131. 塩釜焼き
ドリーことドロシー王女は、ハイエルフ達が気になるようなので、マグダリーナもそっと水を向けてみた。
「そういえばエステラ達はさっき、シーラさんを見て何か言ってたけど、何かあったの?」
エステラが答えた。
「今までなら、エルフの女性として寿命が来てそうなご年齢なのに、とても健康で長生きの相が見えたので、おめでたいなと」
「ほ……本当ですの?!」
ドロシー王女は驚いてエステラを見た。
エステラはにこやかに頷く。
シーラとキースも信じられないと顔を見合わせた。
「実はシーラは昨年末から体調を崩して、ずっと寝たきりだったんですの……ところが、あの決闘後から体調が回復してきて、嬉しいけど不思議で少し不安でしたの」
「大丈夫よ。理由はこれから説明するけど、シーラさんの身体は健康を取り戻して、長命と云われるエルフの寿命の長さを得ているわ。ドリーさんもキースさんも、これからもシーラさんと一緒にいられるわ」
「よかっ……良かった……」
手を合わせて喜ぶドロシーの頬を、涙が伝った。
マグダリーナがそっとハンカチを渡すと、ドロシー王女はありがとうと受け取って、そっと涙を拭う。その姿さえ、彼女は優雅で美しかった。
(王妃様は色々とおっしゃってたけど、きっとドロシー王女の一番の心配事が、シーラさんのことだったんだわ)
何が起こって寿命まで延びたか知らないが、とにかくドロシー王女の心労が軽くなるならそれでいい。マグダリーナはレベッカに視線で合図を送った。
既にケーレブやフェリックス、アンソニーと、準備万端のレベッカが、お茶とお菓子を用意していた。
レベッカは頷くと、すっとドロシー王女の前にお茶とお菓子を置いた。
「どうぞドリー様、今年ショウネシーで育てた果物と蜂蜜を使った、冷たい紅茶ですわ。それと果物とクリームのお菓子です。紅茶は私が、お菓子はアンソニーが作りましたの」
その言葉で、完全に涙が止まったようで、ドロシーはレベッカとアンソニーを見て、目を瞬かせた。
「まあ、二人はお料理が出来ますの?」
「はい、まだまだ勉強中ですが、お茶や簡単なお菓子でしたら作れますわ。魔法の練習も兼ねてエステラお姉様に教わってますの」
アンソニーも笑顔で頷いた。
「今はメイドの皆さんが赤ちゃんのお世話をしているので、お茶の時間限定でケーレブから給仕の仕方も習っています!」
ドロシーは再度目を瞬かせた。
「まあ……伯爵家の跡取りでいらっしゃるのに、何故給仕まで……?」
アンソニーは頬と耳を朱に染める。
「実は以前、ニレルが食事を作ってエステラに給仕してる所を見て、なんかかっこいいなと思って……」
あの顔と姿だと何をやってもかっこよく見えるだろう……
ニレルなら許すが、エデンとルシンの真似はしないよう気を引き締めないと! とマグダリーナは強く思った。
そしてそっとドロシー王女に補足……というか、言い訳をする。
「弟はまだこのショウネシー領に居ることが多いので、身近な大人の中でも、師であるニレルをとても慕って憧れているのです」
「ええ、そのようですわね。それに憧れの人と同じ事をしてみたい気持ちは、わかりますわ。アンソニー、素敵な給仕姿でしたわ」
ドロシー王女に褒められて、アンソニーはとても可愛くにこっと笑った。嬉しさが溢れていた。
「それで、シャロン。夜会での他国の要人達はどんな様子だった?」
エデンが聞く。
ダーモットでなくシャロンに聞くあたり、ちゃんとした情報が欲しいという事だ。
「予想通りエルロンドのことを聞きたそうでしたわ。それから塩の流通についても。塩の方は直接商団と取引したそうでしたけど、リオローラ商団は知る人ぞ知る、でしょう? きっと殆どの方が手ぶらで帰ることになりましてよ。ああ、塩釜焼きもとても好評で王様も満足していましたわ」
エステラとニレルが頷いた。
「肉質によっては、塩を練り込んだパン生地で包んで焼いた方がいい場合もあるんだ。あの調理法に合う肉を厳選した甲斐があったよ」
その肉のために、ニレルはアーベルとヨナス、そしてチャドを連れて、「辺境伯領」にわざわざ狩りに行っていた。
ヨナスの訓練も兼ねてとのことだったが、ハイエルフブートキャンプを見て、チャドと相棒の更生妖精熊は、世界の果てでも見たような、形容し難い顔をしていたらしい。
「昨日はこっちでも、急遽公園で塩釜焼き肉の大量安売り販売をしたのよ。今年の夏は暑いから、体力つけないとね」
「あ、もしかして王都の館にも送ってくれた?」
マグダリーナは昨晩出された、美味しい肉料理を思い出した。マグダリーナとアンソニー、レベッカとライアンの四人は、まだ成人前なので王宮の夜会には参加してない。王都のアスティン邸で過ごしていた。
エステラはニヤリと笑う。
「ふふふ、フェリックスが作った分をね」
「え?! フェリックスも料理始めたの? すごく美味しかったわ」
「ありがとうございます。皆さんがいらっしゃらない時は、うっかりハンフリー様がお食事を忘れてこちらのお邸にいないこともありますので、料理を覚えておけば便利な時もあるかと思いまして」
マグダリーナは真顔になった。
「すごい助かるわ」




