207. 新しい曲
「異教の王よ、ついでに私共の発言をお許し頂けるでしょうか」
――――ついに来たか。
マグダリーナは内心頭を抱えた。
「異教……ふむ、確かに我が国は世界で唯一、国教が違うな。聖エルフェーラ教国の使者よ。発言を許そう」
「永きに渡る聖エルフェーラ教の教えを捨てて立ち上がらせた女神教とやらが、どれほどの物かと思えば、女神エルフェーラを精霊などと貶め、動画などという大衆を惑わす物を利用して、まやかしの創世の女神などを擁立する詐欺のような行為ではありませんか。これは悪です」
会場が、ざわつく。
セドリック王は目を細めた。
「他所の国がどんな神を崇めておろうが、其方たちが干渉することではあるまい。女神教は別に、他教を否定はせん。神に祈る心は等しく神聖で尊いものであろう。其方らのように女子供を攫って、売り渡すこともしておらん。何が悪か?」
教国の使者は、真っ赤になって激昂した。
「なんという無礼な!!」
「無礼は其方であろう。他国の祝いの場にわざわざ水を刺しに来たのだからな」
教国の使者は各国の客人に向き合った。
「ご覧下さい皆様、やはり女神教は悪しきものです!! 一国の王をこれほど無能にした!!」
国賓達は、強く同意する者と、関わりたくないといった様子のものと、華麗にスルーしているもの、興味深く見物するもの様々だ。
だが、一国の王をその国で、堂々と無能呼ばわりしたのだ。これは敵対するぞと言ったも同然。
エリック王子は大袈裟にため息を吐いた。
「教国では長年、信仰を政治に利用して来たのでそれが当然と思っているのでしょうが、我が国相手にそれはやめた方が宜しいでしょう。話が長引くだけだ。本題をどうぞ。簡潔に。ああ、国王を侮辱した貴方は、もう王と直接話すことは出来ません。私がお相手致します」
(――――やめて。これ以上余計なこと言わずに、さっさとお帰りになって)
マグダリーナは、心の中で必死に祈った。
教国の使者は勝ち誇った顔をした。
「女神エルフェーラの恩恵を否定する蛮族には、今後貨幣を売ることなど出来ませんな。ただし、我が国の聖女を貴方の妃に迎え、セドリック王から貴方に譲位が行われるなら、女神もお許しになるでしょう」
「は! いやらしい言い方ですこと」
オーズリー公爵がこれみよがしに言った。
多くの貴族達が内心頷いていた。
多分この時、マグダリーナは淑女にあるまじき表情をしていただろう。
エリックは立ち上がって、宣言した。
「断る。私の妃は、私の腹心たるマグダリーナ・ショウネシー子爵が選定する」
会場中の視線が、マグダリーナに集まった。
(――そんなの聞いてない――!!!!)
マグダリーナは心の中で絶叫を上げた。
泣きたい。
「では今後、リーン王国は貨幣を使えなくなりますなぁ」
教国の使者はいやらしく笑った。
「そんなことはない」
エリック王子は、落ち着いていて、自信に溢れていた。
そして従者に、ハイエルフが祝いの品だと渡した銀の箱を持って来させた。
蓋を開け、皆に見えるよう、中から一枚取り出す。
「これは、今後我が国で造幣し、我が国で使用する新たな貨幣だ。このリーン王国の貨幣だ! 単位はレピとする。今私が持っているのは小銀貨、百レピだ。大きさや単位等は混乱せぬよう、従来のエルと同様にしてある。エルがレピに変わると思えばいい。そして造幣を担うのは、ハイエルフ殿達の商会、ディオンヌ商会だ。レピは何者にも偽造出来ぬ貨幣だ。魔魚の鱗を加工して、純度の高い金銀銅で特殊象嵌してある」
おお、と、貴族達から感嘆の声が上がる。
「国内のエルは、今後一年かけてレピに変えていく計画だ。諸侯らには明日、詳しい説明会を設ける」
そして教国の使者を振り返った。
「そういう訳ですので」
「しかしながら、国内はそれでいいとして、国外との取引はどうするつもりですかな?」
「既に教国と他数国の国は、我が国への輸出を禁じていますよね。取引のない国には、関係のないことです」
エリック王子は、柔和に微笑んだ。
◇◇◇
舞踏会はひとまず何事も無かったかのように、再会した。
「リーナお姉様、どうして王太子妃選定役になんてなってしまったの?!」
レベッカが驚いて聞いてくる。他の家族やヴェリタスも頷く。
「私の方が知りたいわ……!!」
マグダリーナが聞いていて、任せられたのは、明日のレピ説明会だけだったはずだ。だけだったはずなんだ……!!
そこへ、意外な方がやって来て、これまた意外な方をダンスに誘った。
「オーズリー公爵、私と一曲踊っていただけませんか」
「…………アルバート殿下……」
ヴィオラ・オーズリー公爵は、意を決して、社交界出禁の原因になった、王弟殿下の手を取った。
エデンと踊った舞踊と違い、公爵は今度はしっかりと相手の肩に手を回し、音楽に合わせて身体を動かす。
「先程の舞踊は素晴らしかった。一族に伝わる神秘に触れさせてくれた事を、感謝するよ」
踊りながら王弟殿下はそう言って微笑んだ。
ヴィオラの瞳には、硝子の様に涙が張り付いている。今にも溢れ落ちそうだった。
アルバートは、学園時代に彼女が自分を慕ってやらかしたことを、その時ようやく思い出した。
「違うわ……アナタはもう、アタクシの愛した殿下ではないのね……」
アルバートは苦笑いした。彼女の時間は止まっていたのだろう、少し前の自分のように。
「それは……私も公爵も、もうすっかり大人になってしまったからね」
ヴィオラはアルバートから視線を外さぬまま、静かに涙を流した。
「アタクシはアナタを守って差し上げたかった……アタクシの婿にして、王家の檻から解き放って、精霊の森で美しいドレスを着せて、木漏れ日の中で自由にさせてあげたかった……」
「…………っ、」
アルバートは声を失い、ヴィオラを見た。
「アタクシが魂から愛した、不自由で壊れそうな少女は、もう何処にも居なくなってしまったのだわ……」
とうとう堪えきれず、ヴィオラはアルバートから離れて走り出した。
「待ってくれ!!」
アルバートは咄嗟に追いかけて、ヴィオラの肩を掴んだ。
そして、はっとして手を離す。
「すまない……かける言葉が思いつかないんだ……でも……せめてこの曲が終わるまで……」
アルバートは跪いて、ヴィオラに手を伸ばした。
ヴィオラはそっと手を重ね、呟いた。
「莫迦ね。もう曲は終わってるわ。でも、もう一曲……付き合ってあげてもよろしくてよ」
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