182. はじめてで最後の領地戦
――ああ、欠陥魔導具だったのだ……
崩れゆく魔法の結界を見ながら、マグダリーナは思った。
◇◇◇
その数分前、ニレルはハラとモモを連れて、例の魔導具――領地戦に使用される、結界内の生物はどんな怪我でも絶命しないというウシュ帝国時代の魔導具を確認していた。
魔導具は学生会室に置いて起動してあり、学生会室にはもちろん鍵はかかっている。だがそんなものはハイエルフとその従魔達にかかれば無力だ。
「ハラ、どうだい?」
むむむとハラは難しい顔をした。
「大当たりなの。これ、間違いなくレーヴィーの欠陥魔導具なの」
「叔母上はあまり魔導具造りはしなかったらよくわからないが、随分と大きいな。運ぶのも学生なら数人がかりだろうね」
「エステラならもっと小さく造るの」
ニレルも同意して頷いた。
そして魔導具の一箇所に注目する。
「この数字……結界内で死ぬはずだった命の数か……八千九百九十九……あと一つで大惨事だ。さて、どうするか」
どう壊すのが安全か、ニレルが確認しようとすると。
ピュィー ロロロー
モモがお口から海水を吹き出して、あっという間に魔導具に浴びせた。
魔導具はパチパチ火花を散らすと、スンと動かなくなってしまった。
「……ま、いいか。これで」
海の中にある世界樹……その場所とはさほど離れていないショウネシーの海には強力な浄化作用がある。そこで身に付けた海属性の魔法なら、問題無いだろう。
使用者を絶対殺すという、呪いのような執念も、さっぱりと無くなっていた。
◇◇◇
全ての団旗が桃色スライムの手に渡り、またも慌ててエリック王子が競技の終わりを告げた。
誰にでもわかりやすく結界が崩壊してしまい、意義を唱えるものもいなかった。これ以上無理に戦おうとすれば、命の危険に晒されるからだ。
圧倒的な桃スラ団の勝利で終わらすには、人員発掘のため遠くから来ている観戦者達にも示しがつかない。
二位以下の順位を決めるため、急遽各団の代表者を選抜して試合を行うことになった。
こちらは安全に配慮して、魔獣の使用は禁止だ。
前代未聞の領地戦に、学生会はなんとか対応し切って、無事閉会までこぎつけた。
◇◇◇
「これが……魔導具を壊した、犯人……」
ピュイィィ!!
モモは元気に鳴いた。
「これが、桃色スライム?」
ピュイィィ!!
またしてもモモは元気に鳴いた。
エリック王子の呆然とした呟きに、マグダリーナは頷いた。
領地戦閉会後、突然作動しなくなった魔導具の確認に、エリック王子が学生室に戻ると、海水浸しになった魔導具の上で、ドヤっとしているスライムと目が合った。
不思議な輝きの桃色のスライムとなれば、桃色スライム団……つまりショウネシーと無関係ではないだろうと、エリック王子は、即マグダリーナ達を呼び出したのだ。
桃色スライムの主人たるエステラはいない。代わりに、ニレルが勝手に空いてる椅子に腰掛けて、優雅にお茶を飲んでいる。
学生会室は他の教室より、それなりに高価で重厚な内装だが、ニレルのいる一角は自然と窓辺から柔らかな光が差し込み、ニレルの周囲を彩り、ニレルの姿の良さを際立たせる。
マグダリーナ達は慣れているが、それでも内心拝みながら、その美しさを堪能する。
ニレルが飲んでいるのは、エステラがアールグレイが飲みたいと、再現すべく全力を出したブレンドティーだ。ティーバッグの大衆向けではなく、紅茶専門店の高級な香りと味になっている。
爽やかで芳醇な香りが、学生会室中に漂っていた。
「うむ……良い香りに渋みも少なく良い味だな。これはリオローラで販売されるか?」
「されないと思うよ? 多分うちとショウネシー家で消費する分しか作ってないんじゃないかな」
「そうか、残念であるな……」
「香り付けに使用してる果実が大量生産するほどには、まだ増えてないんだ。セドさんが気に入っていたことは、伝えておくよ」
お茶をするニレルの隣には、セドリック王がいて、後からやってきた学生会員達は、思考が完全に停止して、呆然としている。
国王とニレルがのんびりお茶をしている間、マグダリーナは何故モモが魔導具を壊したかを説明した。
「欠陥魔導具……」
説明を聞いたエリック王子は、ため息を吐いた。
「ウシュ時代の魔導具は、その仕組みが全て明らかになったわけではない……安易に使用するなということか」
エリック王子は魔導具に視線をやり、モモと目が合うと、サッと視線を逸らした。
「ショウネシー嬢、よく疑いを持ってくれた。危うく大惨事になるところだった」
「いえ、こちらこそ大事な魔導具を勝手に壊してしまって、申し訳ございません」
「魔導具は寿命がきて壊れた、という事にしよう。父上もそれでよろしいですね」
「うむ、其方の采配に任せよう。ここは学園であるからな」
セドリック王は、ニレルと一緒にいたハラを熱心に揉みながら答えた。
マグダリーナは知っている。あの感触は癖になる。王様がスライムの虜にならないか、ちょっとだけ心配した。
「じゃあこの魔導具の成れの果ては、綺麗に片付けてしまってもいいかな」
ニレルが優雅に手を一振りすると、あっという間に欠陥魔導具は崩れて、光の粒になって消えていった――
「ところで、アスティン子爵のテントに忍び込んだ、生徒の件だが」
エリック王子は次の問題を提示する。
マグダリーナは、ん? と思ってヴェリタスを見た。
「なんの事なの?」
「あー、うん、エリック王子の言葉通り」
「あのなんか、どこかの団のテントに忍び込んだ生徒がいるって言ってたの、ルタのテントだったの? 何か盗まれたりしたの?」
「いや、荷物は無事だった」
エリック王子がため息を吐いた。
「そう、確かに私と他の学生会員の何名かが、件の生徒がアスティン子爵のテントから出てきたのを目撃している……というか、その場で捕らえたんだが……」
「何か問題がありましたか?」
マグダリーナは心配になって聞いた。
「彼らは頑として事実を認めようとしない……」
「その場でエリック王子とライアンに捕まえられながら?」
ヴェリタスも訝しんだ。
「そうだ。自分達が入ったのは、『ショウネシーの令嬢達のテントだ』と何度も主張するんだ」
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