223. 魔剣
「トニー?」
呼ばれた気がして、ヴェリタスは振り返る。
辺りは不思議な緑の靄に包まれていて、まるで水中にいるように、緑の濃淡がゆらめいている。
気がついたらここにいて、ぼんやり彷徨い歩いていた。
透明で輝く羽を持った、丸い小さな光が、ヴェリタスの周りを飛び交っている。
この羽には見覚えがある。
以前ヨナスが見せてくれた、妖精の羽だ。
「お前ら妖精?」
それは肯定と言うより、話しかけられて嬉しいという感じで、妖精達はヴェリタスの周りをくるくる回った。
「ここどこ? 俺、なんでここに居るんだ?」
妖精達はヴェリタスの袖を引いて、彼の歩みを急かした。
やがて目の前に、何かに突き刺さった、一本の剣が見えてくる。
「ああ、そうだった」
剣の刺さっているものを見て、ヴェリタスは思い出した。
「俺、刺されたのか」
そこには、ヴェリタス自身が、魔剣に胸を貫かれ、横たわっている。
「油断したなぁ……まさかあの時点でもう動けるとは思わなかった」
ヴェリタスは、そっともう一人の自分に刺さっている魔剣を撫でる。
「すげぇ剣だったよお前。魔法まで斬っちまうもんな」
――汝が我を振るうなら、まず何を斬る?――
魔剣が問いかけて来た。
「え? そーだな。本当に何でも斬れるなら、とりあえずお前に刺されて死ぬって運命を斬っておくかな」
――では成してみよ――
「軽々しく言うなー」
一応ヴェリタスはそのまま剣を抜こうとするが、びくりともしない。
これはもうこの形で、死の運命として固定されているのだ。
だったら。
ヴェリタスは目を瞑り、先程の魔剣の声を思い出す。そしてその印象と、精霊を、右手に強く意識する。
妖精達が踊り出した。
ヴェリタスの手には、もう一本の魔剣があった。
そして目の前の運命を、迷いなく両断した。
◇◇◇
「……さん、ルタ兄さんっ」
「トニー……」
ヴェリタスが目を覚ますと、アンソニーは思い切り抱きついた。
「良かった……無事で本当に……感謝します女神様」
「他の……皆んなは、」
起き上がったヴェリタスは、泣きじゃくっているナードを見て察した。
真っ二つになったチャーは、ルシンが現れると、自己再生が始まって、元の姿に戻った。
「ルタ様ーぁ」
「チャー……再生出来たのか。良かった」
「ルタ様こそご無事で……あ、これどうぞ」
そう言ってチャーがヴェリタスに渡したのは、見た目は変わっているものの、間違いなくヴェリタスに刺さった魔剣であるのがわかった。しっかりと鞘に収まっている。
「この鞘は……それに見た目が変わってねぇ?」
「そこは妖精の贈り物だな。随分と気に入られたもんだ」
ルシンは己の杖をヴェリタスの魔剣に翳す。
「我、白の神官たる三番目のハイエルフが、その権能を持って願い奉る。女神よ、妖精の贈り物たる魔剣に祝福を与えたまえ」
ヴェリタスの剣は虹と白銀の輝きに包まれ、やがてその輝きを吸い込んでいく。
「ルシン兄、ありがとな」
ルシンは黙って頷いた。
◇◇◇
アンソニーとグレイの報告を聞いて、ショウネシー邸のサロンでは、マグダリーナ達を救出するための緊急会議が開かれていた。
ルシンが捉えた魔剣の元の持ち主は、現在冒険者ギルドでアーベルが情報を聞き出す為に尋問を行なっている。
パイパーの傷は致命傷ではないが軽くもなく、こちらも治療院でイラナの治療を受けながら、事情聴取だ。治療院とはアッシで映像が繋がっていた。
もう一箇所アッシで通信が繋がってる所では、女性の泣き声が聞こえてくる。
王都の中央街での事件を聞きつけた、オーズリー公爵、ヴィオラだ。
『アタクシが流民の話をしなかったら、こんなことにならなかった……』
「貴女のせいでは、決してない。捉えた流民から聞き出したことによると、元々うちの子達を狙っていたようだ。それにハイエルフ達が救出を手伝ってくれる。公爵はまだお身体が本調子ではない、安心してゆっくり休んでいただきたい」
公爵の横で、むくむく大きくなるセワスヤンを気にしながら、ダーモットがアッシの通信越しに、ヴィオラを宥める。
ぐまぁぐままー
ぶぶぶぶぅぅぅぅ
目をぱんぱんに腫らして、未だ泣き続けているナードとヴヴを、ヒラ、ハラ、モモが宥める。
どうやら二匹とも、従魔契約は切れていないのに、主人であるレベッカとライアンとの繋がりが途絶えて、不安で仕方ないらしい。
タマにはそっとシンが寄り添っていた。
「聖エルフェーラ教国には、対ハイエルフの結界が張り巡らされている。教国に入る前に三人を救出する必要がある」
真剣な眼差しのニレルに、アーベルとイラナ以外のハイエルフ達が頷く。
「とはいえ、先日のマンドラゴラの罠もある。僕らが三人の救出に気を取られている間に、シャロンやセレンが狙われることがあってはならない。ショウネシー領は決して手薄にできないから、」
「私が行く」
当然のようにエステラが言う。
「僕も行きます! 必ず助けに来てとお姉さまに言われましたから!!」
「俺も行く!!」
続けてアンソニーとヴェリタスが名乗りでる。
「そこは今後の作戦によって決める。エステラ、ゼラを借りていいかい?」
「いいけど、まさか教国を……?」
更地にしちゃうの……? と瞳で問いかけるエステラに、ニレルは首を横に振った。
「それは本当にどうしようもない時の、最後の手段だ。ドミニク」
ニレルに呼ばれたドミニクは、蕾が花開くかの様に顔を輝かせた。
「はい! 我が君!!」
「僕の命令で、命を捨てられるか?」
ドミニクは目を見張り、それから僅かに呼吸を深くした。
「我が君が、望むなら」
「生き残るために、ベンソンに従っていたのに?」
ドミニクは、キヒヒと笑う。
「確かに命は惜しいが、我が君が私を望むと言うなら、全て捧げよう。貴方は特別なのだ。私にとって貴方に従うことは、精霊に対する親愛であり贖罪であり、またそのどれとも違う、表現しがたい何かだ。それは生きるか死ぬかと別の天秤の皿の上にある。何なりと命じていただきたい」
ニレルはドミニクの覚悟に頷いた。
「ではゼラと一緒に、教国へ先回りして、リーナ達が教国に入国するようなことがあれば、足止めをしてほしい。やり方は任せる。必要なものがあれば用意しよう」
「かしこまりました」
「ゼラ、ドミニクさんをよろしくね」
『うむ、ワシが付いておるから、嬢ちゃんも安心して成すべきことをするんじゃよ』
ドミニクは早速、ゼラを連れて準備に向かった。
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