112. 新年のさみしんぼう
新しい年を迎えた早朝、マグダリーナとアンソニーは家族全員で公園広場に向かう。
柔らかな太陽の日差しの中、花びらの様にふわふわ雪の舞う、美しい朝だった。
マグダリーナ達は、終わったらすぐ王宮に向かうので、アンソニー以外は盛装姿だ。
アンソニーは自分が買った空色のふわふわレースショールを、レベッカにかけた。
「リーナお姉様とお揃いだわ! ありがとうトニー!!」
レベッカは大喜びで身体強化をしてアンソニーを持ち上げ、くるくる回った。
公園広場に着くと、昨年と同じようにマゴー達が小さな楽器で音を奏でている。
雪と一緒に、ふわふわと小精霊達が輝きながら舞い踊っていた。
女神の祝福多き、良き新年を! とそここかしこから新年の挨拶が聞こえた。
ヴェリタスがこちらに気づいて、手を振る。
少し離れたところにはバークレー夫妻とマハラとカレンがいて、白い息すら楽しそうにしていた。
ヴェリタスに手を振り返すと、噴水の周りに、八つの星の様な輝きが現れる。
そして、淡い光に包まれた、八人のハイエルフ達がその姿を現した。
純白の祭服に刺繍の入った薄衣、女神の光花の花冠姿は昨年と同じだが、今年は皆手首に鈴のついた金の腕輪をしていた。
もうそれだけで、神々しい。
女神像の真正面にいるニレルが、鈴の音を立てて片手を上げると、それが合図らしく、揃って噴水に一礼してから、唄と踊りが始まった。
《いと貴く 慈悲深き 我らが女神よ》
八人の声が響き渡ると、小精霊達が一層輝きを強める。
《命の恵み与えし 輝ける御方よ
見えるものと 見えざるものを 統べる主よ》
優雅な歩みと共に彼らが揃って体を回転させれば、衣装の裾が、麗しい髪がふわりと広がり、領民達はその美しさに見惚れた。
《満たし給え 我らが器にその神秘を
照らし給え 天より降り注ぐその慈愛で
清め給え 地に安らぎあるように
満たし給え 我らが器にその神秘を
照らし給え 天より降り注ぐその慈愛で
清め給え 地に安らぎあるように》
噴水の周りにみるみる女神の光花が咲き誇り、辺りを芳香で満たした。
ハイエルフ達は一礼すると、揃って薄衣を脱ぐ。
「今年は景気がイイぞ!」
エデンのがそう叫ぶと、噴水の女神像から光る花が一斉に溢れ出した。
「うぉぉぉ!!!」
去年いた農夫達の、太い雄叫びが上がった。
マグダリーナはショールを脱ぎ、アンソニーは保存瓶を取り出して花を掬い始めた。今年は大きめの薔薇のような花も、ランダムに混ざっていて、真っ先にエステラの額に激突して溶けていった。
「リーナお姉様、これは?」
「創世の女神様の、なんかイイ事ある奇跡の花よ。触れればいいだけの縁起物だけど、奇跡に預かれるのは今日触れた分だけよ」
「触れれば良いだけなのに、なんで集めてるんだ?」
ライアンも手のひらに落ちた美しい花が、ふわーと溶けて消えて行くのを不思議そうに見て聞く。
「ここに居ない人達のお土産分ね。従魔に食べさせると進化したりもするわ」
くまっ くまっ
ナードが短い手足で懸命に拾おうとするが、今一つ上手く行ってない。
レベッカはマグダリーナを真似てショールを振り回してナードの分を取ってあげた。
奇跡の花で盛り上がる中、突然日が翳り、人々は空を見上げた。
「何だ……あれ?」
そこには、大きな純白の、竜が、いた。
◇◇◇
「うそ……結界を擦り抜けて入って来たの?!」
呆然とするエステラを庇うように、ニレルが前にでる。
「何故だ。今は神命の刻ではない。何しにここへ来た」
ニレルのその言葉で、マグダリーナとアンソニーはその竜が、世界の破滅の命を持つハイドラゴンだと気付いた。
『何しに、だと……』
ハイドラゴンが首をもたげ、こちらを見下ろした瞬間、女神の奇跡の花の一際大きいのが、スコンとハイドラゴンの顎に激突した。
『…………』
キュルキュルとハイドラゴンは落下して来た。
大きな体を、急速に縮めながら、螺旋を描き、ハイドラゴンは落下して来た。
ぼてん、と地面に落ちたときには、コッコ(メス)より小さいくらいで、短い手足に丸々としたボディになっていた。
「えっと……、大丈夫?」
思いがけず目の前に落ちて来たので、マグダリーナは一応声をかけた。
エステラが走ってきて、マグダリーナを庇うように立ち、動かずにいるドラゴンを、そっとつついた。
「生きてる?」
フリフリとドラゴンは尻尾を振って答えた。
「どっこいしょっと」
エステラはハイドラゴンの胴体を抱いて、地面から引っこ抜いて、ととのえるの魔法をかける。
「かわいい……」
マグダリーナは、すっかり仔竜っぽいその姿に、思わず声が出た。
「そうね、空色の眼が綺麗ね」
エステラも同意する。
『ワシの魅力に気づくとは、若きハイエルフの娘に人の娘よ、良い目を持っているな。ワシの嫁になるか?』
「遠慮するし。どうしてショウネシー領にやって来たの? 貴方の住処は竜の島でしょ?」
エステラは綺麗に流した。
『……から』
「ん?」
ハイドラゴンの瞳に、みるみる涙が盛り上がる。
『チビに迎えに行かせたのに、チビもルシンも帰ってこんから! ワシ寂しいじゃろう!!』
「「…………」」
エステラとマグダリーナはルシンを見た。完全に知らぬ存ぜぬの顔で、花を集めている。
それからエステラはモモを見た。こちらもヒラやハラやササミ(メス)と一緒に夢中で花を食べている。
「えっと、身内がなんかごめん」
『知ってた! ルシンが薄情者って、ワシ知ってた! だから……だからワシが来てやったんじゃぁぁ』
泣きじゃくるハイドラゴンに困り果てたエステラがハンフリーを見ると、彼は頷いた。
領民達も可哀想だから、なんとかしてやれという顔をしている。
エステラは、ルシンを慕って来たのに、私が面倒見る……の? と思ったが、額に落ちた女神の花を思い出して、そういうことなのかなぁと腹を括った。
「じゃあ、私の従魔になる?」
『なる』
即答だった。
「いいの?!」
『もう何千年も、ぼっちはいやじゃあ!! それに嬢ちゃんはワシの鱗を使った杖を持っとるじゃろ?』
「わかった。じゃあ、貴方の名前はゼラ。これからはうちの家族の一員よ」
――わっと領民達から歓声が上がった。
ニレルは呆然と「ハイドラゴンが神官以外の人と暮らそうとするなんて……」と呟いた。




