171. 甘かった
「大丈夫だった?」
エステラが出迎えてくれる。
マグダリーナ達はほっとしながら、金と星の魔法工房の、豪華でふかふかなソファに座った。
大豪邸すぎて、通された部屋が何処かはわからない。初めて訪れた時に、ブレアとお茶を飲んだ部屋ともまた違った、華やかな雰囲気の部屋だ。
「うっかりしてた。つくづくショウネシーの領民達は、善良で常識的で頼りになるのだって実感したわ」
マグダリーナは疲れきった表情で、テーブルに伏せた。エステラの前では、つい気が緩んでしまう。
「茶マゴー2号の通信連絡で、全マゴーに招集かけたのよ。王宮担当の子は早く仕事に戻ってあげてねー」
エステラがそう指示を出すと、放送担当以外の各マゴーは、マグダリーナ達に手をふって、それぞれの職場に戻っていった。
「……という風に、我々マゴーは各々個性を持ちながらも、魔力で繋がった一つの存在であるとも言えます。どこにいようとも、その情報を共有することが可能なのです。標準で映像記憶機能も装備されており、このように、先程の暴動の実行犯の行動も記録され共有しております。なので、マゴーとその連れに危害を加えようとすれば、必ず捕縛されます。しっかり、覚えておいてくださいねー。ではまた、いつものマゴマゴ放送で会いましょう」
工房の広い庭園の一画で、マゴマゴ臨時放送が終了した。
娯楽の少ない世界なので、どこでもマゴマゴ放送の時間には神殿に人だかりができ、マゴーは国民的アイドルになってしまっていたようだ。
貴族間では多くの平民と一緒に放送を視聴するのは憚られ、マゴーの人気はそれほどでもない。お陰で学園でも特にチャーについてどうこうされる事もなかった。もっともその主人が、王妃様と親しい侯爵夫人の息子というのもあるだろうが。
「うん、大丈夫よ。全員王都の工房で保護済みだから」
エステラが御屋敷快適性能型魔導人形アレクシリことアッシを使った通信で話ている。どうやら相手はハンフリーらしい。
ニレルがワゴンを引いて、熱い紅茶を給仕してくれる。
「どうぞ。今年の春詰みの紅茶だよ。素晴らしい香りになったんだ」
その言葉通り、萎んだ気持ちが癒されるような華やかな香りがカップから漂う。
大量のマカロンの入ったガラスボウルを持ったハラと、冷えた金属のボウルを持ったヒラもやってくる。ハラはそれぞれの白磁の皿に、苺のマカロンとリモネのマカロンを金のトングで取り分けてくれた。
苺のマカロンはバニラクリームの中心に、苺のジュレが。リモネのマカロンには刻んだリモネの皮の蜂蜜漬けが、リモネとカスタードのクリームに混ぜ込まれ煌いていた。ヒラはそっと作りたてのバニラアイスを添えてくれる。
いつの間にか、マグダリーナの隣にモモが、その向こうにゼラがいて、ササミ(メス)がいる。そして主人であるエステラより先にお茶をしていた。自由だ。
エステラとニレルも腰掛けて、紅茶とお菓子を楽しむ。
「美味しい! アイスクリームはやっぱり作りたてが一番美味しいですわ」
レベッカの感嘆の声に、マグダリーナも黙って頷く。
自分で食べずに、金のスプーンでレベッカに食べさせてもらっているナードを見たカーバンクルは、ライアンをじっと見ながら、ぶっぶっと甘えた声を上げ、短い前足でライアンの腕を、たしたし叩いた。
ライアンが苺のマカロンを小さくナイフで切り分けて、カーバンクルの口元に持っていくと、齧りついて幸せそうにもぐもぐする。
「それにしても王都の街って、もっと治安が良いのかと思ってたけど、そうでもないのね」
エステラが意外そうに言った。
「まあ大勢人がいる分、色んな人がいるからね。ゲインズ領のコーディ村もショウネシー領も、住民の殆どが顔見知りで滅多な事をする人はいなかったけど、人の多い街は王都じゃなくても警戒は必要だよ」
ニレルは優雅に紅茶の香りと味を堪能しながら答えた。
「一般的に十四歳以下の子供と女性は、弱者に見られて危害を加えられ易い。特にエステラみたいな変わった髪の色は、狙われ易いよ。高く売れるからね」
マグダリーナは自分の髪に触れようとしてきた手があったことを思い出した。
「だから出歩く時は成人男性と一緒にいること。僕の側を離れないで」
「ヒラとハラがいても?」
「どんなに強い従魔でも、見た目が可愛ければ、相手にその強さは伝わらないよ。危害を加える者を近寄らせないという目的なら、一般的に知られていて、強さのわかる従魔がいい。狼系とかかな」
「狼……嵩張る従魔はササミだけで良いわ」
エステラは即答した。
ああ……この二人の会話は、自分達のためのものだ……マグダリーナは自分の油断を自覚して、頬が熱くなった。
真っ赤な顔を手で隠して、マグダリーナは言った。
「次に街に出る時は、必ずグレイに一緒に来てもらうわ」
「それがいい」
ニレルは、優しく微笑みながら頷いた。
「それから……」
ニレルはマグダリーナとエステラを見比べてため息をついた。
「トニーもだけど、リーナとエステラは、人の良さが顔に出てるから、絶対護衛が必要だよ」
「え? 私も?」
エステラはきょとんとして、ニレルを見た。ニレルは頷く。マグダリーナも頷いた。
「初めてエステラに会った時、優しくて親切そうだなって思ったわ」
マグダリーナは懐かしい思い出を振り返った。
「スーリヤもそんな感じだった。とても他人に害を為すように見えないんだ。それはとても良いことだけど、何しても反撃してこない相手だとみくびられる時もある。まあだから叔母上は、エステラが小さいうちから色々と厳しく訓練してきたんだけど」
レベッカがそうなんですの? という顔でエステラを見る。エステラは感情の消えた目で頷いた。
当然ショウネシー領に帰ると、大人たちからこってりと絞られた。
ハンフリーに注意を受け、珍しくダーモットにも怒られる。そしてドーラからは「まさか子供達だけで出かけるなんて……」と嘆かれ、ダーモットの教育不足よと怒られる側が増えた。
最終的には子供四人とダーモットがシャロンの前で正座して、貴族としての出歩き方と危機管理意識を延々と説かれることとなった。
もしも面白ければ、ブックマークと評価をお願いします!




