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158. セレンとエヴァ

 セレン・エルロンドには、全ての転生の記憶があった。


 それは二十一番目のハイエルフ、繁栄の母の権能を持つエヴァの番いとして、選ばれた印でもあった。番いである使命を忘れぬために。


「そしてエヴァは私に、魂を見分ける鑑定能力さずけた。これは万が一私の転生の記憶に支障が生じても、エヴァと出逢えばその使命を思い出すようにと」


 セレンはソファに座り、すごく疲れた顔をしている。まあ、そうだろう。拾った時点で既に弱っていた上に、床打ち謝罪をしていたのだから。


「エヴァの権能には、一人の男と一人の子だけを成すという決まりがあった。そのため私はこれまでずっと、寿命の短い人族として転生してきた。だが何故か今世はエルフ族として生まれてしまった……」


 セレンがセレンとして生まれる前に、女神の庭で立てた計画では、フィスフィア国の人族として生まれるはずであったのだ……


「おそらくそれが、あのお方の始めの介入であった」

「十一番目か」


 レベッカはエデンを見た。

「十一番目のハイエルフは、どのような権能を持った方でしたの」


 エデンはエステラを膝の上に乗せて座っていた。エステラもちょっと疲れた顔をして虚空を見つめている。


「狭間と変容の権能だ。物事や事象の隙間に入り込み、元の状態を変化させる力……錬金術にはもってこいの権能なのに、あいつの錬金術の腕はディオンヌより劣ってたな」

 ドヤ顔でエデンが言う。


「つまり、その権能でセレンさんの転生先が変更されたのですわね」

 レベッカはしっかりノートに書き込んでいく。すっかりショウネシー家の書記官だ。




「エルロンドは、今まで転生したどの国よりも、気の滅入るところであった。友であるケントの存在と、いつかエヴァに出逢うことだけが、心の慰めであった」


 セレンの疲労の影が濃くなる。


「我が兄は国王になる前から、邪魔な兄弟を始末して玉座を物にせんと画策しておった。私は末弟で、幸い物心つく頃には兄が国王となっていたので、辛うじて生き残ることが出来た。そして国王は私が政治に関わることを禁じた。かまわなかったよ。どうせエルロンドではエヴァとは暮らせない。私は国を出て、エヴァを探しに、約束の地へ向かった」


 転生の記憶を持つセレンには、一人で旅をすることも、路銀を稼ぐことも苦ではなかった。


「約束の地……?」

 エステラが呟いた。セレンは頷く。


「何人目かの……エヴァと私の娘が開いた、小さく長閑な王国だ。その初代女王は、人族の男性と子を成し、夫が亡くなると、国と子らを守る為に精霊化し、国の守護者となった。その国が出来た後は、私達は毎回、私の転生後にそこで逢う約束をしていたんだ。国の名はロゼル王国……」




◇◇◇




 ロゼル王国に辿りついたセレンは、まず家を探した。数百年前にエヴァと二人で建てた家は、まだ残っているだろうか。おそらくエヴァはそこで待っているはず。


 記憶を辿り、家路につく。この国は大きく変容することはなく、いつまでも平和で長閑だった。


「ただいま」

 目的の家を無事見つけて、セレンはそっと扉を開いた。鍵は必要ない。己の魂が、この家の鍵そのものだった。


 はるか昔、初めてエヴァに出会い、その番いとして選ばれた時。

 その時のセレンは、特にエヴァを愛おしいとは思わなかった。ただただ女神の御心のまま、使命を受け入れただけ。


 大いなるハイエルフ相手に、個人的な感情を抱くことは不敬に思われた。だから最初はエヴァがずっと、自分の転生を追いかけていた。しかし、回を重ねるごとに、エヴァに対する愛おしさが募らずにいられなくなってしまった。


 いつからだろうか、お互いに相手を探すようになったのは。


 眼裏に思い出すのは、神秘的なエヴァの褐色の肌、輝く黄金の瞳と黄金の巻毛。愛おしげに目を細め、セレンを迎えてくれるその姿。


「誰?」


 だがそこにいたのは、淡い金の白金髪に森の緑の瞳をもつ小さな少女だった。この国の、初代女王に何処か似ている。そういえば、あの子が結婚する年頃になるまで、エヴァと三人一緒に暮らしたのだった。


「もしかして、貴方がアディム? エヴァの唯一の人、そうなのね!」


 少女は呆然とするセレンを座らせ、テキパキと動いてお茶を淹れる。


「私はスーリヤ。両親が亡くなったあと、エヴァと暮らしているの。よろしくね」


 無垢で、輝く陽のような笑顔だった。そんな顔で笑いかけられ、否やと言える者がいようか。

 セレンは買い物に行っているというエヴァが帰るまで、スーリヤに流民として生きた時代の歌や踊りを教えた。それは今では失われた、創世の女神に捧げる為の歌舞だった。


「あら、なんて楽しそうなのかしら! 女神もお喜びになっているわ」

「エヴァ!」


 買い物籠を持ったエヴァにスーリヤはかけよって、その腰に抱きつく。スーリヤの頭を撫でながら、エヴェは言った。


「待っていたわ、愛しい貴方。今の名前を教えてちょうだい」

「セレン……セレン・エルロンドだ」


 エルロンドの名に少し驚いたものの、エヴァはセレンを抱きしめた。


 その日は、スーリヤの寝顔を眺めながら、二人はお互い会えなかった時間どうしていたかを話した。


 スーリヤは何代か前の王家の血筋が混ざった子だった。本人も、その両親も知らなかったようだが。

 そしてとても、美しい子だった。


 保護者が居ないと、よからぬ運命を招き寄せるのは容易に想像できた。娘によく似た、娘の子孫である少女が不幸になるのは見過ごせなくて、エヴァが引き取ったのだ。


 エヴァがセレンの子を孕むまでの、およそ十年間、スーリヤはセレンとエヴァの子として育った。


 三人の幸せな生活は、エヴァのお腹が目立つようになる前に終わりを告げた。

 セレンを探して、エルロンドのハーフ奴隷達が、ロゼル王国にやって来たからだ。


 セレンの兄が国王になってから、エルロンド王国はハーフ奴隷を使い、他国から暗殺の仕事を請け負うようになっていた。彼らは隷属の魔法で縛られ、目的の為にどんな手段をも取る。


 なぜ、今更国王は私を探すのか。いや、そんなことよりも、今は身籠っているエヴァと、スーリヤを守ることが大事だ。


「いいかいスーリヤ、彼らがこの国から居なくなるまで、エヴァと二人、この家から出てはならないよ」


 水面に相手の姿を映す水鏡の魔法を使って、スーリヤとエヴァにハーフ奴隷の顔を覚えさせる。


「セレン、行ってしまうの?」

 スーリヤは泣きそうな顔をしていた。


「彼らが探しているのは私だ。私さえ国に戻れば問題ない」


 最後にエヴァとスーリヤを抱きしめて、セレンはロゼル王国を後にした。



 エルロンド王国に戻ると、国王はセレンに、すぐに聖エルフェーラ教国へ向かうよう命じた。

「なぜ国を出た私を呼び戻してまで、教国へ?」


 当然の疑問を口にしたセレンに、国王は「教皇がお前を欲しがっている」とだけ答えた。


 私は一体、何のために、いくらで教国に売られたのだろうか。


 既に教国からの迎えも来ており、セレンは故郷の唯一の友と顔を合わせる間もなく聖エルフェーラ教国へと向かわされた。

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