103. 金の神殿
貴族街から少し離れた小高い場所にある元バークレー伯爵邸は、二度目に見ても大豪邸だった。
エステラはぽかんと目と口を開けてる。
「うっそ、ブレアさんこのお邸、とんでもなく無い?! 本当に手放しちゃっていいの?!」
「うむ、やはりわかるか。私もエステラ嬢ならこの邸を任せるに相応しいと思っている」
ルシンが門扉や入り口を注意深く見て回って、息を吐いた。
「間違いない。ウシュ時代のハイエルフとドワーフの技術で建てられた、王族のための邸宅兼神殿だ。空間の魔導具で保護されていた跡がある」
どこもかしこも金装飾だらけで、気合の入った大豪邸だと思ったら、そういう事だったのか。
「金の神殿で間違いない?」
エステラの確認に、ニレルとルシンは揃って頷いた。
「ブレアさん、ドーラさん、ほんっとうに私が貰っていいの? 後で返せって言われても返せないよ」
ドーラはカラカラと笑った。
「もう譲渡契約は終わってるんだから、そんな心配要らないわよ。好きに使って頂戴」
ブレアも頷いてウインクした。
「縁あってドワーフからここの鍵を買い取ってな。だが不思議と入れない場所がある……謎の多い建物だと思っておった。死ぬまで謎のままだと思っていたが、嬢ちゃん達なら、な?」
エステラは満面の笑みを浮かべると、改めて二人にお礼を言った。
「エステラはこの豪邸を、何に使うつもりなんだ?」
ヴェリタスが尋ねる。
「秘密基地にする!!!」
元気にエステラは答えた。
「いや、この規模で秘密はないだろう」
「でも中は見えないんだし。元は神殿も兼ねた場所だから、まずはディオンヌ商会の保養所ね。最新魔法技術でもっと便利にリフォーム出来るところはしたいし、リーナ達がお茶会したりパーティー開くのにも使えるじゃない? あと、ショウネシーの家や島と自由に出入り出来るよう空間は繋がないとね」
エステラがお邸の入り口を抜けると、白い炎の姿をした精霊が姿を現した。
「あなたがここの守護者ね! 会いたかったわ。これからもよろしくね」
エステラは精霊に自分の魔力を与えると、精霊は一回り大きくなって、喜んだ。
そうしてエステラは、スライム型魔導人形、スラゴーをいくつも放つと、邸の整備や測定、掃除などを始める。
「せっかくだから、ここで皆んなでお茶していきましょう!」
エステラがそう言って、お茶の準備を始める。
その間、ニレルとルシンが大きな金塊と白金塊と宝石を出して、何か作り始めた。
「それはなに?」
マグダリーナは装飾品にしては大きなそれを見て、首を傾げる。
「表札だ。新しい家主がいる事を主張しないと、防犯上良くない」
ニレルが作った台座に照りのある美しい夜光珠を嵌め込みながら、ルシンが答える。
黄金の台座の周りを、技を凝らした白金の女神の光花で装飾する。
更にピンクとブルーの夜光珠を、それぞれグラデーションに配置して幾つもの星の輝きを象った。
大きな表札? の文字は白金で「ディオンヌ商会所有 金と星の魔法工房」とある。
「むしろこの看板をかける方が、防犯上よくないんじゃない?」
率直な意見をマグダリーナは述べた。
ルシンは薄く笑う。
「不謹慎な気持ちでこれに触ろうとすると、バチが当たる仕組みだ」
「ど、どんな?」
「カエルになる。そもそも、このくらいしないと、この邸の存在感に負けるしな」
そう言ってルシンが表札をかけに行った。
カエルになった後、無事に戻れるのか、誰も聞けなかった。
◇◇◇
ショウネシー領に帰ると、早速マグダリーナとレベッカはお茶会に誘われた事を、シャロンに報告した。
「あら、では明日から、しっかり作法のおさらいをしなくてはね。その前に、今日はお返事の文を書きましょう」
シャロンがメイドに合図して、レターセットの入った文箱を持って来させる。
「お返事は簡潔に、且つ心のこもった言葉で。こういった、便箋とはまた違う、美しい装飾のカードを使うのよ」
ハガキ程の大きさのカードと封筒を取り出して説明する。
社交するようになると、文のやり取りも増える。リーン王国では催しの招待の返信と、それ以外の文だと直ぐに分かるように、招待の返信にはカードを使うのがマナーだそうだ。
シャロンは今まで受け取った返事の中で、参考になるものを幾つか選んで見せてくれた。
「まあ、なんて綺麗な飾り文字かしら!」
「こっちのカードは素敵な絵が添えてありますわ!」
ふいにレベッカが、金の飾りのあるカードを手にして、あっと小さく叫んだ。
「どうしたの? カードの端で指を切ったりした?」
心配になってマグダリーナが覗き込むと、レベッカがふるふる首を振った。
「違いますの……エステラお姉様が、金の神殿っておっしゃっていたのを思い出しましたの」
「ああ、そういえば、ルシンも王族の為の邸宅兼神殿って」
「あら? 何の話?」
マグダリーナはシャロンに、元バークレー伯爵邸がエステラに譲渡された事を話した。
「まあ、それは大事ね。あの邸宅を欲しがってた方は沢山居ましたもの。でもハイエルフの遺産でしたら、邸宅の方がエステラちゃんを主人に選んだということかしらね」
なるほど、そういうこともありえると、マグダリーナは改めてシャロンの慧眼に感心した。
「リーナお姉様どうしましょう……ウシュ帝国の初代女王で金の神官だったのですわ、エルフェーラ様は」
レベッカは頬を染めて興奮していた。
「あっ、そうか……ということは、エルフェーラ様の肉体があった頃、あの邸宅で」
「そうですわ! 私、エステラお姉様にお願いして、お泊まりさせてもらいます!!」
「落ち着いて。多分まだ邸内の調査も終わって無いんだし、エステラが落ち着いてからにしましょう? ね?」
すっかり女神推しになったレベッカを、マグダリーナは宥めた。




