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3.お互いの本音

 今日は怒涛の一日だった。

 午前中の婚約破棄(?)騒ぎから昼食もそこそこに、義父様から呼び出されて勉強会を行った。私が任されている王立学園御用達の商店は、今のところ順調に利益を上げている。


 勉強会にはイエンナー商会の主要メンバーが集まり、具体的な運営の話をするので、なんなら経営会議に参加しているような気がしないでもない。まあ、私も楽しんでいるからよいのだけれど。


 数時間の勉強会がお開きになり、家族のみなさんとの夕食まではまだ少し時間がある。そんな空き時間、今は自室にもどり、机に向かっているところだ。


 ふと、真っ赤な顔をして怒っていたアレス君のことが思い出される。


 アレス君との話は、義父様には伝えてはいない。だって、『婚約破棄されそうになったので同意したらやっぱり婚約破棄を断られた』という謎の事件をうまく説明できそうにないし。でも、彼が発した婚約破棄をしたい、という最初の言葉こそ本心ではないだろうか。あっさり同意されるより、泣いて縋られるのがお好みだったのかもしれない。

 私はこのお屋敷に住むことはできなくなるけど……仕事を出来なくなるわけではないから、甘んじて受け入れよう。


 そう心に決めながらも、少し寂しさも感じていた。


 おっと、いけない、気が逸れた。私は机の上に置かれた紙に目を落とす。


「そんなことより、しめきり!」


 私がそう気を引き締めた瞬間……


「ミリア!! いいか!?」

「ぎゃっ!」

 勢いよくバン!と扉が開き、そこにはアレス君が立っていた。私が返答する間もなく、何やら覚悟を決めた顔つきでずかずかと近寄ってくる。


「アレス君、びっくりした……あの、え……、何?」


 その瞬間、ある事実に心臓が止まるほどの衝撃を受ける。


 机の上に置きっぱなしの小説……、と原稿。


「ミリ……ア?」


 私の様子を怪訝に思った彼が、私が今視線を向けている場所、机に顔を向けた。

 その間コンマ数秒。人生で一番といっていいほどの速さで、机に覆いかぶさった私は、そこにあった全てのものを抱え、バサーッと投げ捨てた。窓の外に。


「え?……は??」


 肩で息をする私と、その様子に驚いて目を見開いているアレス君。二人の間に何とも言えない空気が流れる。



「ミリアは……その、年下に興味が?」


 ばっちり見られてるーーー!!!!!!!!! 気持ち悪い女と思われる!


 何を隠そう、私は巷で流行りの恋愛小説を書く、人気作家。学生時代は趣味で書き溜め、友人に見せる程度だったが、学友の中にいたやんごとなき身分の御令嬢が気に入って援助してくれたことをきっかけに、世に流通することとなった。……そして、思いのほか売れっ子となり、イエンナー家で学んでいる商売の収入と並んで、ラングレイルの家計を支えるまでになっている。


 私が手掛けた小説は王子様や騎士が登場する王道のものから、学園もの、身分差婚、婚約破棄ものなど多岐にわたる。……わたるのだが……よりによって机の上に出していたのが「年下婚約者は天使の微笑み」全三巻! 所謂ショタを題材にしたものだ。


「ああああの、決して趣味で取り揃えているわけではないのです! ニーズをリサーチし、人気の出そうなジャンルでちょちょっと嗜んでいるというか」

「書きかけの原稿……ミリアが?」

 窓の外に捨てそこなった一枚の原稿が床に落ちているのを、なぜかアレス君は見逃さない。勢いよくダイビングした私は、その原稿の上に覆いかぶさる。


「なっ、なななんのことですか、おほほほほ」


 は、恥ずかしい。恥ずか死ぬ。家族に初恋ポエムを発見されたときくらい居たたまれない。穴があったら入りたい。そして上から土を被せて踏み固めて一生出て来れないようにしてほしい。


 ……のに、アレス君は追及の手を緩めることがない。


「見たことあるな……アリー……グレイ…、ミリア・ラングレイル……」


 ぎくっ!!


 ……わかりやすく動揺してしまった。


 アレス君、なんでこんなに勘がいいんだ……こんなことならもっと分かりにくいペンネームにすべきだったっ! ていうか、そもそも乙女の部屋に無断で入ってくるのもどうなのよ!? 一体この人は何がしたいの!!!???


 わたしは恐慌状態に陥っていた。


 婚約破棄だけならまだどうにかなる。しかし、年下に性的な目線を向けるヤバい行き遅れ女としての婚約破棄はダメージがでかい。


「そ、そもそも全年齢版でいたって健全な内容ですしやましいことはないんです! 主役のショタはショタといってもアレス君とは属性も違いますし、なんならアレス君は自分的に、もうショタ枠からはずれてるっていうか、あの、そりゃちょっとはシチュエーションやらルックスやら参考にした部分もありますがそこはあくまで素材の一部として借用しただけであってですねあくまで参考資料ですよ」


 墓穴を掘っている自覚はある。空回りな言い訳も、冷や汗も止まらない。


「つまりですね、アレス君のことはこれっぽっちも! 毛の先ほども!! そのような対象として見ておりませんのでっ!!! 安心してください!!!」


 ダンッ!!!!!


 早口で弁明する私の言葉を遮るかのように、地面にめり込むほどの足踏みをしたアレス君。恐る恐る顔色を窺うと、鬼の形相で立ちすくんでいる。


 キレまくってるーーーー!!!!!


 だめだ、完全に終わった。もう、私が表舞台に立つことは今後ないだろう。この後まだ生きていられるならば……どこか辺境に移り住もう……名前を変えて、細々と執筆していけば、何とか暮らせるだろうか……


 今度は私の顔が真っ青になっているだろう。その後……


 アレス君の動きは完全に止まっている。


「あの……? アレス君?」


「……」


「どう、されました?」


 あまりの嫌悪感に固まっているのか……?


「俺は今……泣きそうで逃げ出しそうなのを必死に我慢している……ところだから、ちょっと待って」


「え……? そこまで嫌われるとは」


「違う! 午前中のアレで反省して……でも感情…ントロール……くそっ」


 なにやら呪詛めいた言葉をぶつぶつとつぶやいているアレス君。


「お…れは……」


「……」


「その……あー」


「……?」


「あれだ、あれ!」


「はい、あれですね?」



「ミリアが好きだ!!!!!」



・・・・・・


「は……――はい!!??」


 えっ、今までの話の流れのどこに、そんな要素あったの? 義母様に罰ゲームでもさせられてる? まさか、私にはわからない高度なジョークなの? え、私を騙せば誰かに何かもらえるとか?


「俺は……ずっとミリアのことを想ってて……婚約を受け入れてくれた時も一緒に住んでくれた時も……ものすごく嬉しかったんだ」


 え、初耳です。めちゃくちゃ嫌そうに眉間に皺を寄せていたことくらいしか印象に残ってなかったので。


「だから……寝食忘れて勉強してるところも、しっかりしてそうで結構だらしないところも、こんなに慌てふためいて真っ赤になってる姿も……可愛いと思っている」


 ……一見褒めてそうで大半が貶してません!?


「俺はまだ未熟だから……いつもミリアを困らせてばかりなことは分かってる。男として興味を持たれていないことも……でも、ミリアがいない未来は考えられない。どこにも行かないで……お願いだから」


「え?……は?」


「ずっと俺のそばにいて」


 その瞬間……目の前の彼を『アレス』という一人の人間として認識した気がした。今までは一緒にいても、『突然決まった婚約者』『年下の男の子』と記号のように相手を見ることしかしていなかったのかもしれない。


「……」


 ふわふわと柔らかそうな、茶色い髪の毛が窓からの風でやさしく揺れている。頬が赤いのは、夕日が射しこんで彼を照らしているからだけではなさそうだ。私の目線と同じくらいの高さにある綺麗な深緑の瞳は揺れていて、大粒の涙がとめどなく溢れている。結局、泣いちゃったのね……そういえば、数か月前よりずいぶん背が高くなってる……


そうか、アレス君の瞳は、いつだって私に向けられていた……


 急激に顔に熱が溜まるのを感じる。心臓がバクバクとうるさい。


「では……私はこのままアレス君の婚約者のままでよいのでしょうか?」


「当然だ!」


「それは……」


 とても……嬉しいです。


 何故だかものすごく恥ずかしい。でも、きっと目の前の彼も同じだろう。おそらく真っ赤になったままの顔を無理やり上げ、精一杯笑顔を作って見つめると……。


 アレス君は卒倒した。

 床に倒れ込む前に、すんでのところで抱きかかえた自分を褒めたい。

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