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238. 夢の訪(おとない)

 ショウネシーの朝は早いが、ショウネシーの夜も早い。

 ショウネシーには夜間に営業している酒場もない。図書館も役所も午後五時に閉まる。農作物も夕方には大人しくなるし、ディオンヌ商会の各店舗も精々営業は夜八時まで。家庭用魔導具が普及していても、門番職以外は、皆、それまでの習慣で暗くなったらさっさと寝るのだ。


 マグダリーナも夜九時には、美しく清潔な寝台で横になり、目を瞑ってさまざまなことを思い返していた。


 例えば、今日エステラにエアの事を相談したこと。


 エアの本体は、魔導具である腕輪の方だが、魔剣で斬られたことで、人工精霊として顕現する魔法回路に支障をきたし、現在マグダリーナの生活に影響しない速度で自己修復を行っているとのこと。

「いまは外出着が用意出来ないので、腕輪の中から出られないけど、ちゃんと『エア』という精霊の人格は保たれてるから、エアと話したい時は腕輪に語りかけて」


 エステラにそう言われて、マグダリーナは心底安心した。


 例えば、ライアンとレベッカと、パイパーのこと。


 ずっと家族として暮らしていたはずなのに、ここでは主従として接しなければならない。そのことが、ライアンとレベッカの心の負担にならないか心配だった。

 ただでさえライアンは自分の出生を知ってショックを受けているだろうに、日常に静かに降り積もる雪のような負担を抱えるのはつらいはず……パイパー自身は悪い人では無くても、操られて行った罪は大きく、今こうして生きてショウネシー家で働いていることは、最大限の恩寵なのだとしても。


 そう考えていると、脳内で五匹のスライム達があっと言う間に除雪をして、いい笑顔でヒラとハラが、それぞれヴヴとナードをずいっと脳内映像に大きくお出ししてきた。


 そうね……ヴヴとナードもいるし、他にも頼もしい仲間がいる。きっとなんとかなるわ……


 それから、ダーモットのこと。


 以前話していたように、ヒラはダーモットに女神の精石で首飾りを仕立ててくれた。夕食時にダーモットが付けているのを見たが、とても素敵で、のほほんとしたダーモットが二割り増しイケメンに見えた。悔しいが。


 それで早速アンソニーと二人、アッシでエステラに通信を入れて、ヒラにお礼がしたいのだが、どんなものが良いかと相談した。そこはいつものサロンではなく、子供達が一緒に勉強したり、盤上遊戯をしたりと普段から自由に使っている広間で、レベッカとライアンも興味深そうに見ている。もちろんお礼の品の調達を手伝ってくれるつもりで。


『ヒラ、リーナ達がお礼をしたいって。何か欲しいものある?』

 エステラがそう聞くと、ヒラはほにゃりと微笑んだ。

『気を使わなくてぇいいよぉ。ダモとヒラ仲良しぃだからねぇ! それにぃ、ダモは英雄でかっこいいからぁ、ヒラも嬉しいのぉ』


「は?! え? お父さまが、英雄???」


 びっくりして、マグダリーナは大きな声が出た。アンソニーも前のめりになって、アッシに近づく。ライアンとレベッカも小走りで寄ってきた。


「ヒラ、お父さまが英雄ってどういうことですか?」

『エル様がぁ、ダモが国を救った英雄だって。ケーとエル様だけが知ってるって云ってたのぉ』


 ヒラはとうとうエルフェーラ様の名前まで短縮してしまった。


 そして実質ケーレブしか知らないと言うことは、おそらく亡き母と関連することだと思われる。この件は、夏休みの間にでも、ケーレブを捕まえて、話を聞かなくてはならない……


 そして最後に、初めて見た、白銀の立髪を靡かせた美しいユニコニスの姿と、全身脱毛後に角を斬られた、残念なユニコニスの姿を思い出す。


(そういえば先輩、結局お名前知らないままだわ……)


 マグダリーナの意識は、そのまま夢の中へと滑り落ちた。




◇◇◇




 あ、これ夢だな。

 そう思いながら、マグダリーナは見知らぬ村にいた。

 そしてエステラにそっくりな美少女と、村の端にある雑木林で、小鳥が啄むような小さな木の実を取っていた。


「ルルベリーの実よ。甘くて美味いの」


 少女は木から実を摘んで、そのままお口に放り込むと、緑の瞳を細めて、木漏れ日のようにキラキラと微笑んだ。

 マグダリーナも一つ摘んで、お口に入れる。噛んだ途端、ぷちっとした感触と共に、わずかに酸味のある甘さが広がった。


(味のする夢ってはじめてかも……)


 ぼんやり夢だと認識した意識が、甘酸っぱい味に段々とはっきりしてきた。改めて一緒にいる少女を見た。


「もしかして、スーリヤさん?」

 少女は笑みを深めた。優しげで愛らしいその表情は、大好きなエステラの微笑みにそっくりだった。


「良かった。夢に介入するのって、なかなか大変なの。会わせたい人がいるから、一緒に来て」

 スーリヤは少女の姿のまま、マグダリーナの手を取り、一軒の家に向かう。


 家の扉を開けて、スーリヤはマグダリーナを招き入れた。

 そこには、見知らぬ女性がいた。


 だが、それが誰なのかは、一目でわかる。


 以前セレンが話していた通りの容姿の女性だったからだ。

 ルシンと同じ神秘的な褐色の肌。輝く黄金の巻き毛に、王蜜の金の瞳。


 二十一番目のハイエルフ、エヴァ。


「はじめまして、マグダリーナ。私の遠い子孫」

 エヴァは慈愛のこもった瞳でマグダリーナを見つめると、悲しげに目を伏せた。


「自力で女神の庭へ行けない私は、あなたの父親の呪いが解けたおかげで……それでもスーリヤの手を借りて、ようやくこの場を得られたわ。強引な事をしてごめんなさい」


 マグダリーナは首を横に振った。

「いいえ、皆さんよく夢でメッセージを下さいます。お気になさらないで下さい」

「ああ、あなたの魂の権能はそのような形で顕れてるのね」

「権能……それは始まりのハイエルフだけが持つものではないのですか?」

「そうだけれど、稀に始まりのハイエルフと強固な繋がりを持つ場合、その権能を受け継ぐこともあるわ。例えば、スーリヤの娘が、師であるディオンヌの権能を受け継いでるように……でもごめんなさい、今は本題を優先させてちょうだい」

 マグダリーナは頷いた。


「ありがとう。私の肉体は聖エルフェーラ教国に有るのだけど、今は別の魂が入って動かしてるわ。セレンとハイエルフ達に伝えてちょうだい。決して騙されず、情けをかけてはいけないと」

「他の魂……って、そんな事が可能なんですか?!」

「ええ。その魂も、私の血を引いた遠い子孫……あなたの母方の祖母に当たるもの。僅かな血の繋がりと、彼女の執念がそれを可能にした……でもそれは、本来あってはならないかたち。それにレーヴィーがエルフェーラを復活させたいのは、その権能を自分のものにしたいからなのよ……」


 俄かにエヴァの姿が掻き消える。目が覚めるのだ。まだ聞きたいこともあるのに!


 まだ朝にもならぬ時間に、マグダリーナは目を覚ました。そしてお手洗いへと向かう。

 いくらなんでも、こんな時に限って、生理現象で夜中に目を覚ますなんてあんまりだった。

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