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239. 星と力

 エヴァの夢の話を、朝練で集まった時に話してしまおうと、マグダリーナは思った。ところが、珍しくダーモットが剣を握っている姿を見て、うっかり話そびれてしまった。


 ダーモットは着痩せするタイプで気づきにくかったが、ベンソンの罠にかかってからはずっと、冒険者ギルドの運動場での筋トレも続けていたらしく、ガリガリに痩せていた面影はなくなり、今では健康的な逞しさを取り戻していた。それでもマグダリーナは、今までダーモットが剣を握る姿を見たことは無かった。


(お父さま、突然重い剣なんか振って大丈夫かしら……)


 しかしマグダリーナの心配は杞憂だった。ダーモットは実に慣れた動きで、剣を素振りしている。

 ハイエルフ達の剣は、実戦で覚える剣なので、アンソニーやライアンの剣は自由闊達だ。

 元は騎士志望だったヴェリタスの剣も、オーブリー家は魔法使いの家系だったので、誰に習えることもなく自己流だ。

 三人ともダーモットが決まった型を練習する姿を、興味津々で見ている。


 アーベルは感心して頷いた。

「綺麗な動きだ。きっと幼い頃から剣を習っていたのだろうな。しかし残念なことに、今握っている剣は、彼に合って無いな」

「……それは、私の予備の剣をお貸ししておりますので……」

 フェリックスが困惑した表情で言った。彼の目には、ダーモットは充分に剣を使いこなしているように見えるからだ。


「そうだな。後でダーモット殿専用の剣を拵えよう。家門の当主なのだから、それらしいものを」

「ずるいよ、アーベル! 僕も錬金術の練習したいんだ」

 ヨナスがアーベルの袖を引いて、主張する。

「ならヨナスは訓練用の剣を作ればいい」

「でも僕も綺麗な装飾の剣を作ってみたいよ」

 アーベルは目を瞬く。

「だが、ダーモット殿は華美なものは好まぬだろう?」


 どうやら、エステラが自重せずにマグダリーナやショウネシー領に、あれこれ魔法で作ってくれたように、若い(?)ハイエルフ達も、自らの研鑽の為に色々したいらしい。

 そんな騒ぎも気にならぬ程、ダーモットは素振りに集中していた。


 その姿を見て、ぽつりとハンフリーは呟いた。


「確か初代が爵位を賜わった際に、当時の辺境伯からいただいた、ドワーフが鍛えたという剣があったはず……」


「多分既に売りに出されてると思う……」

 マグダリーナも呟いた。


 クレメンティーンの数少ない宝飾品が全て売りに出されていたのだ。同様に手放されていてもおかしくない。現に今、生まれてから初めて、ダーモットが剣を持つのを見ているのだから。


 マグダリーナとハンフリーは、見つめ合う。今では随分遠くに感じる、ほんの数年前の惨状を思い出して。二人の間に、苦労を知るものの共感の空気が流れた。



(しまったわ……夢の話をどのタイミングでしようかしら。それに、セレンさんに伝えるべきか悩むわ)


 愛するエヴァの身体を、他人が使っていると知ったセレンが、どんなトンデモ行動を起こすか予想できない。何せエデンを見てすぐ、己の首を落として欲しいと宣ったのだ。油断大敵だ。


「マグダリーナ」

 悩んでいると、声が掛かった。ルシンだ。

「何か云うべきことが、あるんじゃないか? それは早めに云っておいた方がいい」


(なんで、わかってるの……?!)


 マグダリーナは驚いて、呆然とルシンを見た。


「云うべきことって、なにー? 告白? リーナ、ルシンに告白しちゃうの!?」


 タマが興奮して、大きな声を出すので、周囲の視線がマグダリーナに集まった。


「いやいやいや、それは無いからっ。そういうんじゃないからっ!」


 マグダリーナは慌てて否定する。この勢いで、もう言ってしまうしかなかった。セレンも居るけど。



 案の定、マグダリーナの話を聞いて、セレンは膝から崩れ落ちた。

 シャロンに付き添って休憩所にいたエステラが、何事かと駆けてくる。


「どうしたの!?」


 マグダリーナはエステラに事情を話すと、エステラも酷く驚いた顔をした。


「え? いくらハイエルフの遺体は正しく葬送しないと綺麗なまま残るって云っても、流石に無理がすぎる……ああ、十一番目の人の権能のせいね……」


 エステラはそっとセレンに寄り添って、囁いた。


「セレンおじいちゃん」

 セレンは弾けたように顔を上げて、エステラを見た。


 エステラは肩を竦める。

「エデンが父親の座は、絶対譲らないって云うから、セレンさんはおじいちゃんでいいよね? スーリヤ母さんのお父さんだったもの。セレンおじいちゃんには、立派な反抗期の息子と、この可愛い孫娘がついてるのよ。しっかりして! エヴァおばあちゃんのことは、皆んなで解決していきましょう。必ず葬送するわ」


 エステラが力強くそういうと、セレンはエステラの手をとって、その手の甲に額を当てると、創世の女神への祈りの言葉を呟いた。


「……そうだな。星の権能を持つルシン様がいて、ディオンヌ様から力の権能を授かったエステラがいる……それなのに私が情けない姿を見せてはだめだな」


 エステラのおかげで、気を取り戻したセレンを見て、マグダリーナはホッとした。エヴァの魂を女神の庭へ送るためにと、自ら命を断とうとされてはかなわない。


 マグダリーナの隣にいたレベッカが、難しい顔をしているエデンに声をかけた。


「ルシンお兄様の、星の権能というのは、星読みの能力のことですわよね? ディオンヌさんが持っていらした力の権能とは、どういったものですの?」

「ンああ……その名のとおり、強大な『力』を発揮する権能だ。ディオンヌの魔力は、ハイエルフの中で一番強かった。単純に戦闘力とも言えるし、女神の神力を受け止めて発現する、神秘の力の大きさでもある……ルシンとディオンヌは双子で、それぞれ『女神の心を伝える者』、『女神の力を齎す者』として権能を与えられたんだ」


「……ルシンお兄様、特別女神様の御心を伝えるなんて事、されてませんですわよね?」


 エデンは口の端を歪めて、笑いを堪えた。

「星の権能は、女神の心に寄り添い、星を読み神託する権能だ。ルシンはそこまではできても、女神の心を上手く伝えることまでは……」


 最後まで言わずに、エデンは首を横に振って見せた。


 ルシンはエデンの背後に移動すると、無言でエデンのふくらはぎを、ゲシゲシ蹴る。

「イタタタ。こら、やめろルシン!」


 マグダリーナも考えこんだ。

「つまり女神様は色んな意図をもって、始まりのハイエルフ達に権能を与えたけど、与えられた側が、女神様の望み通りに権能をふるっているとは限らないってことなのね……」


「そうだよ。神界にいる神と人は遠い。心、を持つ限り、人は神の思い通りにはならない。だが、神との繋がりを強くするものも、心なんだ」

 ニレルが暁の空を眺めて、マグダリーナに答える。美しい白金髪の糸を、朝日が彩っている。


 着ているのが運動服で無ければ、まるで宗教画のような美しさだった。ドミニクが伏して、ニレルを拝んでいた。


「神の思い通りに行かなくても、人の思い通りに行かなくても、世界はあるがまま、回ってるのね」

 マグダリーナは、呟いた。

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