177. 燃えるテント
夜になり、マグダリーナとレベッカは、ライアンから聞いていた、女子専用のテントへ行ってみる。
しかし実際見たそこは、予想以上に人口が多く、既にマグダリーナ達が入る余地があるとは思えなかった。
女子用テントの横に、個人のテントを立てる子もいる。ここも場所は埋まっていた。
これは改善の必要がありそうだ。後日学生会に意見しようとマグダリーナは思う。
結局エステラ作のテントで寝るのが一番安全安心だと、ヴェリタス達の所に戻って、テントを立てることになった。
「ライアンお兄様、ヴェリタスと一緒のテントに入らないんですの?」
「俺もこの機会に普通のテントを経験しておこうと思って」
マグダリーナも心配になって聞いた。
「大丈夫? 寝れなくなったり、身体痛くなったりしない?」
ライアンは少し考え込んだ。
「本当に寝れなさそうだったら、ヴェリタスのテントに入れて貰うから」
それを聞いて、ヴェリタスは頷いた。
「だったら、入口少し開けとくから、念のためこの結界の魔導具置いといてくんね?」
欠伸を押し殺すヴェリタスを見て、ライアンは笑いながら言った。
「わかったから、お前はもう寝ろ」
「ん、おやすみ」
ヴェリタスは素直にテントに入って行った。
「お兄様は?」
「俺はちょっと緊張してるみたいだから、リラックス出来るハーブティー飲んで、柔軟してから寝るよ」
ライアンのテントは普通のテントなので、彼は外でお湯を沸かす準備をする。
テントも道具もかなり使い古されてボロボロだったので、マグダリーナは聞いてみた。
「そのテント達はどうしたの?」
「ん、チャドさんから格安で譲って貰った」
「なるほど」
ゲインズ領の馴染みの冒険者の名前を聞いて、納得する。ヴェリタスとライアンは、時々彼からも色々教わっているようだった。
「おやすみライアン兄さん」
「おやすみなさい、ライアンお兄様」
マグダリーナがテントに入る前に、ライアンはマグダリーナから団旗を受け取る。
「立てとくよ。おやすみ、リーナ、レベッカ」
二人がしっかりテントに入ったのを確認して、ライアンは団旗をヴェリタスのテントに立てた。
そしてお湯が沸いたのを確認して、サトウマンドラゴラと幾種類かの薬香草の入ったお茶を淹れ、ゆっくり味わう。見上げると星が綺麗な夜だった。
お茶を飲み終わると、火の始末をきちんとして、念のため結界の魔導具をマグダリーナとレベッカのテントの方に置いて作動させる。
そうしてライアンは、自分のテントの陰で身体をほぐしはじめた。
◇◇◇
どの基地もテントも寝静まった真夜中、桃スラのテントに近づく影があった。
「この旗が立ってるテントだな」
「……本当にやんのか? ショウネシーの魔法使いって怖いんだろ?」
「馬鹿野郎、あの人とどっちがこえぇよ? どうせテントに入るだけでいいんだ。ただの女の癖に偉ぶってこんなとこにきて、こんなとこで寝てるのが悪いんだよ」
令嬢にとっては、例え何も無かったとしても、寝所に入られただけで社会的に致命傷になる。
ライアンは二人の男子生徒が、ヴェリタスの、テントに入ったのを確認して、自分のテントに火魔法を放つと、素早く団旗をマグダリーナのいるテントに立て直して、ヴェリタスのテントに滑り込んだ。
「なん…だ…、ここ」
二人の男子生徒は、テントの中の異常空間に驚いて呆然としていた。
外からみたテントから考えられないほどの広々とした住居空間が広がっている。
寝台が見え近づくと、暗闇に慣れた目に美少女の寝顔が飛び込み、思わずごくりと唾を呑み込んだ。
その瞬間、ライアンが音もなく近づき、まず入口側にいた男子生徒を後ろから押さえ込んだ。
「ぐっ」
「おい、どうした」
振り返ったもう一人の生徒に、寝台にいた美少女……顔のヴェリタスが蹴りを入れた。
「ぐあ……くそっ」
蹴られた生徒はふらつきながらも、かろうじて反撃しようと相手を見据える。所詮女、大した力はないと思っていたが、その手に剣が握られていることに気づいて、出入り口に向かって逃げ出した。
「逃すかよ!」
「ほどほどにしとけよ」
不審者を追いかけるヴェリタスに、ライアンは声をかけた。
逃げ出した男子生徒は、テントから出て、足を止めた。学生会員の男子生徒達が集まっていたからだ。そして直ぐに逃げようと思い立ったところで、エリック王子に捕まった。
「騒ぎの原因は君たちか。アスティン子爵、状況の説明を」
キチンと制服を着たエリック王子が命じた。
「寝ていると人の気配がして目が覚めました。その時すでにもう一人をライアンが捕縛。俺は逃げたそいつを追いかけてきたとこです」
ライアンがもう一人を連れて出てきた。
「テントが……」
燃え崩れた自分のテントに気付いて、ライアンは驚く。完璧な演技だった。
エリック王子は、ライアンにも尋ねた。
「ライアン・ショウネシー、状況の説明を」
「まず火の不始末を出したことを、お詫びします」
ライアンは頭を下げた。
「わかった、それで?」
「眠れなかったんで、茶を沸かして飲みました。そのあとしばらく星を見てたら、アスティン子爵のテントに人影が入って行くのが見えて、私も中に入りました」
「ではテントが燃えたのは、その時の火の始末が不十分だった可能性がある、と。しかしおかしいな」
「はい?」
「このテントは結構激しく燃えてたんだ。だから僕らが気づけた。それなのに、他のどの団の基地にも灯り一つ見えない。観戦者用の建物にもだ」
その通りだ。騒ぎを大きくして目撃者……不届者が入り込んだテントは、ショウネシーの令嬢達のテントでは「なかった」という確固たる証人を呼ぶために、ライアンは自分のテントを燃やしたのだから。
「眠り妖精の魔法だな」
「ルシン兄、なんでここにいんの?」
突然現れたルシンに、ヴェリタスは驚く。
「今日と明日の俺とエデンは、シャロンさんの使用人だ。神官は新しい命を見守る義務がある」
「あ、そ。くれぐれもしっかり頼むな」
ルシンを初めて見る学生会員達は、珍しい彼の肌の色と長い耳を見て驚く。
エリック王子はルシンに挨拶した。
「お初にお目にかかる。ハイエルフの方。私はエリック・エル・リーン。あなた方には大変お世話になっていると伺っています」
「気にするな。俺個人は特に関わってない」
ルシンは興味なさげに言った。
さりげなくヴェリタスが付け加える。
「王子、ルシン兄はハイエルフの中で一番、他人に対する礼儀とか配慮のない自由な人なんです」
エリック王子は困った顔をした。
「アスティン子爵、本人に聞こえているようだが?」
ライアンは本題をルシンに尋ねた。
「ルシン兄さん、眠り妖精の魔法って?」
「魔獣だ。誰か眠り妖精をテイムしてるやつがいる。魔獣が何かすれば必ずハラとヒラが気づく。あいつら主人を起こしたくないから俺達のところに来た」
ヴェリタスは頷いた。
「ああ、タラは睡眠で回復する方だからって言ってたっけ」
「そうだ。それはお前らも一緒だ。子供は寝ろ」
ルシンがそう言って杖を振ると、ヴェリタスとライアンは意識を失う。二人とも地面に打つかる前に、ルシンの魔法で身体を宙に浮かせていた。そして転移魔法の光に包まれて消える。
「テントの中に寝かしつけただけだ」
心配そうな表情のエリックに、ルシンは言った。
「そうか……」
ほっとするエリックに、ルシンは捉えられた男子生徒達を見て提案する。
「こいつらの所属団も、明日は競技に参加させてやれ。団が一つ減れば見応えも減る。俺たちもせっかくの特訓の成果が見れないのは面白くない」
「いや、しかし……いや、そうだな、複数の領地の複合団だ。出場停止にしたら、領地同士の禍根が残るか……他の罰則を考えよう」
ルシンは頷くと、普段マゴーやアッシが使っている片付けとゴミ処理の魔法を思い出し、燃えたライアンのテントを、魔法で綺麗に片付けた。




