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168. ニレルの杖

 マグダリーナ達が学園に行っている間、エステラが海で何をしていたか詳らかにすべく、ニレルの監査が入った。


 一応ショウネシー領の海なので、ダーモット……の代わりに、次代のショウネシー伯爵たるアンソニーも一緒だ。


「まずこのクラゲ帽を装着して」


 海側の絶景場所に集合して、エステラは手のひらサイズの足の短いミズクラゲの形をした帽子を取り出すと、二人とササミ(メス)とゼラに渡して頭に乗せて見せる。


「このクラゲ帽は海中でも、陸地と同じように活動できる魔導具です。海に入ると外れる事はないから安心して」


 海岸ではなく、切り立った崖になっているそこを見て、ニレルは眉を顰めた。


「まさかエステラ、ここから海に飛び込んでたのかい?」


 その通りと言わんばかりに、ヒラとハラとモモがエステラの肩から綺麗に弧を描き、回転しながらザブンと飛び込みを決めた。


 アンソニーは、シンの入った保育容器をぎゅっと握りしめた。


「ヒラとハラとモモが流されてます……!!」

「大丈夫、遊んでるだけだから。あの三匹は海中も自由に行き来できるようになったから大丈夫」


 アンソニーは、チラリとササミ(メス)を見た。

「コッコは、泳げない……?」

「練習すれば泳げるだろうけど、潜水まではどうかなぁ」


 それからゼラを見た。

「ハイドラゴンは?」


 ゼラはしっかりとクラゲ帽を頭に被っている。


『ハイエルフだって海に入らんのに、ワシらだって入らんよ普通。海は初体験なんじゃ』


 ショウネシーの海は透明度が高く、崖下には鮮やかな青い水面がどこまでもどこまでも広がっている。既にスライム達の姿は見えない。


「いきなり海に飛び込めなんて無理難題云わないわ。海中の魔法工房まで転移するから安心して。

クラゲ帽はもしもの時の備えよ。あと被ってる姿が見たかっただけ」


「海中の、魔法工房……」

 呟くニレル声が、いつもより低い。


「さあさあ、さっそく工房へ行きましょう!」

 エステラがそう云うと、辺りは真っ青になった。



 気づけばディオンヌ商会のお店のように、一面ガラス張りの建物の中にいた。


 青い世界の中で、まず目に入ったのが、白くて半透明の巨大な生物だ。


 間隔を空けて、柱のように厳かに数体立ち上がっている。時折両脇の羽根のようなヒレをぱたぱた動かしていた。


 この姿をマグダリーナが見ていたら、こう思っただろう。


 ――巨大クリオネだ―― と。


「あれが真珠貝を生み出す、クイーンシェル達だよ! かわいいでしょ」



 その時、クリオネならぬクイーンシェルの頭部がぐわっと割れてバッカルコーンした。

 捕食ではなく、子貝達が泡のように飛び出していく。


 アンソニーが大事に細いベルトで身体にかけている保育器の中で、まだスライムベビーのシンが嬉しそうに飛び跳ねていた。


「すごい……っ、こんなの初めて見ます! それに、海の中ってとっても綺麗なんですね」


 海中でも小精霊達が、ふわゆらと虹色に輝きながら漂っている。


 ニレルは近くから、看過できない強い魔力を感じて、エステラに確認しようとしたが。



「タラぁぁ!!!」


 浮力も抵抗力も、何するものぞとばかりに三匹のスライム(内一匹偽スライム)たちが、ぴゅーんと高速で滑るように泳いでくる。

 ガラス張りに見えた壁は、海水が入らないようにしていただけであり、ぷるんとスライム達が工房内に入ってきた。


「マフンウニンとぉタランの卵ぉ! いーっぱいとれたよぉ」

「イクランの実もなの!」


 モモのお口の端からは、ぷりんとしたオレンジ色のウニンの身が見えた。


 スライム達が魔法収納から大量の海の幸を出す。


 ウニンはそのまんまウニだし、タランという魔魚の楕円形の卵は、その中にさらに極小の粒々魚卵が詰まっていてタラコそっくりだ。イクランという海藻の、プチプチした実も、イクラそのものといっていい。


 大量の海の幸に、エステラも小躍りした。


「それからねぇ、アレ、出来上がってたのぉ」


 ヒラが嬉しそうに跳ねた。




◇◇◇




 クラゲ帽を被ると、海中でも濡れもせずに自然な呼吸を維持したまま、自由に動く事ができた。会話も難なく交わすことも出来る。


 スライム達に先導されて、海の中をふわふわ漂うように進む。

 底は深く、暗い。小精霊の微かな瞬きだけが、青く世界を彩っていた。

 上下もわからなくなる中、スライムとエステラは迷わず進んでいた。


「大丈夫? 怖くない?」

 エステラが振り向いて、アンソニー達に聞いた。


「怖いけど大丈夫です……」

 しっかりとニレルの腕に捕まって、アンソニーは言う。

 ササミ(メス)とゼラも、ピッタリとニレルの長い足にくっついていた。


「エステラ、ここは……随分と魔力が濃くて強いんだけど……」

 二レルは辺りに目を凝らしながら、エステラに聞く。


「うん、世界樹があるから」

「世界樹……?」


「とりあえず、そう名づけたの」


 通り過ぎて行く、色とりどりの魔魚達は、エステラ達に危害を加えることはなかった。


「ほら」


 エステラが指差すそこには、美しく輝く、大きな一本の樹があった。


 限りなく透明な青の世界の中、その樹の根元は覗き見る事が叶わない程に深く、緑に透き通る葉からは、無数の小精霊達が生まれては漂い流れていく。


 まるで世界中の海に満ちるように。


 その中に、金に、虹色に、輝く枝がある。エステラはその枝を取った。


「うん、いい具合に出来上がってる。ありがとう」


 エステラは世界樹の枝をそっと撫でた。


 不思議な枝の輝きは、瞬く間に枝の中に収束していく。

 そしてエステラの髪に巻きついていた女神の闇花がその漆黒の花びらで神秘の枝の輝きを覆い尽くす。


 最後にヒラがぷるんと杖の全身をなぞると、その表面は滑らかに整えられていた。


 一見エステラの杖の色違いにも見えなくない。優美な曲線を持つその杖は、更にエステラの真珠で上品に飾られた。


「これは……」

 二レルが目を見開く。


「最後にこの精石を付けてぇ」


 ヒラが恭しく、魔法収納から大きな精石を取り出し、エステラにわたす。

 ハラがニレルに説明した。


「ニレル2号から、いただいたの。エステラじゃないの。ヒラが仲良くなってもらったの」


 金の神殿に封印されているニレルの力の一部は、いつの間にか2号呼びまでされている。


「僕の……半身の……精石……!?」


 エステラはヒラから受け取った精石を受け取ると、ササミ(メス)が造っておいた純金で杖に精石を取り付ける。


 美しい飾りも入った、黒と金の杖が出来上がった。


 最後にエステラは、魔力と願いを込めて杖に口づける。


「さ、ニレル。約束の杖よ」

 

「まさか、その杖のために、海に出たのか……?!」

「だって、ニレルには大好きなこの世界をあげたかったの……この世界の殆どが海なんだから、それも含めて」


 気づけばエステラは、ニレルに抱きしめてられていた。



 空気の読めるアンソニーは、スライム達に手を惹かれてそっと世界樹に近づいた。


「この葉っぱは、とっても良いご飯になるのぉ」


 誰の? もちろんスライムベビーのシンのだ。


「世界樹さん、貰って行ってもいいですか?」


 アンソニーがそう聞くと、葉っぱがたっぷりついた――世界樹にとっては小枝を、ぽろりとアンソニーの為に落としてくれた。


 そして葉を取り終わった後の枝は、やがてアンソニーの唯一無二の杖となるのだった――

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