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災厄(3)

「きゃっ!」

その小さな叫び声で、ティファニーは目を覚ました。

上半身を起こして、窓から入ってくる朝日を見て目を細めた。なぜかカーテンを開ける手を止めたまま、びっくりした顔でティファニーを見ている使用人と目が合った。

「も、申し訳ありませんっ」

使用人はあたふたとカーテンを閉め直すと、慌てた様子で礼をして部屋を出て行った。

まるで見てはいけないものを見てしまったかのように。

(?)

頭の働かないティファニーは不思議に思いながらも、再びベッドに横になろうとした。


 ひた。


なんだか背中にかたくて弾力があるものが触れた。


 ひた。ひた。


背中の位置を何度か変えたが、やっぱりベッドの柔らかい感触とは違う。しかもなんだか温かい。

すると背後のそれはもぞもぞと動き、ティファニーを閉じ込めた。

その腕の中に。

「ティファニー」

吐息混じりの低い声が囁く。

ぱっちりと開いた湖の色の瞳が鳶色の瞳を間近で見詰め、次の瞬間。


「イヤアァァァ!!」


ティファニーは叫んでいた。




誤解していた使用人にはきっちりと説明した後、ティファニーは男に二度とこんなことをしないように言った。

「なぜ」

男は不満なようだ。

「わたしはあなたをそういう意味で滞在させてるんじゃないんです。差し出がましいようですが、なぜもといた女性のところを出てきたんですか?彼女はあなたを引き止めていたのに‥‥」

それも、あんな往来で形振なりふり構わないほど、必死で。

「誰のことだ」

「っ!わたしが乗っていた馬車の前で、あなたに行かないでって言っていた女性よ」

男はしばし考え、「ああ」と声をもらした。

「あの女のところにいる意味はない。ティファニーがいるのだから」

男の答えは冷たかった。一度は一緒にいて、恩のある相手に対しての言いようではない。

「誤解しないでちょうだい!その女性の代わりになる気は、まったくないわ!3日以内に次のターゲットでも決めて、出て行って。そうしないと、精霊局に連絡して捕まえてもらいますからね」

言うだけ言うと、ティファニーは朝食をとるために、くるりと男に背を向けて部屋を出た。

ふと振り向くと、背後にぴたりと男がついてきている。

ティファニーの言葉がまったくこたえていない様子に、苛立ちが増した。

男を無視してダイニングルームに入ると、クリスはすでに席について、姉を待っていた。

「おはよう」

席を立った弟がティファニーに近づいて頬にキスをした。ティファニーも「おはよう」と言ってキスで返す。

それを見ていた男が、ティファニーを見下ろして「おはよう」と言って頬にキスをした。一瞬身を引きかけたティファニーだったが、しぶしぶ頬を差し出す。そして「おはよう」と言い返して男の頬に軽く唇をつけた。

男の無表情はかわらなかったが、なんだか鳶色の瞳がいつもよりも輝いているように見える。

それを証明するように、ふわりとティファニーの髪が舞った。

男が再びティファニーの頬に唇を近づけようとするので、ティファニーは慌てて朝食の席についた。

食事の間、男はちらちらとティファニーを窺いながら、ティファニーと同じように、ティファニーと同じものを食べた。その様子は母親の真似をする小さな子どものようで、ティファニーは彼に対する怒りが解けていくのを感じていた。

(きっと彼は、あの女性にひどいことをしただなんて、まったく気づいていないんだわ)

そうティファニーは直感した。



あれから男はティファニーの頬にキスをすることが気に入ったようで、ことあるごとに「おはよう」と言ってはキスしてきた。

「おはようは朝しか言わないのよ」

そう言うと、次に男は「こんにちは」とか「ありがとう」とかいう言葉を覚えてきて、ティファニーの頬にキスする機会をつくった。


「うわあ、ガチョウの親子みたい」

どこへ行くのにもぴったりとティファニーのあとを付いてまわる男を表現して、クリスは言った。男がクリスの言葉を無視するのを利用して言いたい事を言う弟は、かなりいい性格をしていると思う。

「なんだか健気に見えてくるから不思議だよね」

確かに、そう見えなくもない。

何をするにもティファニー、ティファニー。ティファニーしか見ていない。

命令口調ででかい図体で妖しい美貌だというのに、それらの先入観を一度取り払ってしまうと、親の後追う雛のようだ。


「あなたね、他にすることはないの?」

庭に出て薔薇の手入れをしながら、ティファニーは呆れた声で問いかけた。背後の男は何をするでもなく突っ立っている。立派な青年が一日女の後を付いてまわることしかしないとは、情けない。

突然、男がティファニーの左手をとった。

「なによ?」

男が見ているものは、昨日転んだときに手の平にできた擦り傷だった。

「たいしたことないわ」

手を引っ込めようとしたが、男は離さない。

「え?」

不思議な光がティファニーの手を包んだ。

光はすぐに消え、手を取り戻したティファニーが見たのは傷がすっかり消えてもとの滑らかさを取り戻した自分の手だった。

男が霊力を使ったのだ。

――でも正規の精霊使いじゃない人が精霊を使ったら、どうなるの?

――そりゃあ、精霊局の役人に逮捕されるんだと思うよ

昨日の会話が脳裏をよぎった。

(わたしのために‥‥そこまでしてくれるの?)

男は捕まる危険をおかして、自分の傷を治してくれたのだ。

「あ、ありがとう」

ふいと背中を向けて、再び花の手入れをしようとしたが、どうも集中できなかった。

「あのね、仕方がないから、次の仕事が決まるまではうちにいてもいいわ。でも、ちゃんとまっとうな仕事を探すのよ」

照れくさくて、男のほうを見ることができない。

「それから、あんまりこういう力を使っては駄目よ」

「なぜ」

「わたしのために、そこまでしてくれる必要はないもの。ありがたいけど、なんだか心苦しいわ」

「ティファニーのために使うのでなければ、なんのために使うのだ」

「え?」とティファニーが振り返ると、ひたむきな瞳がティファニーを見下ろしていた。

「ティファニー、己が伴侶、己が半身」

男が囁いた。とても大切な言葉を口にするように、そっと。

「あなた、わたしの何なの?」



「己が名はプサロス。ティファニーの精霊だ」





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