137. マゴマゴ放送ジャック
『待ってください、お二方! 今テントに近づいてはいけません!!』
テントの異変を確認するため、そこに向かおうとした騎士団長とヴェリタスを、マゴーが止める。その頭の実はビカビカ点滅していた。
『テントの中は、腹黒妖精熊の作った毒が充満していて危険です!!』
『腹黒?』
『……毒!?』
『今、ヴェリタス様が第一王子殿下の側に置かれていた茶マゴーから、毒の鑑定結果が、王宮とショウネシーの各マゴーに送られています。まずはショウネシーから魔法使いが来るのを待ちましょう』
『中の人達はどのくらい保つんだ?』
ヴェリタスは冷静に聞いた。
『亜種や特殊進化個体の魔獣が作る毒は、回復魔法が効かない場合が殆どです。明日の朝日が昇る前に、解毒剤が必要です』
◇◇◇
「エリック……!!!」
放送を観ていたドリーが、悲痛な叫びを上げた。
あの場にエリック王子がいることに、マグダリーナも悪い予感しかなかった。
何かと死にかけている我が国の次期王様であるが、思えば彼の命が危うくなるのは、多くの国民の命が関わるような出来事の流れの中にある。
穢毒の病が流行ろうとした時も、エルロンド王国の貴族に殺されそうになった時も。
(まるで人々の厄災を吸い取って、軽くしているよう……)
「ああなるほど、蜂蜜とラム酒で誘き出すつもりですわね。ナード、あれは効果がありまして? それにしても腹黒妖精熊って何かしら」
狼狽するマグダリーナ達の食器類をテキパキお盆に乗せて、レベッカは冷静にナードに聞く。
ナードは黙って涎を垂らしているので、恐らく誘き寄せは成功するだろう。
レベッカは、お残ししてごめんなさいとカウンターにお盆を返す。
「白マゴーちゃん、私たちをエステラお姉様の所まで移動させて貰える?」
「任せるとーう」
「ちょっと待って!」
マグダリーナは正気に返って、レベッカを抱きしめた。
「リーナお姉様?」
「レベッカが居てくれて良かった。お陰で私も頭が冴えて来た」
「お姉様……」
ショウネシー領なら、ディオンヌ商会アーケード広場のみならず、アッシは各自の家にあり、つまり領民の殆どがこの放送を観ているということだ。
マグダリーナは息を吸った。
「エア、マゴマゴ放送を少しの間乗っ取れる?」
いつも通りマグダリーナの肩で眠っていたエアは、ぱっと飛び起きた。
『できるぴゅんっ!!』
ぱさりと飛び立つと、エアが翼を広げて青く光った。
今まで討伐隊の様子を映していた画面が、マグダリーナの上半身を映し出した。
『今日のマゴマゴ放送を観ているショウネシーの領の皆さん、どうかほんの少しだけ、女神様の輝きを思い浮かべて、先ほど中継で映っていた討伐隊の方々の無事を、女神様に祈っていただけませんか。ショウネシーの平穏は、領主や領民の皆さん、そしてハイエルフの魔法使いたちの、力と努力、それに劣らぬ優しさで出来ていますが、その平穏は同時にリーン王国という大きな土台にも守られています。ほんの少しだけ、皆さんの祈りをこの国の為に捧げて下さい。きっとそれが、良き流れを齎してくれると信じています。それと討伐隊にはヴェリタスが参加していますが、身重のシャロン伯母様は女神様より、この夏は大人しく身体を大事にするように神託を受けています。明後日まで門番は決してアスティン家のコッコ車を領外に出さないこと、お父さまも伯母様が無茶をしないように見張って下さい!』
マグダリーナがそう言い切ると、画面は討伐隊のいる森に切り替わった。
シャロンの妊娠がリーン王国中に知れ渡ってしまったが仕方ない。
マグダリーナにとっては、まだ不確かな存在である赤子が、王子の命の代償に取られる可能性は真っ先に潰したかった。
見慣れた転移の光の中、ニレルが現れた。
「リーナ立派だったよ。ダーモットが涙ぐんでた」
それは娘の成長に感動してだろうか、それともシャロン伯母様のストッパー役をしなくてはいけないことにだろうか。
「一足先にライアンとヨナス、ササミが現地に向かって、テント内に残ってる毒と腹黒妖精熊の対応にまわって貰うことにした。今回は数百人分の解毒薬を作った後に、確実に飲ませることも考えないといけないから、今デボラに、治療院でコマコがやっている薬を胃に負担のかからないよう転移で流し込む技を覚えて貰ってる。トニーにはデボラの補佐をしてもらうから、一緒に治療院にいるよ。僕は君たちを迎えに来た」
それからニレルは、ふと考える顔をした。
「リーナは現地に向かうつもりはあるかい? ダーモットと一緒にシャロンの見張りをするかい? 一応ルシンに頼んではあるんだけど」
(シャロン伯母様の監視にお父さまだけでなく、始まりのハイエルフの記憶を持つルシンが必要なのね)
他の二人も同じ事を思った顔をしていた。
「私はもちろん一緒に行くわ。どう考えても人手が足りなさそうだもの。ところでエステラは?」
「女神の森に材料を採りに行ってるよ。分析結果を見たけど、とんでもない毒だよ。解毒薬を作るのに必要な材料が、どれも希少素材なんだ。なんだか悪意を感じる程にね」
ニレルが顰めっ面になる。そんな表情をしても、やっぱり美形は美形だった。
「レベッカは」
「私ももちろん行きますわ!」
くまっぷぅー!!
ニレルが言い終わる前に、意思を主張したレベッカに、ナードも一緒に行くと主張した。
「私も連れて行って下さいませ! 薬作りの為の水汲みでも、王宮との連絡役でも、出来ることはなんでも致しますわ!!」
「ドロシー王女!?」
マグダリーナはうっかりドリーからドロシー王女呼びになってしまった。
ニレルは少し思案した後、ドリーに外套を渡した。
「君がセドリックに怒られても、僕は庇ってあげれないよ。それでもいいなら」
ドリーは覚悟の決まった顔で頷いた。




