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228. ハーフの踊り子

 浅い眠りの中、マグダリーナは外の声で、ぼんやり目を覚ました。

 流民の男女が大人の時間を楽しんでいる声だった。


(まじか……魔獣も出るのに、お外で何やってんの……いや、馬車の中でされるより良いんだけど、あんたら仕事中じゃないの?!)


 マグダリーナの中の理奈だった部分が、思わず社会人としてのツッコミを入れる。攫ったライアンとレベッカを、無事教国に連れて行くまでが仕事だろうに。


(でもまあ、そうやって油断してくれてた方が、逃げ出す隙を見つけやすいわ……)


 寝直そうと意識を切り替えた時、くぐもったライアンの声が聞こえた。


「んん……、くっ」

「ふうん、本当に傷がなくなってる。なんなのこれ?」

「…………っ」


 ライアンが襲われているのを感じて、マグダリーナは慌てて腕輪の魔導具で、相手にめがけて光を放った。


「…………!!」


 信じがたいものを、マグダリーナは見た。


 ライアンの腕は縛られ、そのままシャツを捲りあげて、その布地を乱暴に口に詰められていた。

 そして一糸纏わぬ姿の、年若い踊り子が、ライアンに跨がり、眩しさに顔を歪めながら、その胸元とズボンの中をまさぐっている。


(想像してた襲われ方と違った――!!!)


 マグダリーナは目の前の状況に、すっかり頭に血が登って、そばにあったクッションを思い切り踊り子に投げつけた。光で目を覚ましたレベッカも、短い悲鳴を上げて、マグダリーナに続けてクッションを投げつける。


「まだ未成年のライアン兄さんに、なんてことするのよ、この痴女!! ヘンタイ女!!」


 マグダリーナが淑女にあるまじき罵声を浴びせる間に、レベッカは素早く動いて、踊り子の頬を叩いた。

 踊り子は床に叩きつけられ「何すんのよ!」と吠える。


「それはこちらの言い分でしてよ! ライアンお兄様は貴女の玩具にして良い存在ではないのだから!!」

「この……っ」

 立ち上がろう、立ち向かおうとする踊り子の背中を、レベッカは片足で踏んで制した。

「これは土属性の魔法を使ってますから、簡単に逃げられると思わないで」

「そんな魔法、聞いたこともない。やっぱりリーン王国は邪神を崇めてるのね」

「女神様のことを邪神ですって――?!」

 レベッカが、片足に力を込める。

「やめ……やめて……」


 その間にマグダリーナはライアンの衣服を整え、腕の縛めを解くと、ととのえるの魔法をかける。

 マグダリーナは呼吸を整えるライアンが、微かに震えているのに気づいて、エステラに男性用の下着も防御力高いの作って貰おうと思った。

「もう大丈夫よ、ライアン兄さん。私とレベッカがついてるからね」

 マグダリーナはライアンの背中をさすった。


「……情け無い」

 悔しそうな、泣きそうな顔のライアンに、マグダリーナは「しょうがないわ」と慰める。


「こんなこと、私達の誰も予想出来なかったわ。次から対策しましょう」


 踊り子の方も、レベッカに完全制圧されて、とうとう泣き出していた。

 マグダリーナとライアンは、適当に衣装箱を漁って、とりあえず踊り子が羽織るものを探した。

 サリーのような布地を見つけて、ライアンはレベッカに近づいた。その隙に、踊り子はライアンの足にしがみつく。


「お願い……! 貴方の子種をちょうだい! もう私にはそれしかないの……」

「意味がわからない」

 ライアンは素早く脚を引き抜き、距離をとる。


 マグダリーナは咳払いした。

「えっと……貴女はどうしてライアン兄さんの子供が欲しいの?」

「生き残るためよ」


 マグダリーナとレベッカは顔を見合わせた。


「あんた、エルフの女の寿命が短いのは知ってる?」

 マグダリーナは黙って頷いた。


「エルフとのハーフに生まれた女は、いつだって自分の寿命に怯えてる。エルフのように短いのか、人族の寿命まで与えられているのか……私ももうすぐ十七……もしかしたらあと一、二年で死ぬかも知れない……でも」


 踊り子は縋るような目で、ライアンを見た。

「あんたはゼフ様より完璧な器だと、婆様が言っていたわ。あんたの子はもしもの時の為に、絶対必要になる……! 私が孕めば、大精霊様はきっと寿命を延ばしてくれるわ……死にたくないの!!」


 マグダリーナは以前、エルロンド王国ではハーフは死か奴隷か流民の三択だと聞いたことを思い出した。この踊り子は、三択のうちの流民だったのだ……

 彼女が今までどんな環境で、どう生きてきたかは知らないけれど、なんて無茶苦茶な言い分だろう。それでもきっと、彼女なりに懸命に考えてたどり着いた答えなのだ……


 マグダリーナは、しゃがみ込んで踊り子を見た。そして静かに問いかける。


「お産も命がけだわ……理解してる?」


 踊り子は駄々をこねる幼子のように、激しく首を振る。

「何も為さずに死ぬより、子を生して死ぬ方がましだわ……」


 生き残りたいから子が欲しいと言ったのに、その答えは矛盾している。未来への不安が大きすぎて、目の前のライアンという都合の良い存在が目的にすり替わり、本当の願いを見失っているのだろう。


「……そう、ところで聖エルフェーラ教の神は女神エルフェーラだったと思うけれど、大精霊ってなに?」

「エルフェーラを女神になさった、偉大なお方よ」

「ということは、女神エルフェーラより上位の存在なのね。それでゼフ様って何者なの?」


 いつのまにか話題がすり替えられ、踊り子は気の抜けたように答えた。

「歴代の教皇とハイエルフの亡骸で、大精霊様がお造りになった、大精霊様の真の肉体となられる方よ。でもパイパーが産んだゼフ様の子の方が、大聖霊様と適合率が高いとわかったの」


 マグダリーナはガツンと頭を殴られたようなショックを受けた。


 大精霊とは間違いなく、元十一番目のハイエルフ、レーヴィーのことだろう。彼はエルフェーラだけでなく、己も肉体を持って復活することを計画していたのだ……しかもとんでもない方法で。ライアンの身体を使って。


「それは……それはライアン兄さんを殺すと言ってるも同じことよ? そんな事を考える存在が、ライアン兄さんの子を孕んだくらいで……貴女の願いを素直に叶えてくれると思う?」

「それは……でも、やってみないとわからないわ! このまま死んでくのは、いやっ!!」


 レベッカも思うところが出来たのか、踊り子に憐れむ様な瞳で語りかけた。

「そんな方法より、安全で確実に寿命を延ばす方法がありましてよ」


「まさか、そんな方法……」

「本当ですわ。実際エルフ女性の寿命が延びましたもの」


 踊り子は目を見開いて、レベッカを見た。


「女神教に改宗して、リーン王国民になれば良いのですわ」

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