197. アルバート王弟殿下のひみつ
「まあ……なんて綺麗なところなのかしら……」
王弟殿下ことアルバート・リーンは、がっしりした体格のセドリック王と違って、シュッとした細身の男性だった。
それでもやっぱり、ドレスを着ていると、身体に合ってないのがわかる。
元バークレー伯爵の大豪邸だった、金と星の工房を見て、彼は驚く。
「ようこそおいでくださいました。アルバート殿下。お初にお目にかかります、私はマグダリーナ・ショウネシー子爵。シャロン・アスティン侯爵夫人の姪にあたります。そしてこちが、我がショウネシー領の魔法使いにしてこの邸宅の主エステラと、服飾職人のヴァイオレット氏です」
マグダリーナが淑女らしくアルバート殿下を迎え、エステラとヴァイオレットは名を呼ばれて頭を下げた。
アルバートは目に涙を溜めた。
「ああ、クレメンティーンと同じ髪の色だ……もう見ることはないと思っていたのに……」
「母をご存じでいらっしゃる?」
マグダリーナは、まず施術の説明とカウンセリング用にテーブルとソファーへアルバート殿下を案内した。
スラゴー達が、お茶とお菓子を用意する。
ソファーに座って、アルバート殿下は懐かしそうに話す。
「クレメンティーンの側には、いつもシャロンがいた。母親が違うのに、とても仲睦まじくて羨ましかったよ……君達は、シャロンから私のことを聞いているかい?」
マグダリーナは首を横に振った。
タマがぽろんと、マグダリーナの肩からテーブルへと落ちた。
「いいえ、シャロン伯母様は、ただ貴方を綺麗にしてあげて欲しいとだけ。ですが、現状と持てる情報から、ある推理をしました。聞いていただけますか?」
アルバートは頷いた。
「ええ、話してみて」
「アルバート殿下は元々女性だったのではないでしょうか? 今の王が即位される前、前王の御子は殿下とセドリック王の二人だけ……おそらく殿下の母君は、殿下の性別を偽り、王位を狙っていたのではと……」
「ふふ、その通りだ。その通りだよ……聞いていた通り賢い子だ、マグダリーナ」
アルバート殿下は遠くをみた。今ここではない過去を。
「私は生まれた時から、男性として届け出を出され、その様に育てられた。父も兄も、今も私が女だったとは夢にも思っていないだろう」
殿下はそっとティーカップに触れる。その熱を確かめるように。
「私の身体の秘密を知っているのは、今ではブロッサム義姉上とシャロンだけさ……学園で初めて穢血になって、何の知識もなく困ってるところを助けてくれたのが、彼女達とクレメンティーンだ。彼女達三人は、美しく優しく……私の秘密を誰に漏らすこともなく、秘密を守る手助けもしてくれた。いつか……母が亡くなったら、その時は。その時は、どんなに老けていようが、彼女達の様にドレスを着て、本当の女性に戻るのが夢だったんだ……それなのに」
殿下の母君は、マグダリーナの母クレメンティーンと同じ流行病で亡くなった。それからまもなく、殿下はダンジョンの罠で本当の男性になってしまう。女性としての憧れを叶える前に。
アルバート殿下は紅茶を一気に飲み干すと、その美味しさに目を見張った。
「これは……すごく香りも味も良い……!!」
スラゴーはすっと、おかわりを注ぐ。
テーブルでじっとアルバート殿下を見ていたタマがズバリ言った。
「タマ、人の身体のことよくわかる。アルバートの身体、もう男性体で安定してる」
「……そうか。キミはスライムなのに人の言葉が喋れるなんて賢いね」
「タマ、エリックの中で覚えたの!」
「え?」
タマが主に出身地とか余計なことを喋る前に、ヒラとハラがエステラの肩からすちゃと跳び降り、タマを両脇から挟む。
さすがデキるスライム達である。
「それでアルバートさんは、これからどんな自分になりたいの?」
エステラが聞く。
「どんな……」
アルバートは繰り返した。そしてエステラを見る。
「……キミは、まだ少女なのにそんなにも美しくて……豪華なドレスを着たいとは思わないの?」
エステラは頷いた。彼女はいつも通りシャツにズボン、飾りはピンタックだけの袖なしのシンプルなワンピースを重ねて着ている。
「貴婦人のドレスは職人の技術の詰まった素敵なものだけど、重量もあるし、私の生活とやりたい事には合わないわ。たまに着るには良いかも知れないけど、そもそも私は平民だから、豪華なドレスを着て行く所もないし」
「生活とやりたいこと……」
マグダリーナも頷いた。
「数年、ドレスを着て生活されていたんですよね? このままドレスを着て過ごす方が、殿下にとって心地よい事ですか?」
心地よいかと聞かれて、アルバートは目を瞑って思案した。
「……いや、エステラ嬢が言う通り、私に似合う似合わない以前に、実際着ると重いし動き難くて、胸も腹も締め付けられて憂鬱だった。でも美しいドレスを見るのは好きなんだ。そうか、それなら別に私が着なくてもいいのか……」
「ドレスを着た貴婦人を侍らせればいいですね!」
エステラが元気よく言った。
侍らせちゃって良いのだろうか? 多分良いのだろう。王弟殿下はまだ独身だ。
「えっと、それでは、ご結婚なさるなら、お相手は女性と男性どちらが良いですか?」
マグダリーナはこんなこと聞いて大丈夫かなぁと思いつつ聞いたが、これにはアルバート殿下は即答した。
「絶対女性だ! 男は臭いし汚いし乱暴だし態度もでかい。おまけにこの毛だ! 無駄に太くて長い! 同じ寝所に入るなら、柔らかく良い匂いの女性の方がいいに決まってる!!」
つまり、自身の出自のせいで女性らしさに過剰な憧れはあったが、実際には長年男性として育てられた精神の方が、殿下の生き方への影響が強いようだ。
他にも色々要望などを質問していく。本当の望みに到達は出来なくても、近くて心地よい場所を提案できれるなら、それに越したことはない。
マグダリーナ達が話し合う中、ヴァイオレット氏は鼻歌混じりに幾つものデザイン画を描き上げていく。彼はエステラにスケッチブックを貰って機嫌が凄ぶる良かった。
そして、テーブルの上の青、白、黄の三色スライムは、タマをしっかり挟んだまま器用に右に転がったり、左に転がったりしていた。
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