135. 夏の魔獣討伐
ヴェリタスは夏休み前から、夏の魔獣討伐中に、エステラの快適魔導具がなくてもなんとか工夫出来るようにと、ニレルから用心深いとお墨付きをいただいてるチャドに指名依頼を出して、週末毎に「普通の」冒険者としての森や山での過ごし方や討伐を習っていた。
そこで得た知識を元に、ひとまず常識の範囲内での道具を用意して、背負い鞄に詰めていく。
もっともその背負い鞄はエステラ作なので、多少の収納魔法が付与されているが、それはまあ珍しいだけで今まで存在していなかったものではないので、良しとした。
「テントは学園が用意するんでしょ? ととのえるの魔法があれば一週間着の身着のままでも清潔は保てるから、着替えと毛布抜いて、こっちの寝袋持って行って」
「寝袋?」
エステラから薄い革を小さく畳んで筒状に丸めた物を受け取る。
「この留金を外してみて」
言われた通り筒状を保持する為のベルト部分の留金を外すと、ふわりと広がり、表面は薄い革に中はふかふか薄い布団でできた、袋のような物が出来上がった。
「なるほど、寝袋」
鑑定すると防御魔法や湿度温度調整機能魔法、安眠魔法、防汚防水、清浄、回復(小)まで付与されている。至れり尽くせりだ。
「開いた時の金具を軽く引っ張ると、自動で畳まれるから」
「それからこっちは外套。しっかり水を弾くし炎も防ぐ。日除にも使えるよ」
ニレルは薄手の外套を小さく畳んで渡す。こちらはポケットになるところに畳んだ本体を収納できるようになっている。
「ありがと。でも大袈裟すぎやしないか?」
他にも剣帯やそれに付けるポーチなど、不審がられないギリギリの範囲内でエステラとニレルは様々な物を用意してくれていた。
外套を手渡して、ニレルとエステラは首を横に振った。
「討伐場所は王領なんだろう? 僕らは入ったことの無い所だから、どんな魔獣が出るかもわからないし」
「明日から数日気温が上がるみたいだし、日焼けや熱中症とかにも気をつけないといけないんだから」
そう言ってエステラは、塩飴がたっぷり入った瓶と、日焼け予防兼治療用のスライムコラーゲンクリームに怪我用のスライムコラーゲンシート等が入った救急ポーチを、背負い鞄に入れた。
◇◇◇
「なんて速いの! それに馬より乗り心地が良いわ」
コッ クワコッ
大好きな黄金色の髪を持つ、ドリーことドロシー王女に褒められて、コッコ(オス)は上機嫌に声を上げた。
意外にもドリーは、領内の移動をマゴー車やコッコ車ではなく、コッコ(オス)を選んだ。
マグダリーナとレベッカも、久しぶりにコッコ(オス)に乗って、ショウネシー領の風と空気の香りを堪能する。
ヴェリタスが学園の騎士科魔法科合同、夏の魔獣討伐戦に向かってからここ数日、リーン王国全土で数年ぶりの猛暑を迎えていた。
アッシの冷房が効いた邸内に居ても良いのだが、じっとしてるのも飽きて、三人で外に出てきたのだ。
この数日でショウネシー領の安全性を実感して、シーラとキースも、マグダリーナ達と一緒ならドリーだけで行動させてくれていた。
今日は暑くても、爽やかな風が吹いていて、夏を楽しむのにピッタリだった。
「あそこの休憩所で、休憩しませんか」
マグダリーナの提案に、他の二人も同意して、見えてきた休憩所でコッコ(オス)を停めた。
休憩所の出入り口でととのえるの魔法が発動されるので、汗のベタつきやニオイも無い状態で、涼しい休憩所内に入る。
水場で水を飲み、用足しも済ませたコッコ(オス)達も休憩所内に入って来て、床に座って寛ぎはじめた。
「涼しくて快適だわ」
ドリーがそう言って、自分を乗せてくれたコッコ(オス)の首を、優しく撫でた。
「お嬢さんたち、甘いものでもどうとーう」
サトウマンドラゴラで作られた魔導人形、白マゴーが声をかけてくる。
「塩飴でしたら、私達も持ってましてよ」
無料サービスのおいしい水を、カウンターのアッシから三人分受け取って、レベッカが言う。
休憩所では、飲み物や軽食の他に、熱中症予防の塩飴が販売されるようになった。
「新製品のソフトクリームとーう。冷たくて甘くて、三百エルとーう」
レベッカにピッタリくっついているナードの分も合わせて、四つ注文する。
レベッカが水を配ってくれている間に、マグダリーナはアッシに近づいて、映像画面を起動した。
最近はマゴー達がその機動力を利用して、領内だけでなく、王都やエルロンドなんかの様子を撮影して流してくれたりする。
『こんにちは。マゴマゴ放送の時間です。今日もリーン王国全土、そして距離の離れたエルロンド領も気温が上がっております。皆さん、熱中症の予防にこまめな水分と塩分補給を心がけて下さい。特にショウネシー領の農夫の皆さんは、収穫物に急かされて、無理して働くことのないよう、体調を崩す前に休憩所を利用して下さい』
マゴマゴ放送はショウネシー領の配信動画の一部だが、例の女神教動画の本格配信の為に、各神殿の女神像のある本殿横の施設に大画面映像表示が展開されるよう手を加えられ、まずはこの放送が試験的に配信されていた。
内容は国や領地の役所からのお知らせの他、ショウネシー領やエルロンド領の様子を流すことが多い。
エルロンド領に関しては、元他国という物理距離であるため、監視も兼ねてその様子を頻繁に知らせるよう王宮からの依頼もある。
当然エルロンド領でも、マゴマゴ放送は配信されていた。
『ショウネシー領の休憩所では、本日より新メニューのソフトクリームが導入されました。滋味溢れるウモウの生乳を使用した、蕩ける口溶けの、甘く柔らかい、冷たいクリームです。そしてエルロンド領の休憩所では、夏期限定かき氷が販売されております。こだわりの美味しい水で出来た氷を細かくふわふわに削り、エルロンド領にしかないササヨモギで作った蜜と餡子、白玉団子で食べる大人の味わいは、フィスフィア王国の商人達にも好評をいただいております。またフィスフィア王国との小麦の輸入玄関口でもあるエルロンドでは、パンとは違う小麦文化が流行し、うどんが名物になりつつあります。ショウネシーの醤油と鰹節、昆布、さらにエルロンドの干し椎茸の旨味が生み出す麺つゆは、まさに新しい時代の幕開けを感じさせる美味しさです』
そう言って映し出されたエルロンドの様子を見て、マグダリーナはポカンと口を開けた。
道行くエルフの殆どが、単の着物か浴衣を着ているのだ。
完全にエステラのやらかしでしかない。
「あのお衣装、エステラお姉様ですわね」
レベッカも気づいたようだ。




