180. 欠陥魔導具なの
ヴェリタスは緑の陣地を目指して滑空する。
マグダリーナが、領地戦に使われている魔導具について不安を口にしたのは、領地戦前日だった。
本当に、結界内の生物は死なないなんて、都合の良い魔導具が存在するのか……と。もしそうであるなら、何のために作られた魔導具なのかと。
命に対して慎重なマグダリーナらしい確認だと思った。親の代より前から今まで、そうやって使ってきたものなのだから大丈夫だろうとヴェリタスは疑問にも持たなかったのだ。
念の為、ウシュ帝国時代の生き字引たるエデンに聞けば。
「くっははははは。そんな悪趣味な魔導具、ハイエルフの誰も作らんし見たことないな」
返って来た答えがこれだ。
その後「ハラそれっぽい魔導具知ってるの。欠陥魔導具なの」と淡黄色に輝くスライムボディを揺らしてハラが手を挙げた。
曰く「ディオンヌは精霊獣造りが得意だったの。あるときレーヴィーが、精霊獣の耐久試験にピッタリの魔導具を作ったと、それ、をディオンヌに贈ったの。この道具で結界を作ると中の生物は、どれだけ攻撃しても決して死ぬことはなく再生すると。ディオンヌはそれを受け取った翌日、立派な権能を持ってるくせに、こんなお粗末な物しか作れないのかと、魔導具の欠陥点を並べたてて、鼻で笑ってレーヴィーに突き返したの」
「え?! 酷すぎない!?」
レーヴィーは確か、聖エルフェーラ教を使って暗躍している十一番目のハイエルフだった精霊だ。
マグダリーナ達には敵とも言える存在だが、さすがにディオンヌの対応はどうかと思ってマグダリーナは言ってしまった。
ハラはぷるぷると横に震える。
「あの魔導具は、結界の中で死ぬはずなのに死ななかった命の数が九千個になると、結界内の生物と使用者が破裂して死ぬ欠陥があったの。わざと欠陥魔導具渡してきた相手に、嫌味だけで終わらせたディオンヌはとっても優しいの」
つまりは魔導具の格好をした時限爆弾を、ただの魔導具の欠陥として返したと言うことだ。レーヴィーはディオンヌに暗殺を見逃してもらったのだ。
学園で使用されているものが、その魔導具であるかどうかは流石にわからない。
日数をかけて観戦にくる貴族も多いので、不確実な情報で、今更取りやめできる行事でもなかった。
――だから万が一のために、マグダリーナ達は作戦を変更した。
決して、致命傷の者を出さない方向へ。
一番の致命傷の原因を作る魔獣達は、マグダリーナがモモ・シャリオ号で大人しくさせた。
あとは団旗を全て奪い、どれだけ参戦者の戦意を削ぐかにかかっていた。
ファンサだとかいう人目を惹く演出をするのも、戦意喪失の為の重要な戦略だった。その為に、マグダリーナとエステラはドロシー王女を巻き込んだのだ。
実際ライアンのファンサが、観戦者だけではなく戦うもの達もの視線を集めた事を実感して、ヴェリタスは剣の柄に手をかける。
緑翼の基地は低めに作ってある。弓や魔法が飛んでくるはずだ。
「ウイング/防御展開」
ウイングボードの防御魔法を展開させると、ヴェリタスは一気に加速した。
「くっ……来るぞ! 桃スラだ!!」
「速い……!!」
「どっちだ? まさか女子の方か?! くそ、弓、魔法、構えろ!!」
ショウネシーの令嬢は二人とも学年を飛び級していて、本来ならまだ初等部の年齢だ。出来ることなら攻撃したくないと、善良な生徒は内心思っていた。
だがそんな配慮など、している余裕はなかった。
ヴェリタスに向かって放たれた魔法も弓矢も、彼を包む防御魔法に触れた途端に消えて無くなった。
「どうなってるんだ……!!」
緑翼の弓兵をしてる生徒が叫んだ。
ウイングボードの防御魔法は、魔法を動力として吸い取り、物理で触れるものは、人以外はエステラの素材庫に回収されるようになっていた。
そのままヴェリタスは、基地の石壁に防御魔法で穴を穿ち、剣で団旗を縛る縄を切ると、素早く緑の団旗を背中のホルスターに差し込んだ。そして再び空へ。
ヘルメットの機能で応援団扇の存在を感知する。思ったより緑翼の陣地に近い建物の窓辺から、アグネス王女が団扇を振っていた。
ヴェリタスは剣に魔法で炎を纏わせる。
そのまま片手の手首を使って、くるりと剣を縦に回すと、剣の重さを知る騎士科の生徒達から、喝采が上がった。
そしてもう一度。
今度はウイングボードの上でジャンプしながらだ。ヴェリタスの足が離れた途端、ウイングボードも裏表一回転し、ヴェリタスは落下することなく、ウイングボードに着地した。
そして、ヘルメットをとって、アグネス王女に向かって手を振り、綺麗な礼をする。
周囲の女生徒や観戦者達から歓声が上がった。
「通信。1号機から本機へ」
「本機応答可能」
「緑の団旗奪取とファンサ完了。様子をみつつ3号機の援護に入る」
「了解」
マグダリーナとの通信を切って、ヴェリタスは青の陣地に向かう。緑の陣地は、モモ・シャリオ号の進路に近すぎた。




