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229. 殺戮

 あれから数日たったが、あの年若い踊り子はライアンに無茶をすることはなかった。その代わり、迷いを抱えた顔で黙り込んでいることが多い。


 女神教に改宗して、リーン王国民になるというのは、余程難しいことなのだろうか……

 まあ国としても、いきなり流民を受け入れることはないのは分かるが、多分一番ハードルが高いのが聖エルフェーラ教からの改宗のような気がする。

 なんの縛りもなく、神も仏も己の都合で信じていた、前世日本の一般人だったマグダリーナには良くわからない感覚だが。


 そう思うと、リーン王国の国民は思ったよりも早く女神教を受け入れているなと思う。あの奇跡の神殿の効果が大きいのは確かだが、きっとずっと以前から、他国よりも教国への不信感が強かったのだろう……


 そしてライアンもあの夜から難しい顔をしている。踊り子に襲われたことよりも、血のつながりのある父親が、人とは呼べないような存在だと分かったからだ。

 あの後、マグダリーナとレベッカは、ライアンの手を握って、生まれがどうでも、もうライアンの父親はダーモットで、ショウネシー家の子であることは絶対変わらない。そう強く言い聞かせたが、それでも気持ちの整理には時間がかかるのだろう。


(難しいな……)


 人を理解するのも、人に寄り添い励ますのも難しい。ビジネスの場のように、スパッと答えを出しておしまいとは行かない……


「エステラに会いたい……」

 マグダリーナは小さな声で呟いた。


 こんなモヤモヤした気持ちのときは、あの明るくて優しい笑顔が見たい。


 きっと助けに来てくれる筈……多分馬車の魔導具が、マグダリーナ達の位置情報を知られないようにもしているのだろう。あの魔導具を、なんとか壊すことはできないだろうか……


 マグダリーナもぼんやり考えこんでいると、足元にぷるんとして冷やっとした何かが触れた。


「きゃっ」

 慌てて座っていた場所からずれると、知らないスライムがそこに居た。

 どうやら幌の破れた隙間から入り込んだようだ。


「やだー、スライムが入り込んでるじゃない!」

 二十代前半くらいの踊り子が、横笛を掴んだ。


(あれでスライムを殴るつもりなんだ……!)


 マグダリーナは咄嗟に、スライムを膝の上に乗せて抱えた。

 初めましてのはずの野生のスライムは、マグダリーナの膝の上で大人しくしている。


 横笛を持った踊り子は、呆れた顔でマグダリーナを見た。

「そんな弱いの庇ってどうすんのさ。すぐ死ぬんだよ」

「……だったら、わざわざ殺す必要もないでしょ」


 マグダリーナの反論に、踊り子は肩を竦めて、横笛を元の場所に放り投げた。

「はぁ……、子供ってそうよね。馬車の揺れでそいつが死んでも、メソメソ泣かないでよ」


「ありがとう」

「……何言ってんの?」

 本気で、何故お礼を言われたのか分からない顔をして、踊り子は仲間の輪に戻った。


「野生のスライム? ショウネシー領のスライムに比べて、大きいな……ギルギス国はダンジョンがあるから、魔獣も多いせいかな」

 ライアンがスライムを、不思議そうに見る。


「きゃあ」

 突然馬車が激しく揺れて、スライムは振動でマグダリーナの膝からぽよ〜んと飛び出した。レベッカが慌てて受け止める。


「ありがとうレベッカ」

「どういたしましてですわ」


「何が起こってるんだ……?!」

 そのまま激しく揺れ続けるのを、ライアンはマグダリーナとレベッカが怪我をしないよう、二人に覆い被さるようにして庇う。


 流民の踊り子や楽士達も、仲間の馭者にどうした?! と慌てて声をかける。

「馬がやられた!」

「戝か?!」

 男達の声がして、マグダリーナ達はエステラ達が助けに来てくれたのだと思った。


 だが次の瞬間、外の男達の断末魔が聞こえて、別の危機がやってきたのだと悟った。


 馭者台へ向かい、外を見た楽士の男の一人が、叫んだ。

「デナードの闇ギルドの奴らだ! 逃げろ!!」

「なんで闇ギルドが、アタイ達を襲うのよ?!」

「知らねぇ! そんなこと言ってる場合じゃねぇ! 死にたくなければ、とにかく逃げろ!!」


 だが楽士が外に出た瞬間、末期の叫びが響きわたる。




◇◇◇




「オイ!! 聞こえるか、流民ども」


 幌馬車の外から、男の声が聞こえてくる。


「オリガ婆ぁの孫をうちの競売に出そうってんだろ? 商品を迎えに来てやったぜ!」


 流民達の視線が、マグダリーナに集まった。

「『商品』を渡せば、いいの?」

 年長の踊り子が、確認する。

「ああ、パイパーはいるか? 『商品』と一緒に連れて帰る」


「…………パイパーは居ないわ」

「なんだと?」

「仕方なかったんだ! あいつは子供達を連れて来るのに抵抗した……っ」

 パイパーを刺した楽士が、慌てて言い訳する。


「そうか……でもその子供達は、そこに居るんだろう? 全員寄越せ。他には用はない」


 マグダリーナとレベッカ、ライアンの三人は、幌馬車の外に出された。知らないスライムを抱えたまま。


 血溜まりと転がる死体に気づき、レベッカがマグダリーナの腕にしがみつく。

 ならず者と言うには上等な服を来た、黒い手袋の男が一人、黒いフード付マントの男が数十人、ズラリと取り囲まれている。


「やれ」

 黒い手袋をした顔の良い男が、短く言う。

 マントの男達が一斉に、幌馬車を壊して、中の流民達を切り捨てていく。

 どさりと馬車から放り出されたのは、あの、生きたいと泣いていた、年若い踊り子だった。


「大丈夫……っ?!」

 マグダリーナは彼女に駆け寄ろうとしたが、強い力でレベッカと一緒にライアンに抱きしめられた。

「ダメだ、リーナ。あの人はもう……」

 マグダリーナは気づかなかった。彼女が放り出された時には、既に胸から下が無かったことに。


 黒手袋の男が近付いてきて、品定めするように、ライアンを見た。

「……パイパーにそっくりな、目尻の下がった目に、赤い髪……お前がパイパーの子か」


「……なんで殺したんだ……」

「あん?」

「俺たち意外、用はないって言ってたのに……」

「決まってるだろう、用がないから殺したんだ」


「…………」

 ライアンは黙って男を睨み付けている。マグダリーナはライアンの、激しい心臓の鼓動を感じた。きっと今、マグダリーナとレベッカを守る為に、必死に何が出来るのか考えているのだろう。


 黒手袋の手下が、壊した幌馬車から魔導具を取り出している。

「その魔導具を使うには、聖属性魔法の使い手が必要だ。そんな訳で、そっちの濃桃色の髪の子も連れて行く」


「お断りですわ!!! 私は絶対、ライアンお兄様と離れませんの!」

 レベッカが叫んだ。

 黒手袋の男は、肩を竦めてみせる。

「お嬢ちゃん、力があるものだけが、自分の道を選べる。それが世の中の仕組みで、女神エルフェーラの御心だ」


「「「違う!!」」」


 男の言葉を、マグダリーナもレベッカもライアンも、鋭く否定した。


 そして、ずっと聴きたかった声が、マグダリーナの耳に届く。


「そうね、エルフェーラ様はそんなこと思ってないわ。なんで十一番目の人はそんな教えを広めたのかしら……? あ、初めまして。そしてありがとう、私の大事な友達を外に出してくれて」

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