165. スライムベビー
無事エステラとヴェリタスを回収して、アスティン邸に戻ると、スライム二匹がわくわくとポーション作りの為に、スライムコラーゲン液を準備して待っていた。
「タラおかえりぃ! モモもお使い偉かったのぉ」
モモはスライム擬態の姿に戻って、ぷりんとヒラになでなでされていた。
「今度はこっちのレシピでお願い」
エステラは、エルフェーラから授かったレシピを、魔法でヒラとハラに共有する。
「ふむふむ、これは腕がなるなの!」
「上級者むけのぉ手順ですねぇ!」
そんなことよりも、アスティン家の使用人達の視線は、しっかり握られたエステラとニレルの手に集中していた。エステラがニレルとの約束を破ったことで修羅場が展開していないかと、心配していたのだ。
そしていつも通り仲の良い様子を見届けて安心すると、通常業務に戻っていった。
エステラが魔法収納から、獲れたてテリテリの真珠の入った蓋付きガラス皿を取り出すと、スライム二匹はカッと目を見開き、真珠の周囲をにゅっと手で覆った。
「エデンとルシンは近づいちゃダメなの!」
「べ……ベビぃがいるのぉ!!」
エステラは真珠を置いたテーブルに身を乗り出した。
「スライムベビーがいるの?!」
エステラとニレルは、普段から魔力の放出を制限しているが、エデンとルシンはハイエルフの魔力をダダ漏れさせている。
魔力に敏感なスライムは、ハイエルフの強い魔力に触れると消し飛んでしまうのだ。
エステラは二人を結界に閉じ込めた。
色取り取りの真珠の入ったガラス皿の中のどれがスライムか、一見してわからない。
マグダリーナ達に、エステラは「あの新鮮な卵の黄身みたいな色の子がそうよ」と指さす。
ハラやヒラは透明感のある淡い美しい色合いをして、宝石のように光っているが、一般的なスライムは半透明でミルキーな色合いのものが多い。それはそれで可愛いのだが。
エステラが指さしたスライムベビーは、半透明だが色が濃く鮮やかで、ぷりんとテリがある。真珠に混ざっても違和感ないほどに。
そしてヒラとハラが、スライムベビー用保育容器を造ると、そっとそこにベビーを入れた。
「これでぇ、安心なのぉ」
「ポーション作るなの」
◇◇◇
目が覚めたシャロンの目に、真っ先に飛び込んだのは、シャロンの寝台にもたれて眠る息子の姿だった。
「ヴェリタス……」
シャロンはそっと、愛しい子の髪に触れて撫でた。
「気分はいかがですか?」
イラナがそっと声をかける。
「……まあ、貴方がいると言うことは、私やっぱり倒れたのね」
めまいを感じて、ヴェリタスの慌てた姿が目に入ったのを思い出す。
「お腹の子は?」
「大丈夫ですよ。まずはお水をどうぞ。それから、こちらを。おそらく目が覚めたらかなり空腹であるだろうからと、エステラ様が作っておいて下さったスープです」
イラナはシャロンに水の入ったグラスを渡す。シャロンが水を飲み干すと、胃腸が動き出して、ぐるぐる鳴り始めた。
「まあ……」
シャロンは両手で顔を隠したが、イラナは伺いを立てるように、そっとその手の甲を指の腹でなぞる。
「何も、恥ずべきことなど。身体が元気になった、嬉しい徴です」
「いいけど、俺の上でいちゃつかないでくんない?」
目を覚ましたヴェリタスが、白けた目でイラナを見た。
「ヴェリタス……っ」
珍しく慌てるシャロンの姿に、ヴェリタスは笑って言った。
「スープよそおうか? 貝は初めて食べたけど、種類によって全然形も歯応えも違うんだ。真珠にも違いがあるんだよ」
「真珠……?」
ヴェリタスは、ポーション作りで余った真珠が入ったガラス皿を持ってきて、シャロンに渡した。
「これが……真珠?」
今まで流通していた淡水真珠は、どれも形が不揃いで、淡黄色のぼやっとした輝きのものだった。
大きさも大きくて五ミリ前後。実はマグダリーナとエステラに贈られた髪飾りの真珠は、小さくても形の良い、粒の揃ったものを使った最高級品だったのだ。
それが今、綺麗な真円の一センチ前後の大きな珠が、虹色の光を纏っていくつも目の前にある。
色もさまざまで、虹色の輝きだけでなく、不思議な火焔のような模様が光の加減でゆらめいてみえるものもあった。
「それから、こいつも! 母上に見せようと思って、借りたんだ」
ヴェリタスの手のひらに乗る保育容器の中で、二ミリ程の真珠や魔石が数粒と、それをゆっくり食べているスライムの赤ちゃんがいた。
「まあ、なんて小さくて可愛らしいのかしら!」
それからヴェリタスは、今日あった事をシャロンに話した。
イラナもシャロンにスープのおかわりを渡しながら、微笑んで二人の様子を見ている。
時折、保育容器の中で、スライムベビーがぷりんと跳ねていた。




