120. エルフの剣士
「名乗らないの?」
「虫ケラに名乗る必要などあるまい」
エステラは靴先で軽く土を掻いて、相手を見る。
決して負ける訳が無いという自信に溢れた顔が目に入った。
「そ、なんでエルロンドの貴族が虫ケラに雇われてんのって思ったけど、こう云う間抜けな虫ケラが出て来るのを待ってたのね」
「左様。私も相手が幼き娘ごとは思わなかった。私を貴族と見抜いたのは鑑定魔法か? なかなか高い魔力を持っているな。私の花嫁となるなら、命だけは助けてやってもよい」
フードでエステラの顔は見えないが、エルフの剣士も声と体型で決闘相手が年端もいかない少女だと見抜いていた。
「そんな気遣い無用よ。あなたに殺される気は無いし。それに私の伴侶はもう決まってる」
「ならば仕方なし」
銀鎧の剣士は予備動作もなくエステラに切りつけた。
エステラはギリギリまで溜めて躱すと、まず一撃決めた。
ぱあんっとなにかが弾ける音と共に、銀鎧の剣士の胸が真紅に染まる。
相手が現状を理解する間を与えずに、続けて顔面に何発もそれをお見舞いする。
ぱんぱんぱんぱんぱん ぱしぱしぱしぱしぱしん
殺傷力0。
浄化と回復の薬液(赤色)の入った小さなスライム素材袋を、リング型にゴム袋をつけた威力の弱いスリングショットで打ち出している。
相手が病気とか持ってたら嫌だなぁ、うっかり血液感染とか嫌だなあっていう、可憐な乙女心の固まり(本人談)が、一番剥き出しになってる顔面に向かって、無数に打ち込まれた。
そこから全身くまなく薬漬けにしていく。
「……これは、回復薬か。なるほど、随分と味のよい。しかも一撃目は心臓を狙ったか。おもしろい、娘ごよ、名を聞かせてみよ」
「嫌よ。とっとと手ぶらでお国に帰って」
「そう言う訳には行かぬ!」
銀鎧の剣士はエステラに向かって走り出し、躱すエステラに見向きもせずに飛び上がった。
――王族の席に向かって。
王族の席は宮廷魔法使いに防御魔法よって、守護されている。
だが、銀鎧の剣士が剣を一振りすると防御魔法は弾け飛び、その反対の腕から短い矢が飛び出した。
「星よ!」
ルシンが杖を取り出して叫ぶ。その瞬間。
瞬く星がその場の人々に、誰が狙われているのか、理解させた。
「兄上!!」
バーナードは精霊に助力を乞いながらエリックの上着を掴み、父王の元へ押し出した。
「バーナード!」
セドリックがエリックを受け止めた時には、すでに。
敵の矢を受けて、兄の座席に倒れ込むバーナードが見えた。
思わず悲鳴を上げそうになって、マグダリーナはくちびるを噛んでこらえた。
全て。全て、マグダリーナの用意した映像画面に映し出されている。
衆目が恐慌で二次災害を引き起こすのは、避けなくてはいけない。
マグダリーナは震えながら拡声機を握った。
「皆さん、落ち着いて下さい。私の魔法使いが、あの剣士に浄化と回復の魔法薬を全身に滴るほど浴びせ続けたのは、彼の武器で、命に関わる怪我をしないようにとの戦略もあったのです。王族の皆さんは無事です」
嘘だ。
完全な出まかせだった。
本当ならバーナードはここで絶命しているのだ。
鑑定魔法を使わなくても、エリック王子の二つ目の標が白に変わって星のように輝き出したのがマグダリーナには見えた。
銀鎧の剣士は獲物を仕損じたことに舌打ちし剣を構えた。
目に見えるほどの不気味な魔力に、皆怯えたが、一人だけ持っていた杖を打ち付け、不意打ちで銀鎧の剣士の剣を弾き飛ばし、その腹に勢いよく蹴りを入れた者がいた。
「おまえの、舞台はあっちだろう」
「!! その瞳、おまえはまさか……」
ハラとササミ(メス)がバーナードを支える。
「大丈夫? 良かったの」
『うむ、ちゃんとアレが効いておるな』
「……ん、ハラ……ササミ……俺は背中に矢を……」
バーナードが身体を起こすと、敵の矢と一緒に木屑の様なものが、パラパラと落ちる。バーナードは、服の下の御守りの一つが砕けているのがわかった。
ハラとササミ(メス)が、こっそりしーっとしている。
頷いてバーナードは立ち上がると、国民にも分かる様に手を振って見せた。
「バーナード!」
エリックはバーナードを抱きしめ、礼を言う。
その姿に、見物人達も落ち着きを見せた。
◇◇◇
銀鎧の剣士を蹴り飛ばした勢いで、ルシンは自身も決闘場へと降りる。
ルシンの目には、愛刀に手をかけたエステラの姿が見えた。
「この決闘、フランク子爵家の代理人が故意に決闘場を出た為、ショウネシー家の勝ちとする! そして王族を狙った凶行犯としてフランク子爵家とその関係者を残らず捕らえよ!」
宰相の言葉が響き渡り、近衛騎士達も動き出した。




