100. 新学期
妖精熊が現れた事もだが、四つ手熊が四十頭も討伐された事を知って、ゲインズ領を預かるアルバーン伯爵と、ゲインズ侯爵家から御礼の手紙と礼金が届けば、当然国のトップにもその情報が届いているというもの。
早速ダーモットとシャロンが王宮に呼び出された。
今まで妖精熊を五体満足な状態で捕まえられた者は居らず、その点でもショウネシーの冒険者は熊の達人との噂だけが国中を駆け巡っているようだった。
因みに妖精熊は隠れるのが上手く、短い足なのに驚くほど素早いが、それだけでは無い事を、レベッカのナードが早速証明した。
レベッカの従魔になり、レベッカに可愛がられて、同じベッドでふかふかと眠った翌日。
ぐっすり寝ているナードを起こすのは可哀想だと、朝早くレベッカだけが朝練に行った。
起きて部屋に一匹だけだと気づいたナードは、くまっぷぅ くまぷっぷぅ と半泣きで部屋の真ん中で足踏みをすると、床にニョキニョキと真円を描いてキノコが生え、その中に入って消えた姿が、ナードの声に気づいて様子を見に来たマゴーにより撮影されていた。
そしてそのすぐ後に、柔軟運動中のレベッカの足にしがみついて居たのだから、妖精熊は妖精のいたずらを自由に発生させて、好きに移動できることが判明した。
ただし、この妖精のいたずらで望んだ所に行けるのは妖精熊だけで、確認のため踏み込んだマゴーは、軽く他国に飛ばされて、転移魔法で戻って来た。
エステラの改造魔法とは関係なく、元々の妖精熊に備わった能力なので、大盗賊団ができていたのも納得である。
熊を抱いて一緒に妖精のいたずらに飛び込めば、転移魔法のように移動が可能なので便利だが、その後には妖精のいたずらが残ったままになるので、良いことばかりという訳ではない。
うっかり領民が妖精のいたずらに踏み込んで、国外に飛ばされては大変なので、乱用は禁止だった。
妖精熊は逃げる、守る、盗むに特化した性質で、戦闘能力は低い。
誰とも従魔契約をしていない、残りの更生妖精熊達は、ササミの群の一員になって、獲物を運んだり、ウモウの搾乳や毛刈りを手伝ったりして、コッコ達に守られながら一緒に過ごすことになる。
妖精熊の「盗む」には、見て技術を「盗む」ことも入るようで、意外と手先が器用だった。時々藁籠を編む領民を真似て、籠を編んで領民と物々交換したりして、ショウネシー領に馴染んで行った。
レベッカは夏休みの後半、ナードと過ごし、マグダリーナとエステラに教わりながら、領民達がもっと更生妖精熊と上手くやっていけるようにと、観察日誌を書きまとめた。
それに『ショウネシーの妖精熊』という題名をつけて、マゴーが薄い本にし、冒険者ギルドや図書館、役所に置いた。
この観察日誌作りに大いに貢献したのが、以前エステラがマゴーに持たせていたタブレット端末と専用ペンの魔導具だ。
元々、領内で配信してる動画等を作るために作った魔導具らしいが、書籍の原稿作りや色んなことができる。まさに前世のスマートフォンやタブレットそのままの機能に、マグダリーナのテンションが上がった。
そのせいでマグダリーナはアンソニーと一緒に「四つ手熊討伐の手順書」の原稿を作成してしまい、これもマゴーが薄い本化してして、数冊ずつ、アルバーン伯爵とエイブリング辺境伯の元に贈られてしまった。
そうして充実した夏休みは、あっと言う間に過ぎて行った。
新学期が始まると、早速ライアンとレベッカは飛び級をして、マグダリーナとヴェリタスと同じ、初等部二年Aクラスに入る。
二人がシャロンから新学期までに、飛び級する程の学力をつけるよう言われていたのを知っていたので、マグダリーナは驚かなかった。
このクラスならば、ヴェリタスの手前、ライアンとレベッカがオーブリー家だったことを理由に難癖つける者も居ないだろうという読みでだ。
しかし、それとは別の理由でクラス中がざわついた。
レベッカが美少女過ぎたのだ。
髪色も瞳の色も華があり目立つ色彩の上に、シャロンに叩き込まれて所作も優雅で申し分無い令嬢ぶりだ。
その側に、ちょこんと愛くるしい更生妖精熊のナードがいることも、レベッカの美少女ぶりを際立たせた。
その美少女が素手で熊を殺すのを知るのは、マグダリーナ達だけであったが。
「まあ……ライアンとレベッカでしたわね……貴方達随分と印象が変わりましたのね。特にレベッカ……姿変えの魔法のお話は聞いていましたけど、びっくりしましたわ」
アグネス第二王女に話しかけられて、ライアンとレベッカは綺麗な礼をする。
「いつぞやは昼食の席に同席させて頂き、ありがとうございます。これからショウネシーの為に勉学に励んでいく所存ですので、よろしくお願いします」
「お久しぶりです、アグネス王女様。リーナお姉様達と一緒に、アグネス王女様と同じクラスになれたことを光栄に思います」
アグネスはレベッカをじっと見て、勿体ないわねと小さく呟いた。今のレベッカなら、二人の王子のどちらかの婚約者に相応しいのにと思い、つい漏れたのだ。
「優秀なクラスメイトが増えて頼もしいわ。ところで、マグダリーナもレベッカも、夏の日焼けもなく、とてもお肌の調子が良いようだけど、何か特別なお手入れをしていて? 私は少し日焼けで肌が荒れて悩んでますの」
マグダリーナとレベッカは顔を見合わせた。
「普段通り、寝る前に軽い回復魔法をかけてるだけで特には……?」
「まあ、回復魔法を毎晩?」
「魔法の上達は毎日使ってこそ、がショウネシーの魔法使いの教えですから」
マグダリーナは微笑みながらアグネスに回復魔法をかけた。
「まあ、本当に肌触りが変わったわ! ありがとうマグダリーナ!」
アグネスは頬を触って、その感触に喜んだ。




