとって奥様は、赤子の俺の面倒をずっと見てくれた、姉のような存在でもあったので、恨んでは居ませんよ。本当に記憶にありませんし。成人の時に奥様に謝罪されてびっくりしました」


「……それって、叩かれたショックで記憶を失くしてしまったとかじゃ……」

 マグダリーナは申し訳なさに身を縮ませ、確認する。


「記憶にありませんので、なんとも……あの頃はそういう環境で、善きことを教わる機会がなかった故、仕方なかったと思ってます。そして奥様が八つの歳に、スタンレー伯爵家から迎えが来ました。奥様はどうしても俺を一緒に連れていくと駄々を捏ねて、伯爵家に入り、そこで運命に出会いました。そう、シャロン様です」



 自分の容姿に絶対の自信を持っていたクレメンティーンは、伯爵家でたった一人、出迎えてくれたシャロンに、目が釘付けになった。


「美しいドレス、よく手入れされた、髪と肌……何よりそれらに劣らぬ、夢のように優雅な所作。そして何の裏も無い、純粋な微笑みを向けられて、奥様は初めて敗北を知り、動揺のあまり気を失われました」


 シャロンの美しさは、見目だけではなく、育った環境と教育で身についた品の良さがあった。それは当時のクレメンティーンには、どうしても得られなかったものでもある。


「そして、目が覚めた後に仰ったのです。『世界で一番美しいものを見た』と。奥様はその容姿でいつも様々な欲望や羨望などの感情を向けられておりましたが、奥様を刺し貫いたシャロン様の感情は、妹が出来て嬉しい、そして慈しみ守りたいという、今まで誰も奥様に向けることのなかった、真っ直ぐで真っ当な愛情でした」


 愛、というワードに、マグダリーナの肩にへばり付いていたタマが、ぷるんと揺れた。


「それからの奥様は、シャロン様の愛情を受けて善き方向へ変化されていきました。そしてとうとう、分厚い淑女の皮を被ることに成功されたのです」


「中身……は?」

 アンソニーが恐る恐る尋ねた。


「俺が知る限りずっと、奥様はシャロン様の見ていない所で、自分の勝手を無理にでも通していましたよ。その最たるものが、お二人のご出産です」


 ケーレブは少し黙って、思い出を整理する。


「奥様が学園の中等部に上がる頃には、俺は奥様から、ご自身の呪いについてや、母親から課せれれた使命について、全て伺っておりました。その時には既に、高等部にいらっしゃる高貴なお方が奥様に夢中でしたので、奥様は己の計画通りに物事が進む達成感と、初めての恋愛に浮かれておいでで……俺は不安になって尋ねたのです。この国が滅んだら、奥様と俺はどうなるのか。そして、奥様が恋する高貴なお方は、と。奥様は可哀想だが、自分にはどうすることも出来ない呪いだと。国が滅んだ後は教国から迎えが来るから、俺に一緒に行こうと仰いました」


 この時点で、クレメンティーンと、本気で恋をしていた高貴なお方との温度差を感じとり、マグダリーナは高貴なお方の顔を思い出しながら、彼の方の耳にも入れてはいけない……と決心した。


「ではシャロン様はどうなってしまうのか……そう尋ねると、奥様は初めてその問題に気づいたようで、慌てました。そして決心されたのです。高貴なお方よりも誰よりも、シャロン様の為に、この国を滅ぼす呪いをなんとかしようと。その為に自分と一緒に命をかけて欲しいと言われ、俺は同意しました。俺もシャロン様のおかげで、伯爵家で孤児には過分な教育や待遇をいただいておりましたので……そして手を尽くして情報を集め、ようやくゲインズ領の大魔法使いにたどり着きました」


 ゲインズ領の大魔法使い……エステラの師であり、四番目の始まりのハイエルフ、ディオンヌ。彼女は、クレメンティーンとケーレブが訪れたとき、「ようやく来たか」とため息をついた。

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