124. 妖精キノコ
マグダリーナがようやく決闘場から出ると、ダーモットが良くやったと抱きしめてくれた。それから、アンソニー、レベッカ、ライアンとも軽いハグを交わす。
エデンもエステラをハグすると、次はルシンをハグしようとしてジリジリ距離を詰めていた。
マグダリーナ達はそのまま王宮へ呼ばれていた。もちろんエルロンド王国の今後についてだ。
ケントが同席しても王は何も言わなかった。むしろ、彼に質問をしていた。
「エルロンド王国には、ショウネシーの魔法使いの噂は届いていなかったのか? 其方の国と聖エルフェーラ教国は密に繋がっておると思っておったが」
「密に繋がっていたのはここ十年前くらいで、最近は教国がエルロンドを属国と見ている節がある……王は認めてなかったがな。暗殺を請負っている部隊から、ワイバーンを投入したが帰って来なかった事は聞いていた。何が起こっているのか正確な情報を得るには、直接現地に向かって見て来るしかあるまい」
「左様か。では実際見てどうであった?」
ケントは目を閉じた。
「清潔な……血や汚物の臭いのしない街並み、笑顔の人々、美しい神殿……どれひとつとっても、我が国に無いものばかり……何故……魔力も膂力も寿命も、人より多い我らエルフは他から搾取するばかりで、このような国を作ろうとしなかったのか……奪い取っても、維持する方法など知りもしないで……それにショウネシーの魔法使いが居るならば、奪い取るなど夢のまた夢」
ケントは再び繋がった、己の両手を見て言った。
「もう二度と、あの娘ごを敵に回したくは無いな」
「うむ、その気持ち、努々忘れること無いようにな」
ケントは無言で頷いた。
◇◇◇
「エルロンドって地震があるの?」
ゼラから聞いて、マグダリーナは驚いた。
『竜の島に近いからのー、竜の魔力は地の霊脈への影響が大きい。さすがにリーン王国までは揺れは届かんが、エルロンドとフィスフィアは良く揺れるぞー』
「地震って何ですの?」
リーン王国では地震はほぼない。
レベッカとライアンとアンソニーも興味深々だ。
マグダリーナは説明する。と言っても、仕組みまでは前世の地学が通用するかわからないので、「地面が揺れて、強い揺れだと木々や建物が倒壊したりして大変なの」としか言えない。
「あと水を入れたコップを揺らすと、中の水は凄く暴れて零れたりするでしょう? 地面が揺れると、海の周辺は大きな波……津波にも気をつけないといけないの」
エステラは地図を出して説明した。
「竜の島のこっち側……フィスフィア側の海域には渦潮が幾つもあって、これがフェスフィア王国までの揺れを軽くしてるみたいね。小さな地震がよく起こるって感じかしら。でもエルロンドは直に来るわね、これ。でもなんで聖エルフェーラ教国は無事なの? エルロンドは森林しか無いんだし、大地の霊脈の流れ的にも教国まではフィスフィア程度には揺れるんじゃないの?」
エステラに話しを振られて、ケントは肩をすくめた。
エステラはルシンを見たが、こっちも肩をすくめただけだった。
「はいはーい! ヒラぁ、タラの為に良いもの見つけて来たのぉ」
ヒラは薄桃色の笠に七色に光る青い筋が入ったキノコを取り出した。笠の裏はアボカドグリーンで、綺麗だけど、食ったら死ぬぞみたいな姿である。
「それだ!」
エステラは恐る恐るキノコを持ち上げると、そっとゼラの頭に乗せる。
キノコはピッと菌糸を伸ばし自立すると、瞬く間に増えて行った。
『やめてぇ、嬢ちゃん、可憐なワシの頭で妖精キノコ育てちゃいかんよ』
「ごめんね、側に直ぐ実験できそうな、丈夫な竜がいて、つい」
『だと思ったー。でも許す。ワシ嬢ちゃん大好きじゃから』
エステラは慌ててキノコをゼラから採取すると、ぎゅっとゼラの丸いボディを抱っこする。
「ヒラもありがとう! 現場のスラゴー達にも結界内で育てさせといて。これで妖精キノコ式耐震建設が可能だわ」
エステラは手帳を出すと、サラサラと万年筆でメモし出す。
「妖精キノコ……本当にエルロンドに生息して居たのか……」
ルシンは呆然としていたが、フェリックスはキノコに見覚えがあるようで、エステラに尋ねた。
「あのキノコは一度焼いて食べてみたが、かなり歯応えも味も良かった……特産品にするわけじゃないのか?」
「あれは妖精キノコと言って、もちろん食用としても絶品だけど、竜の魔力が大好物なの。竜の島の地震が教国まで影響しなかったのは、キノコが魔力を吸い上げてたからよ、きっと。
大体の街並みが見えて来たわ!」
どういう建物を作って行くのか道筋が見えたらしい。
王宮に持ち込んだアッシの画面に映る、エルロンドに放たれたスラゴー達は、それこそ目で追えないくらい高速で素材集めを始めている。マゴー達はうっとりとその仕事ぶりを眺めて居た。
「無駄のない魔法に、連携……さすがスラゴー先輩たちです……!」
「我々ももっと精進せねば!!」
「セドさん、ドーラさんの同意を貰ってからだけど、生活必需品とか販売するのに、リオローラ商団のエルロンド支部を置いて貰おうと思うの。その分の立地と神殿の場所は先に決めていい? あとエルロンドでフィスフィアと小麦の取引やっちゃえば、向こうも苦労して船出さなくて良いし、その分値引き交渉出来ると思うのよね」
椅子に座って、足をぷらぷらさせながら、真剣に手帳にペンを走らせて、エステラはセドリック王に聞く。
「ふむ、確かに友好国のフィスフィア王国とはその方が取引きがしやすいな。外交かつ輸入拠点とするか。となると、エルロンド「王国」ではなく、リーン王国エルロンド「領」とするか。となれば、ダーモットよ」
「お断りします」
「……未だ何も言っとらんぞ」
「リーナはまだ学生の身、エルロンドの領主にはしません」
「いかに我でも、そこまで無茶は言わん。ジョゼフ・ショウネシーを寄越せ。男爵にする故、まずエルロンドを治めさせて見よ」
「なんだ、ジョゼフですか」
安心したのはダーモットだけで、子供達は慌てた。
「ジョゼフさんの奥様は、今お腹が大きいのですよ!」
マグダリーナが慌てて付け加えると、セドリックは微笑んで頷いた。
「うむ、めでたい。子は国の宝、ショウネシーで安全にすくすくと育ててやると良い。どうせエルロンドへ転移も可能になるのだろう? 休暇毎に家族に会えるし、アッシで子が育つ様子も見れれば、ジョゼフも働きに身が入ろう」
(あ、これもう決定事項なんだわ……)
マグダリーナは、心の中で、奥様とお子様はショウネシー家で面倒見ますんで! とジョゼフに手を合わせた。
◇◇◇
その頃、先にショウネシー領に帰ったドーラとカレンだったが、カレンはマグダリーナが「私の魔法使い」と言う度に、何か不思議な胸の熱を感じて、それを紙とペンで吐き出していた。
「ああ、こうじゃない……こうじゃなくて、もっと」
コッフ
悩めるカレンの背後に、そっと最近テイムしたコッコ(メス)が忍びより、散らばった紙を拾い上げ、目を通すとピシピシッとその裏に赤ペンでメッセージを入れる。
「え……表現が……手ぬるい……所詮妄想、もっと自由に……? 頭で考えるな! 肚で、書け……!」
コッコフ コッフ コッココー!!
カレンは開眼した。それこそが萌、彼女が表現すべきもの!
彼女が初めて書き上げた、この国初の娯楽小説「私の魔法使い」は、売れに売れるのだが、それは未だ先のことだった。
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