101. リオローラ商団と魔法通販システム
新学期が始まると、ショウネシー領にも変化が現れてきた。
まずドーラは、妖精熊のかっぱらい品を売り捌く為に「リオローラ商団」を立ち上げた。
リーン王国では、国内だけの商いは「商会」、国外とも商いする場合には「商団」として分けている。
バークレー夫妻の元々の人脈と、サトウマンドラゴラ製品の輸出でギルギス国の商人ギルドに伝手ができたことを活かして、熊かっぱらい品の他にもディオンヌ商会の品や、魔導具で家事の負担が減った、主婦達の手仕事品を買取って領外へと流通させるつもりだった。
それにあたり、エステラはネット通販ならぬ魔法通販システムを作りあげ、リオローラ商団だけでなく、冒険者ギルドや領地の輸出業務にも適用した。
取引相手に、腕時計型の取引用魔導具を貸し出す。
この魔導具は竜頭を押すと、目の前の空間に魔法でつくられた薄い表示画面が現れる。取引先はそれで商品の在庫数や詳細を映像付きで確認しながら発注し、代金決済が完了後、指定場所に商品が転移魔法で転送される仕組みだ。
一点物や希少品などは、オークション形式も採用されていた。
試しにカルバンを介して宮廷魔法師団に魔導具を渡したら、仕組みが気になるのか楽しいのか、何度も発注が入った。
そしてもちろん、セドリック王の呼び出しがかかった。
「なんと、これは文字だけでなく、絵も現れるのか!」
腕時計を嵌め、表示画面を展開させて、セドリックは驚いた。
「まずはこのショウネシー冒険者ギルドとリオローラ商団、ショウネシー領特産物のどちらかの文字に触れます」
「リオローラ商団とショウネシー領特産物は、宮廷魔法師団の魔導具には表示がありませんでしたが?」
宰相が思い出して、ブレアに確認する。
「それはリオローラ商団やショウネシー領と取引契約していないからですな」
セドリックに魔導具の使い方を説明しているのはブレア老だ。彼はセドリックが直近で会った時より、生き生きとしていた。
「こちらの検索文字の横の空白に触れて見てください」
「む、文字板が現れたぞ!」
「文字に触れてコッコと…」
「おお! 触れた通りに、ここに文字が現れるのか!」
「ここで検索の文字に触れると」
画面にずらりとコッコカトリス関係の品物の画像と簡易説明が現れる。
「ディンギルコッコカトリスの卵」と記載された、不思議な紋様のある黄金の卵の画像に触れると、詳細画面に切り替わった。卵の画像と説明だけでなく、『我が産んだのだ』とササミ(メス)のアップ画像と全身画像もある。
そして「立体」の文字に触れると、卵の立体映像が現れる。
呆然と見入るセドリックにブレアはローラを抱えて撫でながら、笑って見せた。
「いやはや全く、ショウネシーは面白い。このような魔法を作る発想は、どの国にも無かった」
「まったくだ……宮廷魔法師団全員、エステラの弟子にして欲しいくらいだ」
セドリックはちらっと、優雅にお茶を飲んでいるエデンを見る。
エデンはニヤリと笑うと、手を振って否定の意を示した。
「だーめだ。いくらセドくんの頼みでも、俺の可愛い娘に、むさ苦しい成人男性共の面倒は見させられない。アンソニーが宮廷魔法師になりたいと思うよう、祈ってるんだな」
「スライム競走で一位を取ったダーモットの長男……今は次男か。確かに才は期待できそうだが、まだ学園にも入れぬ歳では無いか」
やれやれとセドリックは肩を落とした。
そして、不意に真剣な眼差しをする。
「エルロンド王国から、我が国と友誼を結びたいと親書が来ておる。まったく我が国の元貴族の暗殺を請負っておいて、面の皮の厚いことだ」
エデンとブレアは顔を見合わせた。
「其方らが持って来たワイバーンの皮と、元暗殺者二人の髪を返書と致したが、諦めはせぬのだろうな……」
セドリックは目を瞑って、首をほぐした。
エデンが回復魔法をかけて、セドリックにニヤリと笑いかける。
「そんなことより、リーン王国への輸出禁止の方から手を打とう」
諸外国がリーン王国は女神エルフェーラを裏切った異教徒だという理由で、じわりじわりと、輸出制限をかけてきたのだ。
「女神教については、生誕祭の折に各国の招待客にはよくよく説明した筈なのだがな」
「んっはははは。セドくんの様に女神にモテた男は、モテない男の嫉妬を買うものさ。とりあえずどうしても輸入したい品とその国を選抜してくれ。そこから落そう」
「できるのか?」
「デキるとも! 俺達が華麗に暗殺者達を陥落させたところを見ただろう」
エデンがウィンクをする。
あの晩の焼肉パーティーの様子は、しっかり録画されており、後から王宮のマゴーを通して、セドリックも宰相も見ていた。
「あの程度で陥落せざるを得なかった環境を考えると、エルロンド王国のハーフ奴隷とは哀れなものだな……」
セドリックは少し考え込む。
「今の申し出だがな、小麦等の農作物と綿に関しては、フィスフィア王国が輸出禁止に参加しておらぬので、なんとかなるが、問題は塩だな」
リーン王国は女神の森の山間地から勢いよく河川が海へと流れていくので、飲料に使う水は軟水だ。
ミネラル補給に塩は必須なので、魔獣馬と共に岩塩の豊富なドルーン王国から輸入していたが、そこが真っ先に輸出禁止に乗り出して来た。
「そうか。塩ならリオローラから買えるぞ」
「ん? ショウネシーで岩塩が取れるとは、聞いたことがないが? ディオンヌ商会の島にでもあったのか?」
この世界では塩は岩塩頼りとされていた。昔から海洋には危険な魔獣が多いからと、海自体が忌避されているからだ。
それでも各国で安全な海のルートを探り、船での輸出入を行っているので、そういう国や商団の女神への信仰は厚い。
「海水を濾過して煮詰めて作るのさ。
味噌や醤油作りに塩は不可欠、しかもショウネシーはせっかく海に面しているからと、西の海岸にだれも来ないのをいいことに、好き放題やってたのをドーラに見つかって流通される様になったんだ、くっははは」
好き放題してたのが誰かなど、誰も聞かない。エステラしかいないからだ。
「海水を……だと?!」
「ああ、海の水には塩分が多いそうだ。そこから塩を取り出すんだとさ」
「それは海に面した領なら、どこでも塩を作れると言うことか……?」
「まあそうだ。基本的なやり方はさっき云った通り、海水を濾過して煮詰めて、後は乾燥だ。砂糖作りとそう変わらんな。うちはもう、マゴーが魔法で自動作成出来るようになったけどな」
材料費0エル、マゴーの人件費0エルで利幅が大きく、しかも海から無限に製塩出来るなら、売らないわけにはいかないとドーラが力説して、通販仲間になった。
「左様か。これは纏まった量の発注は可能か?」
「在庫が足りなければ、少し待ってもらうことになるな」
エデンの言葉に、セドリック王は黙って頷いた。
他国の輸出禁止は大した問題にはならないどころか、今まで限られた国だけだった、塩の流通にリーン王国が加わることができる。
「それでブレア、フィスフィア王国の商団に我からの紹介状を書けば、この塩の売り上げの何割国庫に入ることになる?」
セドリック王はニヤリと笑った。




