220. 笛の音
穏やかな春は、はやく過ぎる。来たる王の生誕祭に向けて、貴族達は準備に慌ただしくなるのだ。
生誕祭が終わると、学園は夏休みに入る。今年こそは平和な夏休みになるだろうと、マグダリーナは確信していた。
何故なら、シャロン伯母様はお腹が大きくて、今年の生誕祭は欠席なさるし、それに便乗してショウネシー家も欠席を決め込むからだ。つまり誰もショウネシー領から出る予定はない。
ヴェリタス以外は。
「ルタ、今年は夏の討伐戦は欠席にしない?」
「いや、しねーよ。魔獣は間引かなきゃならねぇし」
「そうよね……今年の夏は何事もなく過ごしたいんだけど」
マグダリーナはため息を付いた。
「例の精霊もまだ動けないはずだから、普通に大丈夫だろ。俺もエステラの魔導具持ち込み許可貰ってるし」
珍しく領地経営科の教室に来て、ヴェリタスはおしゃべりする。
この時期になると、ショウネシーの魔法使いの魔導具を欲しがる、魔法科の生徒に突撃されて面倒なんだそうだ。
「なんでリーナやトニーじゃなく、ヴェリタスに話がいくんだ?」
ライアンが不思議そうにした。
「そりゃ俺が同じ学科にいて、手頃だからだよ。本来ならリオローラ商団か、商団と取引のある商人から購入するのが筋なのに、縁故で無理矢理入手しようとしてんだから。流石に伝手の無いリーナやトニーには、無理は言えないって」
「ああ、なるほど。そこで印象悪くすると、二度と手に入らない可能性も出てくるしな……」
「あら、ヴェリタスも居ましたの?」
レベッカがひょっこりと、領地経営科の教室にやってくる。男子生徒の多い教室なので、皆レベッカを意識して姿勢を正しはじめた。
マグダリーナは笑いを噛み殺して、レベッカを迎えた。
「どうしたのレベッカ。ライアン兄さんに用事?」
レベッカはふるふると首を横に振る。
「実はヴィヴィアンお姉様が、今日欠席なさってますの。心配で通信してみますと、公爵様がお風邪を召して、看病されてたヴィヴィアンお姉様もうつってしまわれたそうで……帰りに手持ちのお薬をお届けしたいんですの」
ヴィヴィアンも公爵も、エステラの真珠の腕輪型魔導具を身につけている。おかげで気軽に通信魔法で連絡をとりあう事ができた。
マグダリーナは頷いた。
「そうね、公爵家にもポーションはあるだろうけど、マゴーが作った物の方が高品質だものね。ついでに金と星の工房で、スラゴーに果物も分けてもらいましょう」
すっとヴェリタスに寄り添っていたチャーが手を上げた。
「では私が先にスラゴー達から果物を貰い、公爵家に届けて、皆さんが寄られる事をお伝えしておきます!」
「助かるわ。お願いね、チャー」
チャーは嬉しそうに手を振って転移していった。
◇◇◇
「ようこそ公爵家へ。ショウネシーの皆様」
オーズリー公爵家へ向かうと、公爵家の執事と、凄腕の服飾職人だと聞く公爵代理夫人……ヴィヴィアンのお母様が出迎えてくれた。
流石豊かな金鉱を持つ公爵家なだけあり、その邸宅はとても豪華で洗練されている。
薬香草を焚いているのか、邸内は爽やかな緑の香りがするが、そここに居る小精霊に元気が無いような気がして、マグダリーナは何となく嫌な予感がした。
それを裏付けるように、マグダリーナの肩でタマが珍しく難しい顔をして、モニョモニョとマグダリーナの肩を揉んでいる。
「果物を頂けて助かりましたわぁ。二人ともあまり食欲が無かったのに、頂きました果物は美味しいと食べてくれましたのよぉ」
マグダリーナ達は訪問客用の部屋に通され、お茶とお菓子のもてなしを受けた。
レベッカが回復薬をいく種類か、夫人に渡す。その中に浄化と解毒のポーションも用意しておいた。
とうとう、タマが我慢できずに飛び出した。
「なんか変な臭いしてモヤモヤするー。タマ、ヴィー達のお部屋入っていいー? いいよね? スライムだもん。スライムなら寝衣姿見ても大丈夫ー! スライムだからー!」
(――しまった――――!!!)
マグダリーナが止めようとした頃には、あっという間にタマは階段を登って見えなくなった。
こうなるともう、マグダリーナは覚悟を決めて米搗バッタのように、何度も頭を下げるしかない。
「すみません。うちの従魔が失礼を! 本当にすみませんっっっっっ!!」
公爵代理夫人はおっとりと微笑む。
「まあ……うちの公爵と娘の為に動いて下さってるみたいだから、そんなお気に病まないで。でも事情は教えて下さると嬉しいわぁ」
「はい……あの、タマは聖属性の特殊個体スライムでして……スライムは環境の魔力に敏感なので、おそらく浄化を必要とする何かを感じ取ったのではと」
「なるほど……うちの人も寝込むくらいタチの悪い風邪を貰って来たと思ってたけど、そういうことでしたのねぇ」
「え? 公爵代理も伏せっていらしたのですか?!」
マグダリーナは驚いて、それからタマがそこら中で浄化の光を放っているのを感じた。
「オーズリーの直系も魔力には敏感で、合わない魔力に当てられるとすぐ体調を崩しますのぉ。私は傍系なのでそこまで敏感ではないのですけど……うちにもスライムをテイムして置いておこうかしらぁ」
「いい考えね。今度精霊の森に、使えそうな子を探しに行くわ」
「まあ、ヴィオラちゃん、そんな格好で……!」
オーズリー公爵が、寝衣にガウンを羽織った姿で現れる。
「許してちょうだい。着替えるのも億劫なのよ」
公爵はそう言って、レベッカの用意した浄化解毒薬、魔力回復薬、回復薬を順に飲み干して、ソファに身を預けた。
「お薬はまだありますから、置いて行きますわ。まだお休みになった方がよろしいのでは?」
レベッカが心配そうに、公爵を見た。夫人も頷く。
「……この時期に珍しく、中央街で流民の一座が芸を披露してるのよ」
公爵は気怠げにそう言った。
「多分あれが原因よ。若い踊り子に混ざって、年嵩の女が笛を手に踊っていたわ……踊りは見事! だけどあの笛の音を聞いてから、気分が悪くてよ。精霊の悲鳴に聞こえるの。早く別の国に移動してくれないかしら……」
「公爵様、エステラの真珠は身につけていらっしゃらないのですか?」
アンソニーが首を傾げる。
「ああ、真珠は弱く傷つきやすいという意識がどうも抜けなくてね……大切なものだからとしまって……」
アンソニーとマグダリーナ、レベッカは首を横に振った。
「エステラの真珠は魔獣製なので、熊に齧られても傷つくことはありません。それに浄化の力もあります。公爵のように、魔力に敏感な方は、常に身につけておいた方がいいと思います」
アンソニーの力説に、公爵は頷いた。
階段を駆け降りてくる音が聞こえたと思うと、ヴィヴィアンがタマを抱えて現れた。こっちはちゃんと身だしなみを整え済みだ。
「全快なんですのーぉ! タマちゃんはすごいのですわぁ」
元気なヴィヴィアンの笑顔に、皆んなほっとする。
「セワスヤンもラムちゃんと一緒に寝かしつけましたの。叔母様も安心して、お休みになって」
「そうさせてもらうわ。アタクシは失礼しますけど、君達はゆっくりしていって」
公爵は手をヒラヒラ振って、寝所へ戻った。
公爵代理の方も浄化は済み、今は仕事疲れでそのまま寝ているそうだ。
もしも面白ければ、ブックマークと評価をお願いします!




