225. 魔女の糸
「しっかりしてライアン兄さん、寝ちゃダメよ!!」
マグダリーナはライアンの手を握り、鑑定魔法で身体の状態を確認しながら、声をかける。鑑定には《治癒が間に合うまで、とにかく眠らせるな》とあるのだ。
馬車に掛けられている魔法の所為だろうか、どうにもレベッカの回復魔法が掛かりにくく、ライアンの傷口が塞がらない。マグダリーナも無詠唱で魔導具を動かしているが、普段あんなに毎日練習してるヒールが、対象じゃない何処かに吸い込まれる感じがして、全然ライアンを癒してくれないのだ。
「リ……ナ、ど……して……」
「何言ってるの?! ライアン兄さんの妹は、レベッカだけじゃないでしょ!!」
声が大きく怒鳴りがちになるのは、どうしようもない。めちゃくちゃ揺れるし、車輪の音も大きいのだ。この年季の入った幌馬車は。
揺れすぎて回復薬を飲ませようと思えば溢れるし、このままではライアンが出血多量で死んでしまう……。
因みに回復薬は傷口にかけても、効果があるはずだが、揺れて床に溢れた回復薬が、異臭を放って蒸発したのを見て、かける勇気が無くなった。この馬車の中の空間は、どうにもこうにもおかしい。
「なんで回復薬からこんな臭いがするのよ! おかしいと思わない? ライアン兄さん」
「あ……あ……」
「ヒラとハラは何色だっけ?」
「あ……おと、き……」
レベッカがとうとう、魔力切れで床に手をついた。息が荒い。全身汗だくだった。
流民の馬車に乗る前は、その結界にずっと拳を振るっていたのだから、無理もない。
踊り子達は、マグダリーナとレベッカが右往左往するのを肴に葡萄酒を飲んでいた。
「さっさと口移しで、ポーション飲ませなさいよぉ。その子生きて連れて帰らなきゃ行けないんだからぁ」
こんな状態だ。それも致し方なしとは思っているけれど、嫌なのだ。踊り子達の表情には、命と心をもて遊ぶ残忍さが見え隠れする。彼女達の言う通りにすると、とんでもない後悔をしそうな気がするから。
マグダリーナはライアンに話しかけながら、流民達に気づかれないようにと気を遣いつつ、ボロボロのレベッカにととのえるの魔法をかける。
レベッカが清潔で、乱れた髪も整い、令嬢らしさを取り戻したので、慌てて二人でととのえるの魔法をライアンに使う。
二人とも魔力量が充分な状態ではないので、完全ではないが、なんとか血の跡が消えて、出血が止まった。
マグダリーナにしか見えない、鑑定画面に、色とりどりのネオンが灯り、回りだす。ゲーミング鑑定画面だ。こんな時にやめて欲しいが、とんでもなくゲーミング鑑定画面だ。
《今こそ、スライムコラーゲンシートを使え!!》と!!!!
◇◇◇
パイパーはエルフとのハーフだ。
パイパーのいた流民の一団の殆どがそうだった。
母は必死にエルフの父から逃げて、運良く聖エルフェーラ教国でパイパーを産んだ。そして産褥で無理がたたって亡くなった。
生まれつき魔力量が多かったパイパーは、教国の王宮とも言える聖十一教会に引取られた。そして物心つく前から、諜報員としての訓練を受けることになる。
まだ四〜五歳の頃のある時、教皇付きのゼフに呼ばれ、赤子を抱えた一人の女性に会った。
緑がかった、不思議な水色の髪。同じ髪色の赤ん坊。
「お前がパイパー? 成る程、これなら使える。見目が良いのも気に入った。私はオリガ。この子はクレメンティーン。パイパーお前、これから私の手足になるんだよ」
それは文字通りの言葉で。
パイパーの意思など、全く関係なかった。
それからのパイパーは、ずっと苦しみの中にいた。どんなに抵抗しても、まるで操り人形の糸を手繰るように、オリガはパイパーに誘拐や人殺しをさせる。
それはオリガが大精霊様から、特別に授かった能力だという。
他人の身体を乗っ取り、意のままに操る能力だ。
ゼフとパイパーの婚姻も、パイパーの意思はなかった。初夜も何もかも、オリガが行った。パイパーはただ無力に涙するほかなかった。
リーン王国で懐妊に気づいた時、この子を決してゼフの子だとオリガに知られてはならないと思った。何がなんでも、ヘンリー・オーブリーの子にしなければ。
でないと、この子はパイパー以上の苦しみを背負う事になる。
それが無理ならいっそ、ライアンを殺して自分も死のうと……
◇◇◇
「身体を操られる……って」
治療院に着き、パイパーとオリガという流民の長との繋がりを聞き、ヴェリタスは言葉を飲み込んだ。
それは十一番目のハイエルフ、レーヴィーがセレンに行ったことと、まるで同じじゃないか。
ヴェリタスは、シャロンに呼ばれた意味を理解して、魔剣を鞘から引き抜いた。
目に魔力を集中させると、濁った糸のような靄が、パイパーに絡まっているのが見える。
ヴェリタスは、それを全て断ち切った――――
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