198. 婚約破棄騒動
大体の方向性が見えてきたので、王弟殿下のことはエステラとヴァイオレット氏に任せて、マグダリーナは直近の行事……学園の舞踏会の準備に取り掛かることにする。
パートナー問題に関しては、マグダリーナとヴェリタス、レベッカとライアンで完全に身内でなんとかできるので問題ない。
それでも、数少ない手持ちのドレスの中から、どれを選ぶか悩むのだ。
エリック王子から頂いた布地で、ヴァイオレット氏にオーダーしているドレスは本番の社交用……エリック王子の成人の祝いの舞踏会のための物なので、学園の舞踏会用にはわざわざ仕立てない。
平民のチュニック一枚が六万から七万エルする世界なのだ。
特に女性のドレスはすごく高価……いいや、ものっすごく高価。
マグダリーナとレベッカはこれからの成長に期待したい年齢なので、マゴー制作班に今までのドレスのサイズ直しとリフォームをしてもらう気でいた。
もちろんライアンも。
ナード達のかっぱらい品にあった上質の麻布は、男性用のチュニックとズボン、女性用のワンピースに仕立てられ、領民達に配られた。皆もったいなくて、新年に着ると言っていたらしい。それまでに腕に覚えのある女性達は、そこにつける刺繍などの手仕事を請け負って小金を稼いでいた。
本来なら、こういう物価の高い物を消費して経済を回すのが貴族の役目だが、ショウネシー家はまだまだ財が少ないと言って良い。決闘騒ぎで得た五億エルの慰謝料も、貴族として普通に生活していたら、容易く消費できてしまうことが想像できてしまう。マグダリーナには、怖くて思い切った贅沢はできなかった。
全てはこの世界の物価が高すぎるせいだ。
多少の道具は使用しているとは言え、原材料から加工まで手作りの上に、商人が仕入れる為の費用と利益が乗せられ販売される。
それは場合によっては仕入れ原価の何倍にもなったりするのだ。魔物も賊も出る商団の旅程は、命懸けでもある。
マグダリーナとレベッカは、おしゃべりしながら、ドレスを真剣に眺める。
「こっちはお茶会用だったかしら? 色は好きなんだけど……」
マグダリーナの呟きを拾って、マーシャが他のドレスを持ってきた。
「そちらはお茶会用ですわ。舞踏会用はこちらとこちらになります」
「何が違うのかわからないわ……」
途方に暮れるマグダリーナに、マーシャが教えてくれる。
「スカートの膨らみ具合が違うんですよ。お茶会や晩餐用は座っていることの方が多いので、芯材などは入れずにペチコートを重ねるだけですけど、舞踏会では踊った時に綺麗に見えるよう、皺にならないよう、魔獣のヒゲを芯材にして、形を整えているのですわ」
「ぱっと見わからないものなのね」
「それは制作者の腕が良いからですわ」
マーシャはそう言ってぱぱっとマグダリーナにドレスを当てると、ベースにするドレスの候補を決めてくれた。
元々の手持ちが少ないので、ドレスの用途が分かれば、悩むほどのことではなかったのだ。マグダリーナは、己の勉強不足を反省した。いまこの一時は。
◇◇◇
学園の生徒達ももちろん、舞踏会に向けてそわそわしていた。
主にパートナー選びについてだ。
婚約者がいるものは、その相手をパートナーにするのが通例。だが中等部で婚約者が決まってる者は多くない。
「マグダリーナ嬢は舞踏会のパートナーはもう決まっているの?」
クラスメイトの男子が声を掛けてきた。周囲が耳をそば立てている気配がする。
「ええ、従兄弟のアスティン子爵にパートナーをしてもらいます」
領地経営科は男子が多いし、事情通も多い。この答えは予想の範囲内だろう。
彼らには別の目的がある事を、マグダリーナは熟知していた。
「それじゃあ妹さんは?」
そうら、来た。
マグダリーナはにっこり笑って、背の高い赤毛の少年を手で示す。
「いやいやいや、あいつモテるんだ。今朝からずっと、女子からの申し込みを断ってるんだぜ。妹さんのパートナーは僕がするから、あいつに他のパートナー選ぶよう説得してくれない?」
「まあ、気づかなかった……ライアン兄さんそんなに?」
いや、本当に実際そんな場面は見ていない。
本当だとするとどこでそんなドラマが展開しているのか、確認しないといけない。
「とりあえず、レベッカと相談はしてみるわ」
男子生徒は喜んだが、タマが容赦なく言った。
「相談するのはお前のことじゃないのー。ランのモテ現場を見学することなのー」
「すみません、うちのスライムが失礼を……というわけで、目撃場所を教えていただけませんか?」
「交換条件は?」
領地経営科や文官科はこういうところがある。情報もタダでは教えない商人気質だ。将来交渉事も仕事になってくるし、それは別にいい。
問題はマグダリーナが何を提示できるかだ。
彼はレベッカを舞踏会のパートナーにしたいのかも知れないけど、可愛い妹を交渉事に使うわけにいかない……家政科の誰かを紹介するか……
マグダリーナが高速で考えていたとき、またしてもタマが。
「そんなこと言ってるから、モテないのー」
「タマ! すみません本当に」
「タマ嘘言ってないよ! 女の子に交換条件だす男の子最低だもん」
「これは商人同士の情報交換みたいなことだから、別にいいのよ」
「知らないもん。周囲のニンゲンそこまで分かんないもん。最低の男の子だとしか見えないのー」
「なるほど、確かに一理ある……」
男子生徒は妙に納得して、タマの言葉に価値があったと、ライアンモテ現場発生地点を教えてくれた。
マグダリーナは早速、腕輪の魔導具で周囲に音が漏れない魔法をかけて、レベッカに通信を送る。
『リーナお姉様どうしましたの?』
「クラスメイトから、ライアン兄さんがモテモテで女子からのパートナーの申し込みを断りまくってるって聞いたの」
『女子から!? 普通女子から誘いに行きませんのよ? どういうことですの? あ!』
「何か心あたりあったの?」
『その……家政科のお姉様方や婚約者のいた方で、婚約破棄された方が複数人いらっしゃるようで……』
レベッカにしては、歯切れの悪い喋り方だ。
「それで?」
魔法通信越しに、レベッカのため息が聞こえた。
『私に不適切な態度をとっていたことが、婚約者側の家にバレて破談になったそうですの……それで、何人かの方に婚約破棄を取り消すよう執りなして欲しいと言われまして……』
それは。
どんだけ面の皮が厚いんだか……
「それはレベッカに何の関係も責任もないことだわ……もし、しつこくされたら家同士の問題なのだから、お父様を通すように言ってあしらっておくのよ」
『わかりましたわ。リーナお姉様もライアンお兄様を見に行く時は、必ず私にも声をかけて下さいね!』
「ええ、もちろんよ」
魔法を解除して、マグダリーナはタマに向き合った。
「そういえばタマちゃんって、スライムの割には、人の恋愛について興味深々なのね」
ここ最近観察して思ったのだが、実際よく見ていて、今すれ違った子はあの男の子が好きーとか言っている。
そしてまるで答え合わせのように、タマが看破した相手の鑑定にも、そんな個人情報が追加される。
「タマねー、人がお家だったし、人の繁殖行動には興味深々なのー。スライム繁殖しないからねー。リーナが子作りする時も、タマが隣で応援してあげるねー」
無邪気な笑みでタマは言うが、マグダリーナの返事は一つだ。
「絶対、ダメよ!」
「ええぇ」
タマは不満そうだが、どんなに可愛いくお願いされても、ダメなものはダメなのだ。
しかしどれだけの女生徒が婚約破棄されたのか知らないけど、学園の舞踏会の次は、大本番の第一王子の成人祝いの舞踏会があるのだから、大変だろう。
いっそパートナーなんか、その場でアミダか何かで決めてくれれば楽なのに……そう思ってから、あまりにも枯れた己の思考に、マグダリーナは落ち込んだ。
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