164. エステラの真珠貝
ショウネシーの海岸で、ヴェリタスはエステラに七本目の魔力回復ポーションを渡した。
「もう、お腹たぷたぷ」
エステラは胃を押さえて、苦しそうに言った。
「大丈夫か? エステラ」
ヴェリタスは収納に入れてあった四角いテントを立て終わると、エステラを手招きした。
「モモちゃん、あと任せていい?」
モモは了解とばかりにピュィルルルと鳴いた。
海岸に着いて、モモが一鳴きすると、海から海洋特化スラゴーと、見たことがない植物がワサワサ現れた。
青や緑に、白色が混ざり、複数の羽を広げたような姿の植物に見える。
エステラの説明によると、ウミシダゴーというエステラが作った精霊獣とのことだった。
モモがピュイピュイと指示を出すと、スラゴーは浜辺へ、ウミシダゴーは再び海へと潜っていった。
「ちょっと横になっていい?」
エステラがテント内に、魔法収納からアッシを取り出して簡易ベッド形状にする。
「ああ、もちろん」
「私、寝ないと魔力も体力も回復しない方だから……いびきかいてたら、聞かないふりしといて」
ヴェリタスはくすりと笑った。
すやぁと眠るエステラを確認して、ヴェリタスはテントの中から浜辺を見た。
「こうやってみると、海ってすっげぇ綺麗なんだけどな」
どこまでも青く澄んだ海面と白い波。
だがどの国でも、海は嫌われていた。
他国の貿易船の船員は、命掛けの仕事だとシャロンに聞いたことを思い出す。
一度深い海に落ちると、遺体も上がらないとか。海の魔獣に食べられてしまうらしい。
船乗り達はなるべく魔獣のでない海路を探り、代々引き継いでいく。
各国の船がリーン王国まで来るのも、主に魔獣避けの魔導具を求めてだった。
このショウネシー側の海を通る船は一隻もいない。
昔から大きな魔獣が潜んでいると文献にもあるし、この奥には近くに見えるディオンヌ商会の島以外に陸地はないという。
ぼんやり海を眺めていたら、ヴェリタスを呼ぶ声が聞こえた。マグダリーナの声だ。
どうやらライアンとレベッカ、そしてニレルを連れて転移魔法でやってきたようだ。
「うわっ、なんだあれ?!」
ちょうど海中から戻ってきた、大量のウミシダゴーを見て、ライアンが咄嗟に妹達を庇って、剣に手をかける。
「エステラの精霊獣だよ。心配いらない」
ヴェリタスがそう言うと、ライアンはほっとして剣から手を離した。
ニレルが足早にテントにやってくる。
「エステラは?」
「魔力回復の為に寝てるよ」
「失礼」
ニレルはテントに入って、エステラの様子を確認する。
「僕の魔力を少し与えよう」
そっとエステラの額に、ニレルは己のそれを重ねた。
その間に、ウミシダゴー達は、スラゴーの元へ大量の貝を運んでいく。
「この中にどのくらい、真珠の入った当たりがあるのかしら?」
マグダリーナは心配になって呟いた。
「全部当たりよ」
ニレルに抱えられながら、テントを出てきたエステラが言う。まだ少し眠そうだった。
「クイーンシェル……あ、うちの精霊獣ね。その子貝達は全部真珠袋を持って生まれてくるの。標準装備。だから、全部真珠持ち」
それを証明するかのように、スラゴー達は丁寧に殻と身と真珠を分けていく。
ライアンは用心深く近づいて、解体前の貝達を見た。
「色んな種類の貝がいるけど、これ全部、そのクイーンシェルから生まれたのか?」
エステラは頷いた。
レベッカはマグダリーナの袖を引いた。
「リーナお姉様、アレをエステラお姉様に渡さないと」
マグダリーナはハッとして、魔法収納からメモ帳を取り出した。
「ありがとうレベッカ。エステラこれ、エルフェーラ様から預かってきたの。エデンがね、魔力を吸われてエステラは本調子じゃないだろうから、神殿に行って、エステラのレシピを見てもらって来いって……」
メモ帳には美しい字で材料が記載されていただけだったが、他にも何か魔法がかけられていたのだろう、エステラがメモの字に触れると、不思議な光を放ち始めた。
「ああ、なるほど。さすがはエルフェーラ様。うん、このレシピだと真珠の量も減らせるから長い目でみると助かるわね」
エステラの髪に巻きついている女神の闇花も、メモ帳に自分達の記載を見つけ、葉でガッツポーズをしていた。
苦労して採取した女神の闇花達は、エステラの薬草園、王都の魔法工房、そしてショウネシーの女神像の噴水周辺に根付いてくれていた。




