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災厄(4)

思ったとおりだ。

精霊なんて災厄だ。

選ぶことなんてできずに、しかも出会ってしまえば二度と離れられない。


いやいやいやいや。

なにあの男の言うことを信じてるのよ、わたし。

あの男は頭がおかしいに違いない。

思いっきり人間の見た目をしているのに、自分が精霊だと信じてるなんて。

精霊っていうのはね、目に見ることができても触れることはできない光みたいなものなんだから。



ティファニーがもんもんと悩んでいる間にも、始めは無表情でなにを考えているのか分からなかった自称精霊男はティファニーたちに馴染んできて、やっと意思疎通ができるようになってきた。

男がやってきて3日目。

この日、初めてクリスと直接会話した。

それまでは二人の間を常にティファニーが介在していた。クリスがティファニーに質問し、それをティファニーが男に質問し、男はティファニーに答え、ティファニーはクリスに伝えるといったふうに。

どうやら男、自分がクリスの言葉を無視することで、ティファニーとクリスが話すことになると学習したらしい。

「鳶さんの服だけどさ、汚れたり傷がついたりしないか、見てるこっちが怖いんだよね。鳶さんはあんまり気にしてないみたいだけど、父さんの着ていた服で鳶さんが着れそうな服があったら持ってこようか?」

クリスが言い、ティファニーはそのことをそのまま男に伝えた。男はティファニーには答えず、彼女の肩をぎゅっと引き寄せた。そしてクリスに向かって「好きにせよ」と一言答えた。

(お前は何様だ)

と二人同時に思ったが、それは心の中にしまっておいた。


男は、“おねだり”も覚えた。

それまではおやすみのキスを自分からしていた男が、「おやすみ」と言ったままじっとティファニーの瞳を見詰めていたのだ。

ひく、とティファニーの顔が引きつった。

男は何かを期待するように、瞳をきらきらとさせてティファニーを見下ろす。

根負けしたティファニーは、「おやすみなさい」と言って男を引き寄せた。

それ以来、2回に1回はティファニーからのキスをせがむようになった。


そんなこんなな毎日で、男はティファニーに引っ付いているばかりで、まったく仕事探しをしそうになかった。ティファニーにしても男の精霊発言を信じたわけではないが、何となく仕事を探せとは言いづらくて、そのままにしておいた。

(最近じゃあ“待て”を聞くようになったし、まあ、ゆっくりでもいいかな)

男がやってきて4日目。この日もティファニーは男に“待て”をして、一人父の書斎に来ていた。勝手に入ることは父に禁じられていたが、本棚にある本がどうしても読みたかったのだ。

それは精霊史。精霊に関する歴史の書いてある本だ。

(王族の精霊使い、伝説の精霊使い、ね。やっぱり、どれも精霊使いのことばっかりで、精霊自体を書いたものなんてないわよね)

ティファニーは、ぽふんとカウチに横になった。

胸に本を伏せて、考える。

(精霊のことなんて、書くほどのことが分かってないんだもの。分かるのは、精霊使いがどんな精霊の力を使っていたかってことと、過去の精霊使いたちが精霊について語った言葉だけ)

例えば、精霊が人間の半身として同時に生まれると言ったのは、500年前、当時の王の弟で、10人の精霊使いが束になっても敵わないほどの力をもっていたという、伝説の精霊使いだ。

内乱が起きた時も兄王を支え、終生国のために尽くしたといわれている。

(そういえば今の精霊局をつくったのも、その人だったっけ‥‥)

とりとめのないことを考えているうちに、ティファニーの意識は沈んでいった。


暫くして、部屋に入ってくる人影があった。

水の雫が落ちるほどの音もたてずに、静かにティファニーが眠るカウチに近づく。

ティファニー。

声に出さずに、唇で囁いた。

カウチの前にひざまずき、細い金の髪がすべり落ちた頬に唇を近づける。

滑らかな頬に触れる寸前で、動きを止めた。

ティファニーに手で唇で触れるたび、ティファニーの瞳を見つめるたび、ティファニーの声を聞くたび、自分が新しくつくりかえられていくような気がする。

ずっと探していたが、半ば諦めてもいた。

本当に自分がそれを求めているのかも分からなくなりかけていたとき、この少女を見つけたのだ。

(あのときは、衝撃だった)

まるで突然目が見えるようになったかのようだった。

こぼした吐息がふっくらとした頬にかかった。

止まっていた唇を落とし、少女の感触を味わった。

――もっと知りたい。もっと感じたい。

そのまま唇を滑らせて、こめかみ、あごまで口付ける。

――もっと知ってほしい。もっと感じてほしい。

唇は、ぷっくりとした小さな唇にたどりついた。

そっと触れ合わせて柔らかさを楽しみ、ついで唇を少し開いて下唇を挟み込んだ。

「ん‥‥」

少女の口から子猫のような声が漏れた。

そのまま唇を舌でなぞって、再びむ。

ぴちゃぴちゃと唾液の音がしたが、夢中になって口付ける。

「ぁ‥‥」

少女の瞳が、そっと開いた。

唇を合わせたまま、動きで言葉を伝える。

おはよう、と。


次の瞬間、思いっきり頬をはたかれた。




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