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105. 変化

 マグダリーナとレベッカが礼儀も構わず、エステラの家に上がり込むので、アーベル、デボラ、ヨナスの三人も後に続いた。


「きゃあ! イラナ!?」


 玄関を上がってすぐ、洗面所のある廊下で、死体のように蹲っているイラナに気づいて、デボラが叫んだ。


 イラナは洗面器を抱えて、嘔吐していた。洗面器の中身までは長い髪で見えないが、嘔吐特有の匂いがないので、中身をすぐ浄化する魔導具なのかもしれない。


「大丈夫?!」

 マグダリーナはイラナの背中を摩った。


「ああ、リーナ……ありがとう……」


 レベッカは回復魔法をかけようとして、少し考えて、ととのえるの魔法をイラナにかけた。


「ええ、ええ、レベッカ、正しい判断です。私の症状はただの魔力酔いなので、回復魔法よりそちらの方が楽になります。助かります」


「魔力酔い……?」

「急に強力な魔力にあてられて、私の処理能力が負けました。少し休めば回復します」

「急に強力な魔力って……ニレルの?」


 先程から、ニレルとエデンの声が聞こえてくる。珍しく慌てるようなニレルの声と、宥めるようなエデンの声だ。


 そしてニレルの声に合わせて、ヒラがエステラを呼ぶ声も聞こえた。


 イラナは首を振って、「エステラ様のです」と答え、声のする部屋へと案内した。



「エデン! 今直ぐ僕の戒めを解け!」

「解くわけないだろう、大人しくしてろ若造」


「エデン!! 今のエステラに触れられるのは僕だけだ! あんなに苦しんでるのに……っ」

「わーかってるよ、そんなことは。だがこれ以上お前が触れて魔力を注げば、それこそ神力の過剰供給でエステラの肉体が壊れる。黙って見てろ」


「タラぁ、ヒラだよぉ、側にいるよぉ。ルン〜もっと近くに行って、タラのお熱吸いとったらダメなのぉ」

「ダメだ。ハラみたいに大人しくしてろ。お前がわがまま云うと、今度はモモが無茶するぞ」


 きゅう、とヒラは身体を縮ませた。ササミ(メス)がそっと羽根でヒラを撫でる。



 エステラはベッドに寝かされて居た。


 見るからに高熱を出している様子で、荒い息の合間に苦しげな声が漏れている。


 その姿に穢毒で苦しんでいたエリック王子の姿が重なる。


 命に関わり、間に合わなくなるのは嫌だった。



 エステラに近づこうとするマグダリーナを、エデンが腕を掴んで止める。


「ギリギリ命に別状はない。だから、落ち着け」

「ギリギリ? そんな綱渡りしたくないわ!」


 エデンはため息を吐いた。

「何かの害意があってこうなった訳じゃない。向こうも加減を知らなかっただけだ」

「何が起こってるの?」


「金の神殿を手に入れたんだったら、いずれ起こる事だ……神の形跡に触れて、気に入られてハイエルフにされたんだ。急激な変化に身体が追いつこうと反応してる。俺たちは見てることしかできん」


 マグダリーナ達はエステラをもう一度よく見た。


「リーナお姉様、エステラお姉様のお耳が!」


 エステラの耳は長く尖り、普段は前髪で隠れている額の精石が脈打つように輝いている。その色はルシンの物と同じ柔らかな桃色だったが、その中に金の光が暴れるように踊っている。


 よく見ると、稲妻が走るように、紋様を描く蛇のように、エステラの身体で金の光がうねっている。


(これは……悪い物じゃない気がするけど、暴れすぎだわ!)


 マグダリーナはエデンの静止も聞かず、気づけばエステラの手を取り、額にもう片方の手を翳していた。


「いい加減にして! 好きな子には優しくしないと嫌われるわよ!」


 そうして金の光に文句を言うと、それは大人しくそっと花弁で包むような、繊細で穏やかな力となった。


 ゆっくりとエステラが目を開ける。色違いの美しいエステラの瞳は、ニレルと同じく瞳孔の周りに金彩ができていた。


「リーナ……?」

「喉乾いてない? 何か飲む?」


 ヒラがすちゃっと冷たい蜂蜜リモネ水を用意して持ってくる。


 上半身を起こすのを助けると、エステラはヒラからコップを受け取り、勢いよく飲み干した。


 随分と汗もかいているようなので、マグダリーナはととのえるの魔法をかけて、快適になるようにする。


 エステラは二杯目の蜂蜜リモネ水を飲み干すと、横になった。



「海の見える綺麗な部屋があったの。きっとリーナもレベッカも気に入るわ。あそこで皆んなで お茶 ……」


 エステラの瞼が落ちて、やすらかな寝息になった。


「楽しみにしてるわ。でも今は身体を大事にゆっくり休んでね」


 マグダリーナは、以前エステラがそうしてくれたように、額と額をつけた。



「どう云う事だ? マグダリーナはハイエルフの血を引くとはいえ、どちらかといえば人の子だろう?」

 エデンは首を捻る。


「リーナ、ありがとう」

 ニレルはマグダリーナの両の手の甲に額をつける、ハイエルフの最上級の礼をとる。


「よくわからないけど、エステラの役に立てたのなら良かったわ」


 レベッカは現状をメモを取りながら整理していた。後で見せてもらおう。


「マグダリーナちょっと調べていい?」


 ヨナスがそういうので頷くと、彼はマグダリーナの額に手を翳してそっと魔力で精密な検査をする。


「あ、わかった。女神の奇跡の花だ! マグダリーナが神や精霊と交感しやすくなってるね」

「ほーう、なるほど。マグダリーナ、俺たちにはエステラの魔力が膨大に膨れ上がっているようにしか見えなかったが、何か変わった物が見えたか?」


 エデンに聞かれて、素直に答える。


「エステラの精石の中と身体中に、金色の光が忙しなく動いて暴れてるのが見えたわ」

「なるほど、なるほど。イイ能力を授かったな」

「そうなの?」


 なんかわからないながらも、新年の御利益はちゃんとあったらしい。



「リーナお姉様、女神の奇跡の花とは何ですの?」

「実際見ればわかるわ。次の新年を楽しみにしておきましょう」


「ところで先程エデンさんがおっしゃってました「神の形跡に触れて」って事ですけど、ハイエルフの皆さん女神様のことは『女神』とおっしゃるから、金の神殿には別の神様がいらっしゃるの?」


 レベッカが小首を傾げて、エデンを見た。


「くっはは、相変わらずイイ着眼点だレベッカ。まあ近い感じだが、詳細は秘密だ。神秘はそうがっついて暴くモノじゃない。まあ、悪い存在じゃないことだけ覚えといてくれ」

「エステラをこんな風にしたのに?」


 マグダリーナは少し膨れて言った。


 エデンはくしゃクシャとおのれの髪をかくと、仕方ないとエステラの寝顔を見ながら、喋り始めた。


「エルフの女性が短命なのは、イラナから聞いているだろう? それはウシュ帝国の滅亡の発端の原因になった罰だ。他の種族と協力しないと種族を増やせないように、そうしてエルフ以外の種族も尊ぶようにとね」


 どうしてエデンはそんな話を始めるんだろう……そう思ったとき、マグダリーナの中で一つの答えが浮かんだ。


「まさか……エステラも……?」

「そのまさかだ。運悪くエルフ女性の短命を受け継いでいた。普通は十八年生きれば良いところなんだが……」


 マグダリーナもレベッカも息を呑んだ。

 エデンはニヤリと笑う。


「そんな事を納得する女じゃないんだ、俺のディオンヌは。エステラが赤子の頃からほんの少しずつ、負担にならないように、悠久に近いニレルの命を分け与えさせてた。それは今も続いてて、既に三十年は寿命が伸びてる。が、神殿にいた存在はそれがまだるっこしくて、一気にハイエルフに変化させちまったんだなぁ」


「よくわからないですけど、大変な存在に好かれたのですわね、エステラお姉様は。ニレルさんにとっては恋敵になりますの?」


 どっとエデンは笑い転げた。


 何がおかしいのかわからないけど、エステラが休めないからやめてほしい。

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