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5.二人の未来

 コン、コン……


 私室の扉をノックする音が聞こえた。返事をして扉を開けると、使用人のハルトが立っていた。


「あら、ハルト、どうしたの?」


「失礼します。アレス様から手紙が届いたので、お持ちしました」


「まあ、ありがとう」


 アレス君が王立学園に入学してから、あっという間に3年が経った。アレス君が学園生活を送っている間にも、寂しさを感じる暇がないほど、ひと月に何通も手紙が届いていた。日々の様子やこちらの近況を尋ねる内容が、毎回便箋にびっしりと書かれている。


「あれ、でも明日こっちに戻ってくる日だって言ってたような……」


「そうは言っても、手紙を書かずにはいられなかったんでしょう」


「そうね、おかげでアレス君の学園生活を追体験している気持ちになったわ」


 必死に手紙を書いているアレス君を想像し、ハルトもきっと同じことを考えたのか、自然と笑いが込み上げる。


「おい!!」


 その時、廊下の奥から大きな声が聞こえてきた。その声の主はずかずかとこちらへ近寄ってきて……


「なんで俺がいない間に、二人で楽しそうに笑ってるんだ!!」


「ええ!? アレス君!??」


「お早いお帰りですね。ミリア様に会うのが待ち遠しすぎて急いで帰って来たんですか」


 そこには、すっかり大きくなったアレス君が立っていた。身長はとっくの昔に追い越され、今は近くにいると見上げないといけないほど成長している。顔立ちも体つきも会う度に男らしくなり、可愛らしい感じはすっかりなりを潜めた。


「もちろん! ミリアに会うために諸々全力で終わらせてきた。……で、さっきの質問は?」


「二人でアレス君の事を思って話をしていたんです。楽しそうに見えたなら、話題がアレス君のことだったからですよ」


 見た目は成長したが、こうやって拗ねているところは昔から相変わらずだな、と思う。そんな彼の姿も可愛いと思ってしまうんだけれど。


「じゃあ、俺はこれで。後はお二人でごゆっくりお過ごしください」


 ハルトがその場を離れたので、ひとまず私の部屋へアレス君を招き入れた。アレス君は私の机を見るなり、少し難しい顔をする。


「……相変わらず忙しそうだな。この間は3日間ほとんど寝ずに執筆していたとか? どうせ今もそんな感じなんだろ。もういいかげん休め」


「しかし締め切りがですね……アレス君が帰ってくるまでになんとか終わらせようと思ってたので」


 3年前にバレてしまってからは、やや開き直って小説の仕事のことはオープンにしている。アレス君が私の小説を過去作からすべて取り揃え、熟読し、友人にも布教しているらしい、という現実からはやや目を背けてはいるが。


「倒れてからでは締め切りも何もあったもんじゃないだろ。それに……手紙の返事だって3回に1回くらいしかくれないし」


「それは、ほんとにごめんなさい」


「でも、……とりあえずミリアを補給したい」


 そういうなり、急接近したアレス君に抱きすくめられた。


「!! ちょっ、補給って……」


 いきなりのことに驚き、離れようとしたが、力強く抱きしめられ腕の中で身じろぎ一つとれない。しばらくして、やっと解放された時には、苦しいやら恥ずかしいやらで顔が真っ赤になっていたと思う。


 ……こういうところも、成長してるんだから!


 その後座って会話をしていても、ずっと手を握りやたら近距離で話しかけてくる。アレス君の膝の上に乗せようとしてきた時には、断固拒否した。残念そうにしているが、そんなことされては私の心臓が持たない。


「ミリアの『茨姫と氷の騎士』最新作、早速手に入れた。まさか、主人公の父親が黒幕とは思わず、驚いたな……」


「はあ、ありがとうございます……念のため、言っておきますけど、この話も別にアレス君をモデルにしてるわけじゃないですからね……」


 最初は全力で拒否していたのだが、今や適当に相づちを打てるまでに心が鍛えられた。


「……でも、ミリアがカッコいいと思ってる『騎士』になれて、良かったと思ってる」


 そう、アレス君はなんと! 騎士になる道を選んだのだ。商才もあって学業面でも優秀だったのだが、アレス君曰く、「ミリアがイエンナーの商売を引き継いでバリバリやってるし、自分では勝てる気もしない」との理由で。そうしてたまたま学園で出会った騎士を目指す友人と意気投合して、鍛錬を積んだらそちらでも才能が開花したらしい。私からしたら、アレス君はかなり多才でうらやましいと思う。私の小説に感化されたなどとたまに言っているが、まあ、冗談だろう、冗談。


「それにしても、すごい事ですよ、アレス君。今までに繋がりのなかった騎士とのパイプができたおかげで、イエンナー家は騎士団御用達の商売が始められたんです! アレス君が今まで身に付けてきた営業力も発揮されてますし、やっぱり経験と戦略は大切ということですね!! ゆくゆくは王族との繋がりとかできたら……この国の経済を回せるほどに……ふふっ」


「ミリアも……相変わらずだな」


 つい楽しい妄想をして自分の世界に入ってしまったが、若干引き気味のアレス君の顔を見て、ちょっと現実に戻った。


「まあ、そんな先のことよりも、まずは今の俺たちの未来について、だろう? 俺も長すぎる学園生活がやっと終わって、ミリアと結婚できるようになったんだから」


「そ、そうですね……」


 恥ずかしくて俯く私を見て、満足そうに微笑むアレス君。……そういえば昔はよくぶっ倒れてたなぁ……


「今夜は、式の日取りを一緒に決めようか。ドレスは何色がいいかな……ミリアなら何色でも似合うから困るな」


 すごいぐいぐい来る―――!


 私たちが楽しく(?)会話をしていると、先ほど仕事に戻っていたハルトがまた訪れた。何やら慌てた様子だ。


「ハルト、今俺たちは大事な話をしている所だ。邪魔をするな」


「とりあえず謝りますから、これを見てください!」


 そういってアレス君に手渡されたのは、何やら重要そうなお手紙。しぶしぶ開けて手紙を読み始めたアレス君の顔が、見る見る青白くなっていく。


「ハルト……その手紙は?」


「アレスが入団した騎士団からの手紙です。中身まではわからないのですが、何やら急ぎのようで……」


「そうなの……アレス君、手紙にはなんて?」


 さっきからアレス君は一言も発せず、穴が開くような勢いで手紙を凝視している。


 ……


 私とハルトも緊張の面持ちでアレス君を見つめている。


「……来月から……一年間の遠征が決まった……ミリアとの……甘い生活が……」


 息も絶え絶え、そう発したアレス君は、白目を剥いて倒れた。

 ……すみません、さすがにもう抱えることはできませんでした。





 その後、アレス君が騎士団を辞めると言い出したり、遠征に出発する際には私にしがみついて泣きながら嫌がったりしたのだが、まあ、とりあえず何とか出発していった。


 私たちがゆっくり新婚生活を送るのはまだまだ先のことだろうけど、何故かわくわくする気持ちの方が勝っている。それはきっと、アレス君と一緒の未来だから。


 さあ、アレス君より先に手紙を書かなくちゃ。何から、知らせようか。

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