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216. 孫はスライム

「くっははは、こりゃあ見事なもんだ」

 上空からバンクロフト領を見下ろして、エデンは笑う。

 エステラは杖でエデンの膝裏を突いた。


「おぉっと、お行儀が悪いぞ、エステラ」

「そんなことない。エデンの笑い方の方が品がないもの」

 エステラは唇を尖らせて膨れる。


 ずっと彼方を見ていたニレルが、見つけた、と呟いた。

「僕は少し、鳥の始末をしてくる」

「油断するなよ」

 エデンはニヤニヤ笑って、ニレルを煽ったが、ニレルは一瞥しただけで、気配を消して転移した。




「うーん、美味しいっていうのと安全に土から出せるのは必須条件で、後はどんな風に改造しようかしら……」

 エステラは杖を抱えて、考えこむ。


「ヒラはぁ、スライムみたいに丸っとしてるとぉ、かわいいと思うのぉ」

「丸っとかぁ……あー蕪ら食べたいっ。味と食感は蕪らに近くしよう! 後はマンドラゴラ達の意向も重視してあげないとね」


 ハラとヒラは、うんうん、と頷く。


「マンドラゴラの意向ってナンダ?」

 エデンはハラを見た。

「素人は黙っとれなの」

「…………」


「もう少し案を練りたいから、エデン先に土地とマンドラゴラの浄化をお願い」

「オーケイ」


 マンドラゴラ達は普通の状態と違い、穢れを纏っている。このままではバンクロフト領で大事な豆が取れなくなってしまう。

 エデンは漆黒の杖を翳して、バンクロフト領全域に浄化魔法をかけた。


 ところが、想定より手ごたえがない……エデンは肩透かしを食らって、エステラを見た。


「んっはは。どうやら我らが王は、姫の願いはお見通しだったらしい。時間差で俺より先に穢れを祓ってしまったようだぞ」

「やっぱり、仕事ができて家事もできて料理の美味しい、自分を好いてくれてる優しい男は手放し難いものなのよ……エデンも見習った方がいい」


「くっは、俺の場合はあとは料理かね? でもディオンヌは好きだっただろう? 料理するのが」


 エステラは額の精石に触れた。

「エデンはどんなにイイオトコになっても、ダメだったと思う……」

「なんでだ!?」

「……もう時効かな……お師匠は生まれつき生殖機能に欠陥があったそうなの。つまりエデンを受け入れても決して子を成すことが出来ない身体だったの。あとは察して」


 エデンはくしゃりとそのハンサムな顔を歪めた。

「俺はそんなこと……ああでも、そうだ。どんなに長く生きても、ちゃんと大事な事を話し合って来なかった、俺たちの結果がこれか……待てよ、だとすると」


 エデンはエステラを見た。

 エステラは頷いた。


「そう、お師匠の精石を受け継いでハイエルフになった私もそう。この精石には生殖機能が備わってない。だから、エデンの孫は、ヒラよ!」


 ヒラは輝くイケスラパウダーを撒きながら、ぷりんとスライムボディーを反らす。

「ヒラはぁ、タラにベビぃから育てられたからねぇ」


「長生きしてくれ、エステラ……」

 その囁きは、エデンの心からの言葉だった。




◇◇◇




 ニレルは怪しい魔力を纏った白い鳥を、魔法で作った鳥籠に捕える。鳥はなんとか逃れようと、強かに暴れるが、ニレルは決して、それを許さなかった。


 ――なるほど、確かに何者かと、魔力が繋がっている。


 魔力の細い糸を辿るように、ニレルはバンクロフト領にばら撒かれた穢れと、マンドラゴラ達が発する穢れをそのまま刃にして術者に返した。


 もしセレンが言うように、教国が関わっているなら、容赦はいらない。そうでなくとも自業自得だ。


 彼の国と十一番目のハイエルフだったものは、必ず《神の御座位》と、十一番目の欲しがった、エルフもしくはハイエルフの女子の条件に合う、エステラを狙うはずだ。

 ハイエルフの肉体が完全に安定するのにかかる期間が百年……おそらくレーヴィーは百歳未満のハイエルフの女子の肉体を、エルフェーラのそれへと改造するつもりなのだろう……あの国に、対ハイエルフの特殊結界さえ無ければ、ディオンヌが生存中にとっくに滅ぼしていたものを……


 ニレルとディオンヌは、教国へ向かおうとした事があった。

 だが転移魔法で移動することも、歩いて中へ入ることも叶わなかった。


 エステラが生まれる千年近く前のことだ。


 あの時は結界に女神の神力を感じて、形はどうあれ、エルフェーラの名を冠する国に女神が祝福を与えているからだろうと、ディオンヌにしては珍しく様子見だけで引き下がったのだ。


 レーヴィーが関わっていたと知れた今なら、納得出来る。彼はディオンヌの権能を一番警戒していた。あの結界は対ディオンヌ用と言ってもいいだろう。

 それをディオンヌが放置したということは。


 ――僕にあれをなんとかしろ、ということだ……


 絶対その為に、わざと手をつけずにおいたのだ。


 ニレルは黙って空を仰いで、それからエステラの所へ戻った。




◇◇◇




「おかえり」

 エステラに笑顔で迎えられて、ニレルは胸に灯る優しい輝きを、そのまま笑顔で返した。

「どうだい? マンドラゴラの方は上手く行きそうかな?」

「うん、大体のイメージは掴めてきたわ」


 エステラは杖を構えて深く息を吸った。


 エステラとその杖がふわふわ淡く輝きを帯びる。小精霊が集まって来たのだ。

 そして地上のマンドラゴラの葉と実の魔石も、同じように小さくふわふわとした輝きを帯びだし、エステラの周りの小精霊達と同じ鼓動で瞬きをはじめた。


 それから徐々に、エステラの魔力が、そこに混ざりだす。


 ちるチリと心地よい不思議な音色が、空気を震わせて聞こえてくる。


 美しい魔法だ。

 優しいのに有無を言わせず、その心地良さで対象を無抵抗にしてしまうような、圧倒的な『力』がある。

 ニレルとエデンは目を細めてその様子を見た。

 バンクロフト領のマンドラゴラは、余さずエステラに改造されてしまうだろう。


 やがてしっかりとしたマンドラゴラの緑の葉は、葉脈に光を湛えて透き通る。赤い魔石の実も、透き通った淡紫や淡桃、淡水色とその姿と質を変えていく。そして、葉の間から、淡い虹色の帯のようなものが伸び上がると、


 マンドラゴラだったもの達は、一斉に空に飛び立った――

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